第8話 燐介、世界で二番目に可哀相な国へ行く

 ボンベイで数日過ごしている間に、タタは社長の父親やらに協力を求めて、実際にイギリス総督府に会いに行くことになった。


 要は、エドワードの推薦を受けているぞというお墨付きが欲しいということのようだ。


 ということで、ジャムシェトジーの父親のナッセルワンジーと共にカルカッタに行くことになった。



 ということで、再び船でインドをぐるっと回ることになる。


 時代が下れば、ボンベイからカルカッタまで鉄道が通ることになる。現在、その鉄道が建設中であるが、まだ開通していない。


 主要都市を結ぶルートで完成しているのは、カルカッタからデリーのルートだけだ。


 ぶっちゃけ、デリーは内陸にあるから、船で行くのは結構面倒だ。もちろん、川沿いには行けるがどうしても船の出力が下がってしまう。だから、カルカッタからデリーまではつながないとイギリス人は面倒で仕方ない。


 一方、ボンベイやマドラス(現在のチェンナイ)は船で行くこともできるから、多少後回しになっている。内陸部の主要都市というと、マイソール王国の首都ハイデラバードもあるが、ここは南部ということもあって進捗は遅れているようだ。



 インドの首都はデリーだから、デリーに行ってみたいというのもあるが、インド人にとってはデリーが一番でも、イギリス人を含む外国人にとっては沿岸の都市の方が重要という印象がある。ムガル皇帝も今やビルマに放逐されたし、インド総督はカルカッタにいるわけだし。


 ということで、カルカッタでエドワードとタタ親子を総督府に紹介すると、すぐに船でビルマに向かうことにした。目的はもちろん、追放されたムガル皇帝の息子たちに会いに行くことだ。



 さて、ビルマだ。


 ビルマにはコンバウン朝という王国があるが、これがイギリスと戦争を起こした。


 12年前、2回目の戦争でビルマは敗北して海岸線の地域はほとんど奪われた。その中に現代でも中心都市となっているヤンゴンがある。この時代はラングーンという名前だ。


 日本の見方だと、中国はアヘン戦争でイギリスにボロボロにされて可哀相感がある。


 ただ、現実には清はイギリスに滅亡までさせられたわけではない。一番可哀相なのはイギリスに滅亡させられた挙句、皇帝が流罪にさせられたムガル帝国で、二番目に可哀相なのはこれから後滅ぼされる運命にあるコンバウン王国と言っても良いかもしれない。



 コンバウン王国からイギリス領となったラングーンに船で上陸し、早速ムガル皇帝の息子たちを探すことにした。


 現地の人達は思ったよりも親切だ。これは、俺が日本人ということが大きいのだろう。


 ビルマは多民族国家だが(だから第二次世界大戦後はずっと内戦が続いている)、中国人や東洋系も多い。東洋人ということで親近感を抱かれるし、日本とは仏教という共通要素もある。日本とビルマの仏教は系統が違うが、それでもキリストやイスラームよりは親しみやすい。


 おかげでマルクスとアフガーニーが「面白くない」と2人そろって言っているが。



 ただ、ラングーンの人達は親切だが、ムガル皇帝の息子についての情報はとんと得られない。


 というのも、みんな、以前にムガル皇帝がいた、ということは知っているのだが、それ以上知らないらしい。バハードゥル・シャーが死んだ後は完全に記憶から抜け落ちたらしい。


 ちなみに最後のムガル皇帝バハードゥル・シャー2世が埋葬されている場所は何人かが知っていた。


 何でもビルマの仏教聖地であるシュエダゴン・パゴダのそばに埋められているのだという。仏教の聖地に埋葬されるとはムスリムのバハードゥル・シャー2世としてみるとこれまた気の毒な感はあるし、これだと息子たちも供養に来づらいだろう。


 ムスリムがどのようにして先祖を供養するのか、ちょっと知らないが。


「皇帝が死んで、息子たちは別のところに行ったんだよ」


 とまで言い出す奴がいる始末だ。


 もし、そうだとすると、ちょっと手の打ちようがないな。



 シュエダゴン・パゴダに行ってみることにした。


 近くにあるというが、仏教の聖地だけあって、周りも石碑みたいなものが多い。


 年始に寺社に行って、多数繋がれてあるおみくじの中から目当てのものを探すくらいに面倒くさい。というか、刻まれているのが現地語なので何が書いてあるかもさっぱり分からん。


 これは無理そうだな、長時間滞在して事態が良くなるとも思えないし、カルカッタに戻ろう。


 と思ったところで、寺院の方から声が聞こえた。


「貴方は、もしかして宮地燐介ですか?」


 日本語?


 しかも女性の声。


 というか、この声は聞き覚えあるぞ?



 振り返った俺の正面に、日焼けした女性がいた。


 結構日焼けしていて印象は大分違うけれども、声の調子は変わっていない。


 というより、ここビルマで俺に話しかけてくる日本人女性自体が1人しかいない。


「イネさん!?」


「やっぱり燐介でしたか。久しぶりですね」


 そう、そこにいたのは失本イネ。


 かつて、タイ王子の教育のために残してきたイネさんだ。


「タイ国王に頼まれて、ラングーンのイギリス公使館と、マンダレーにあるビルマ国王に会いに行く途中だったのだけど、まさかこんなところで燐介に会うとは……」


 とまで、言って、イネさんは笑った。


「逆ね。燐介は世界のどこにでも現れる人だったわね」


 た、確かに自分で言うのも何だが世界中結構色々なところにいるような。


 だけど、「世界中どこにでも出没する」みたいな言い方は俺がUFOとかUMAみたいな響きがして、やめてほしいかな~と思った。

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