第9話 燐介と以蔵、ニコライの後遺症に気づく
以蔵は刀をひっくり返した。峰打ちで、あの大きいのと対峙するらしい。
とは言っても、相手は日本刀の知識がないからひっくり返すことにどういう意味があるのかは分からない。
「来ないなら行くぞ!」
とレイピアを構えて突きに来た!
やばい! と思ったが、昔に見た沖田総司の三段突きと比べると遅い。遅すぎると言っても良いくらいだ。これならかわすのは簡単だろう。
と思ったら、前に出て行った?
「どりゃあああ!」
腹の底から大声を出して、以蔵が両手で刀を振り上げる!
甲高い音をたててレイピアが割れた! 更に雄叫びをあげて、大男の胴のあたりに峰をめりこませる!
「あぁぁぁぁ!」
以蔵の叫び終わりに、男の別の悲鳴が重なってハーモニーになった。男は豪快に吹っ飛び、数メートル浮いた後、地面に激突。泡を吹いて気絶した。
「おぉっ!? あのイワノフを吹っ飛ばした? 凄いな、おまえ!」
ニコライは吹き飛ばされた護衛隊長そっちのけで以蔵のところにやってきた。
「あれだけ大きさに違いがあるのに! おまえみたいな強い奴は見たことないよ!」
ニコライの絶賛を通訳してやると以蔵も満更ではない。
「当たり前じゃ。わしは子供のころから振り回す力をつけるべく、鍛錬を積んできた」
そう言えばそうだったな。
野球でパワーをつけるための訓練をしていたものな。ラグビーでも凄かったからな。
「そして、全身の筋肉を使って誰も受け止めることができないほどの剛の力を発揮することができるようになったのだ」
セリフだけ聞いていると、格闘マンガに出てきそうな奴の言葉だな。
でも、メンタルは豆腐なんだよなぁ。
「そうかぁ、サンクトペテルブルクの連中にも見せてやりたいな」
おっと?
これは以蔵、意外な再就職先が浮上か?
とはいえ、ここでも言葉の壁が立ちはだかるからな。俺もついてやれんし。
とりあえず訳してやると、以蔵は急に偉そうな顔をして頷き始めた。
思い出した、こいつ、昔もおだてられると木どころか空まで上る奴だった。
「ロシア皇太子にもちょっとだけ手ほどきをしてやっても良い」
単純というか何というか。「してやっても良い」なんて言ったら不愉快になるに決まっているだろうから、多少丁寧に訳してやるとニコライも「面白い」と応じてきた。
ということで、まずは以蔵が構えて色々なことを言いながら体を動かしている。
ちなみに以蔵の説明はいわゆる長嶋監督のような感じで「ここはドシッと」とか「グッと入れる」などなど非常に抽象的だ。
とはいえ、力は確かなようで俺とニコライが押そうとしてもビクともしない。
「ふうむ、こんな感じか?」
ニコライが構える。以蔵が「腰はこう」、「足はこう」と軽く矯正をしている。
「あと、背筋は……」
「ギエエエエエ!」
以蔵がニコライの背筋を伸ばそうとしていると、ニコライは突然怪鳥のような叫び声をあげて苦しみ始めた。「何だ?」と以蔵もびっくりして手を離すが、ニコライは背中のあたりをおさえてその場にうずくまる。
一体、何があったんだ?
「だ、大丈夫ですか?」
「……せ、背中はやばいんだ」
背中がやばい? 以蔵が何かやらかしたのか?
何かやらかしたなら極刑ものだぞ。
「背中がどうかされたのですか?」
「いや、一年ほど前に落馬して強打してしまって以降……ちょっとな」
一年前の背中のケガで痛がっている?
とりあえず以蔵にその旨を説明して、背中はダメらしいと伝える。
「……わしのやり方は全身を使うものじゃ。一部が動かないとなると怪力を発揮するのは難しいのう……」
だろうな。
あんな馬鹿力を発揮するのは相当に自分の身体を痛めつけそうだからな。既に痛んでいるとなると、キツイだろう。
とは言っても、一年前の負傷であれだけ痛がるのもやばいんじゃないか?
手術などがうまくいっていない可能性もある。何せこの時代だからな。
「一回、パリやウィーンで診てもらった方が良いんじゃないですか?」
正直、サンクトペテルブルクは医学では先進地域とは言いづらい。
この当時は発展していたウィーンか、伝統的に強いパリ。あるいはイギリスのロンドンといったあたりが医学の先進地域だ。この痛がりようなら絶対に診てもらった方が良さそうだ。
「俺は皇太子だし、治療に時間をかけるわけには」
「……いや、よく分からない理由でコペンハーゲンまで来ているじゃないですか」
「それはマリーに会うために……」
いや、そこは自分を優先した方がいいって。
というか、ここはマリーに頼んでロンドンまで行かせるのがいいのかな。
アレクサンドラの妹だろうから、そういう方向には頼みやすいだろう。
※作者注:ニコライの負傷については軍事演習中の負傷説と落馬説がありますが、ここでは落馬説をとりました。
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