23章・世界の行く先を語る

第1話 一太、日ノ本の未来を語る①

 俺と山口は別室へと移動した。


「燐。おまえ、イギリス側の使いで来たと言っていたな?」


「あぁ、生麦事件の賠償金と、あとは薩摩の島津久光に謝罪させるようにという条件を聞いてきている。だけど、本音としてはそんなに踏み込む気はない」


「……薩英戦争か?」


「そうだ」


 日本が開国方面に大きく舵を切ったのは、薩摩と長州がそれぞれ海外の強さを知ったからだ。


 となると、その前段階で俺達が止めることにどれだけの意味があるのか、という思いになる。変に薩摩の世論を変えたりしたら、かえって犠牲者が増えてしまうかもしれない。


「燐よ、俺もそう考えていた。だから、生麦事件も黙って起こさせることにした」


「あぁ。悪くないと思うよ」


 俺は同意したのだが、山口の表情は暗い。


「ただ、その結果として、俺の知り合いまで斬り殺されてしまった」


「知り合い?」


 これは完全な初耳である。


 山口の奴、殺された相手と知り合いだったのか?


「正確に言うと、俺が動いたことで若干だが変わってしまったらしい。犠牲者が一人ではなく二人になってしまった」


「あれ、そうなのか?」


 外務大臣ジョン・ラッセルは特にそういう話をしていなかった。


「そうだ。イギリス人ではなく、香港人だからイギリス本国は大きく受け取っていないのだろう」


「香港人か……。そうか、香港はイギリスの領土だものな」


 確か1997年までイギリス領だったんだよな。だけど、そこにいるのは英国人ではなく香港人なんだろうな。だから、殺されてもイギリスとしてはあまり気にすることはなかったと。


 山口の沈痛な面持ちを見ると結構親しい関係だったようだ。


 こうなると、「変えた方が楽だぜ!」とは言えなくなる。




「……とすると、山口は薩英戦争その他については反対なのか?」


「正直迷っている。俺は薩摩側とも何故か仲良くなってしまい、小松帯刀や大久保一蔵から情報収集も求められている。こういうのは良くないかもしれないが、私情も絡んでくる」


「なるほどねぇ……。まあ、おまえが変えたいと言うのなら、俺も止めるつもりはない。というよりも、元々何がどう進むのか、おまえほど知らないし」


 山口が知識をフル動員すれば、もう少し穏やかに維新まで進めるのかもしれない。


「期待されるほどの自信はないが、どの道歴史がかなり変わることは決定的だ」


「おっ、何だか自信満々だな?」


「自信があるというより、史実で起きた将軍・徳川家茂の早逝という事態は多分ない」


「すごい自信だが根拠はあるのか?」


「家茂は虫歯と食生活の影響で脚気衝心を起こしたと言われている」


 脚気衝心というのは、栄養の偏りで心臓系に負担がかかる話だっけ?


「そうだ。納豆を食べれば、栄養的に満たされるから脚気が起きない。あと、虫歯についても色々改善させるよう指導している。家茂が死なないと、かなり変わる。最後の将軍慶喜が出てくるわけでもないし、何より家茂の妻は和宮だ」


 あぁ、なるほど。


 将軍が天皇の妹と結婚している以上、朝廷としても「徳川家を倒せ」とは言いづらいよなぁ。ただ、孝明天皇も途中で死ぬんじゃなかったっけ?



「そうだ。だから、京に来たのをいい機会に孝明天皇とも顔つなぎをして、天皇の早逝も防ぎたいと考えている」


「おおぉ、随分と大きく出たな」


 孝明天皇が長生きしたら、明治時代の出番が短くなるぞ。


 そうなると、色々変わるだろうなぁ。日本の近代化にも影響があるかもしれない。


「そこは確かに問題だ。一応、近代化に資してくれそうな人物に協力したいとは思っているが、俺一人でできることには限界もあるし」


「沖田を使えばいいんじゃないか? あいつも海外暮らしが長いし、かなり役に立つと思うぞ」


「彼は政治経験が乏しすぎる。近代国家の政治家となれるような存在ではない。これは新撰組にいる者全体にも言えることだが。ただし、この世界の沖田総司は近代軍の指揮官となれる存在だ。政治力の問題が解決すれば、新選組が近代軍となり、幕府の大きな力となるかもしれない」


 と言いつつも、山口はそう願っているわけでもなさそうだ。



 日本のことに関しては、色々こんがらがっている。


 俺みたいに「以蔵、おまえはアメリカで野球選手になれ」で解決させるわけにはいかない。だから、山口としても迷うところだろう。


 特に薩摩側とも接点を作ってしまったのであれば、な。


「薩摩だけではない。長州も、だ。ロンドンで桂小五郎と一緒にいただろう?」


「あぁ、そういえば」


 ということは、幕府とも薩摩とも長州とも繋がりがあるのか。


 凄いけど、これって物凄く危険人物ではないか?


「おまえ、ちょっと間違ったら、坂本龍馬みたいに斬られるんじゃないか?」


「……縁起でもないことを言うな、と言いたいが、十分にありうる話ではある」


「やばいなぁ。まあ、俺も人の事は言えないけど」


 アメリカ南部の連中に殺されそうになったし、アブデュルハミトと仲良くなるということは、その政敵から狙われるかもしれない。


 うん、俺も結構危険だ。


 やっぱりこの時代、どうしても殺伐となるのかねぇ。

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