第9話 燐介、大統領の会議に参加する
リンカーンに呼び出され、ファラガットが入ってきた。
彼の主張は明確だ。「大統領、私の負傷は癒えました。また海軍で戦いたいと思います」だ。
これに対して、リンカーンを復帰はあっさりと認めた。すぐにデューイとともにニューオーリンズ攻撃をするようにという指示が出る。
ニューオーリンズはミシシッピ川と大西洋を繋ぐ要塞だ。ここが陥落したなら、連合国は綿花の輸出が出来なくなる。ほぼ詰みということになるだろう。
「任せてください!」
二人はやる気満々で、リンカーンも満足そうに眺めている。
この様子を見ると、その発端がフットボールの試合なんてことは、さすがに言えない。
その後、隣の部屋で会議が行われることになり、それにも付き合わされることになった。
戦時中の会議。
実際の戦場ではないのだが、ここでの判断の可否が何千何万という人命に直結するともなると、緊迫して、トイレに行きたくなってくるな。
話題に上っているのは、俺が先程口を滑らせてしまったユリシーズ・グラントの件だ。彼をロバート・リーに当てることをリンカーンが主張し、何人かの軍上層部が反対している。
「彼に実績がない? 馬鹿なことを言うな。最初から実績がある者はいないではないか。それに、今いる連中の実績というものは何なのだ? リーに負け続けた実績しかないではないか。これについてどう考えているんだ?」
リンカーンは強気だ。軍幹部に畳みかけるような口調で言う。
というか、これが「リンスケが言ったのなら間違いないだろう」という理由で言っているとなると嫌だなぁ。
最高司令官である大統領が強気なのだし、これまたリンカーンが言うように陸軍がリーに負け続けていて変革が必要だというのも事実だ。
だからグラントの起用も大きな反対はなく決まった。
史実ではいつからそうなったのかは分からないが、多分、史実よりは早い任命なのではないかと思う。これがどう影響するのだろうか。
軍議が終わって、また会議だ。今度は長官級が揃っての戦時内政に関することのようだ。
忙しいなぁ。今日ついたばかりの俺はさすがに疲労困憊だ。
「俺も疲れた」
デューイも同意してくるが、ファラガットは「情けないなぁ! いい若い者が!」と元気いっぱいな様子で叫んでくる。
いや、あんたは大声をあげているだけだから楽だろう。デューイは案内もあったし、俺はここについてからリンカーンとサシで会話していたし、一緒にされると困るよ。
とはいえ、それを言うとリンカーンは元気だ、ということになるのだが。
精力的って言葉があるけれど、本当にそういう力を感じるなぁ。
「長旅もあるし疲れただろう。リンスケには色々聞けたし、休んでもらおう」
リンカーンがそういうので、スワードが俺を客室まで案内してくれることになった。
客室に向かう途中、メキシコのことを尋ねてみることにした。
「アメリカが大変な時だから、他の国に構っていられないかもしれないけど、メキシコはどうなっているか知っている?」
スワードはあまり良く知らないようで「はて」と首を傾けつつも答える。
「そういえば、メキシコからの情報はとんと途絶えているな。少し前に、フランス軍が負けたという情報は耳にしたが」
「へぇ……」
何とも言いづらいが、メキシコとフランスとの戦いに関してはメキシコに頑張ってほしいと言うのが率直なところだ。フランスが優勢だと、マクシミリアンが「フランスは調子いいし、メキシコ皇帝になろう」と思うかもしれないからだ。
彼の下でギリシャの首相というのもピンと来ないけれど、少なくともそれならマクシミリアンが死ぬことはないだろう。
もちろん、メキシコで戦っている両軍の兵士についてはあてはまらない。俺の言い分は都合のいい話だということは分かっているが、やはり、知っている者についてはなるべく平穏に生きてほしいとは思う。
「メキシコのことが気になるのかね?」
「ヨーロッパの事情は聞いていない?」
「残念ながら。アメリカ国内のことで手一杯だ」
「オーストリアのマクシミリアンが、ひょっとしたらメキシコ皇帝になるかもしれないという話は?」
「あぁ、その噂は聞いたことがある。ただ、それはなくなったとも聞いたが」
そう言って、「この話は誰から聞いたかな?」とスワードは首を傾げている。
「イギリスの人からじゃない?」
「恐らくそうだろう。大統領も私も、イギリスかフランスの人間としか話をしていない」
「イギリスはマクシミリアンをギリシャ王にして、俺を首相にする意向だという話もある」
「ほう、君がヨーロッパの首相に?」
「似合わないだろ?」
「それは何とも言えないな。ただ、少し残念だ」
「何が残念なんだ?」
「そういう話がなければ、私の次の国務長官として推薦したいと思ったのだが」
「……ブッ!」
何でみんな、笑えない冗談を言ってくるんだ。
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