第13話 燐介、史上初のプロ選手を狙う③

 試合はエクセルシアーの圧勝で終わった。

 サンフランシスコでは強いように見えたカートライトのチームだが、エクセルシアーと比較すると色々なものが足りないことがはっきり分かった。

「あ~、やはりニューヨーカーは強いなぁ」

 戻ってきたカートライトを含めたハワイアンズは全員さばさばとしていた。


 しばらくすると、ジム・クレイトンも戻ってくる。

「ジム、ちょっといいか?」

 ジョーンズが声をかけ、ジムも「どうかしましたか?」と入ってくる。

「この人がおまえを雇いたい、と言っている」

 ジョーンズの言葉に、ジムは「えっ、彼が?」と驚いた風に俺を見た。

 まあ、俺はジムより年下だし、人種も違うからな。驚かれるのは仕方がない。

「イリノイ州のフットボールチームを指揮していて、ヨーロッパに行くんだと、さ」

「わざわざヨーロッパに? 何故?」

「何故? 決まっているじゃないか」

 俺はたまたま近くにあった星条旗を指さした。ちなみに前年にオレゴン州が加わって、星は33個だ。

「アメリカが最強だと、ヨーロッパに教えに行くんだ。面白そうだろ?」

「何だって!?」

 ジムだけでなく、ジョーンズもびっくりした。

「おまえ、さっき別のことを言っていなかったか? 北部がどうたらこうたらと」

「目的は一つとは限らないんだよ。戦争をやったらイギリスが一番強いかもしれない。しかし、フットボールならアメリカが最強だということを示すんだ。ジムがいれば、クリケットだって強いと示せるかもしれないぞ」

「……うーん、それは面白そうではあるけど……」

 ジムは自信なさげにジョーンズをチラチラと見ている。恐らく報酬のことが気になっているのだろう。

「心配するな。おまえの待遇については知っている。俺達も同じ条件で行こう。何なら600ドルでもいいぞ。ただし、ヨーロッパはアメリカ以上にアマチュアイズムにうるさい。絶対にオープンにしてはダメだ」

「本当に払えるのかい?」

 至極当たり前の質問をしてきた。

 俺はアメリカ人みたいに帽子をかぶったりしていないし、気取ったコートもまとっていない。そんな俺がお金を持っているようには見えないだろうし、資金を心配するのは無理もない。


 俺は左手の指をパチンとならした。

「……福沢さん、あれを」

「……払うってことか?」

 諭吉が不思議そうに小型の千両箱を取り出した。開くと、中にはドル札が大量に入っている。「600か」と数え始めた。

 ジョーンズが「何だと?」と驚いているが、まさか俺が本当に大金を持っているとは思わなかったのだろう。

 と、偉そうに言っているが、もちろん、俺が稼いだお金ではなくて運営資金としてベルモントから預かってきたものなんだけど、な。

「これを50ドルずつに分けて、50ドルはジムが、残りはジョーンズ氏がもらえばいい。エクセルシアーは少しだけ得をするし、何より自分のチームの選手をアメリカの代表として出すのだから名誉なことだろう?」

「アメリカの代表ねぇ……」

「何だったら、カートライトに聞いてみるといい」

 けげんな顔をしているジョーンズに言い放つ。

 こういう時、普通は「こ、こいつ、すごい自信だ」とビビって聞かないものなんだが、ジョーンズは「よし、聞いてみよう」とすぐにカートライトのところに行ってしまった。

「ミスター・カートライト。あのガキを知っているか?」

「あのガキ? ああ、リンスケのことか。知っているよ」

「アメリカ代表がどうとか、ヨーロッパに行ってどうとか言っているのだが?」

「オリンピックのことだろ?」

「オリンピック?」

「リンスケは、ベースボールやフットボール、その他スポーツの世界大会を開きたいと思っているらしい。イギリスやフランスにも知り合いは多いようだ」

 カートライトの言葉を受けて、ジョーンズは「マジかよ……、信じられない」という茫然とした顔を、俺に向けてくる。

 フフフ、気分がいいなぁ。

「……分かった。承諾しよう」

 遂にジョーンズはジム・クレイトンの引き抜きを認める発言をした。

「その代わり、向こうでアメリカ最強のベースボールチームはエクセルシアーだと言ってくれよ」

「オッケー。分かった」

 それくらいは別にいいだろう。

 ただ、クリケットの試合はあっても、ベースボールの試合をすることはほとんどないと思うけど。

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