第12話 燐介、史上初のプロ選手を狙う②

 ジム・クレイトンは「実はこの男は未来から転生してきていたのではないか?」と思いたくなるような存在である。

 まず、彼は凄い球を投げた。

 今、カートライトのチームのほとんどが空振りをしていたが、とにかく剛球を投げる。

 野球だけではない。彼はクリケットもプレーしたというが、ここでも空振りを連発させたという。野球よりも遥かに打ちやすい、というより、打てるのが当然と見られているクリケットにおいてすら、だ。

 更に彼はすさまじいバッターだった。

 どのくらい凄かったのかというと、彼は二年後のある試合でホームランを打つのだが、その凄まじいスイングに体が耐えきれず、試合後に倒れて帰らぬ人になったというほどだ。

 俺はマンガの話をしているわけではない。

 実在の人物の話をしている。


 そんな物凄い彼は、アマチュア選手ばかりだったこの時代において、こっそり報酬を貰ってプレーしていたという。

 故に「最初のプロ野球選手」と言われるわけだ。

 逸話だけは知っていたが、実際に見ると物凄いものだ。

 ただ、身体をぶっ壊して死に至ったということは、トレーニング理論には何か問題があったのだろう。

「……エクセルシアーの責任者と会いたい」

 俺はそう言って、エクセルシアーの責任者ジョセフ・ジョーンズを呼んできてもらった。

 真っ白い髭が印象的だが、年齢はそこまでは行っていないように見える。


「何だ? 小僧?」

 いきなり呼び出されたこともあってか、ジョーンズの機嫌は悪い。

 正直どうでもいいことだ。何せ俺は、これから彼を極限まで不機嫌にさせるのだから。

「彼……ジム・クレイトンを俺達のチームに譲ってもらえないか?」

「……はあ!?」

 ジョーンズは怒りを露にした。

「冗談じゃない! 彼はエクセルシアーのエースだ! 1万ドル積まれたって渡せるものか! それにお前達は何なんだ? 見たこともないぞ!」

「俺達はベースボールチームではない。フットボールチームだ」

「だったら、ジムとは畑違いだろう!」

「確かにジムはフットボールはしないだろう。しかし、クリケットはできるはずだ。俺達はこれからヨーロッパに行くから、クリケットの名手も連れていきたい」

「ヨーロッパに? 何をしに行くんだ?」

「親善を図るために、だ」

 南北戦争が起こるというところまではっきり断言するのはまずいが、現在の政治的な世情を知っていれば、大統領選挙でリンカーンが勝ちそうであること、それによって南部が離脱しそうだということは、多くの者が感じているはずだ。

 俺はそうした事情を説明したうえで。

「そうなると、北部を有利に持っていくために、ヨーロッパと仲良くしたい。ただ、政治家を派遣したりするのはまずい。外交的な駆け引きになって、国益的観点が出てくるからな。そこまでは行かないけれど、心情的にヨーロッパを味方につけたいから、優れた選手は一人でも連れていきたいんだ」

 ジャマイカから連れてきた黒人フットボーラーにしても、「こんな凄い奴らがいるんだ」という衝撃を与えたいから連れてきたのだ。ジム・クレイトンのようなキャノンボールを投げる存在もぜひとも連れて行きたい。

「これもアメリカの自由のためだ。譲ってもらえないか?」

 ここまで言えば、完璧だろうと思ったが。

「アメリカのことなんぞ知ったことか! 俺達はアトランティックスに勝てればそれでいいんだ!」

 ジョーンズは即答で反対の意思表示をした。


 お、おぅ……。

 近くの関係者が耳打ちしてくれた。アトランティックスというのはエクセルシアーのライバルで、両チームとも強豪であることからライバル意識が非常に強いらしい。

「うーむ……」

 ライバルに何としてでも勝ちたい、という心意気は珍しいものではない。

 サッカーに詳しい人なら各種ダービーマッチのことを知っているだろう。レアル・マドリーとバルセロナ、ボカ・ジュニアーズとリーベルプレート、セルティックスとレンジャーズなどなど、挙げていけばキリがない。

 これらのライバル関係の中にはかなり極端なものも存在する。例えばラツィオとローマのローマ・ダービーがそうだ。「あいつらにさえ勝てば、残りは全部負けても構わない」くらいに考えている者が多い。

 エクセルシアーとアトランティックスの関係もそれに近いのかもしれない。

 しかし、「アメリカのことなんぞ知ったものか」とまで言われてしまっては、こちらとしては立つ瀬がない。

「だったら仕方ないな。このチームがクレイトンに500ドルの報酬を与えていることを報告するしかない」

「おい!? 何を根拠にそんなデマを言っている?」

 ジョーンズの顔色が変わった。

 アマチュア規定でプレーしているのだから、報酬を渡しているのは重大なルール違反だ。その先に待つのは当然「失格」という処分だろう。

「そうなるとどうなるかな。クレイトンはアトランティックスに行って、アトランティックスは無敵のチームになるな」

「ぐっ、ぐぬぬぬ……」

「とりあえず、本人も交えて話をしようぜ」

 主導権はこちらに回ってきた。

 だから、俺の提案にジョーンズは頷くしかない。

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