第24話 燐介、松陰と対峙する②

「燐介とやら、手前は攘夷じょういを実行しなければならないと思っている」


 松陰は凄みを利かせた声を出した。俺をビビらせようというはらだな。


「そのためには海外のことを知らなければならない。それは数年では済まないだろう。それなのに、君は手前に一年で帰れというのか?」


「ああ、帰ってもらいたい。というより、帰らないといけない」


「何故だ?」


「松陰さん、貴方は一人で攘夷を実行するつもりなのかな?」


 俺の質問に、松陰は面食らった反応を見せた。


「幕府がペリーの要望を受け入れたことで、時代は一気に変わっていく。長州自体が色々なことに巻き込まれていく。そこから目を背けて、ずっとアメリカに居つくつもりかい?」


「むむっ……」


 何せ、この時代のことだから、アメリカと日本を行き来するだけで一年くらいかかる。


 何年も滞在していたら、長州藩が置いてけぼりになってしまう。高杉晋作に桂小五郎がいない長州だと、それこそ幕府に取り潰されるかもしれない。


「時間を区切って、アメリカの神髄しんずいを叩きこみ、それを後続に教えるのだ! 天才・吉田松陰ならできるだろ!」


「おおぉぉ! 燐介よ!」


 松陰が大声をあげる。彼の体が炎に包まれているように見えるが、これはもちろん目の錯覚だろう。


「君こそ国士こくしである! 手前は感動した! ぐわっ!」


 また踏み込んだ足が床にめりこみ、今度は下半身まるごと床の下に落ちてしまった。うーむ、足下を見ない人だ。


「大丈夫ですか? 松陰先生?」


 山口と沖田も加わり、何とか救い出す。救い出した途端、松陰が俺の両手をとった。


「確かにその通りだ! 攘夷を一人でなすことはできない。手前には、より多くの者を教示するという使命があった。手前の密航は手前のためのものではない! 長州のためであり、引いてはこの日ノ本のためのものであるのだ! 手前は一年で戻り、後進の指導にあたることを約束しよう!」


「おお、松陰先生! さすがです!」


 山口が合いの手を入れた。こういうのはノリも大切だから俺達も合わせる。


 これでとりあえず、松下村塾が存在しなくなるという最悪の展開は回避できそうだ。


 ただ、松陰がアメリカで過ごすことで思想そのものが変わってしまう可能性はあるんだよな。「英米にならうべし!」とか松陰が教え始めて、総スカンを食らうということがないようにはしてほしいが、その時点では俺はアメリカにいるわけでどうしようもない。


 ここは賭けにはなるが仕方ない。




 そこから、俺達は具体的な計画に移る。


 とはいっても、ここはそれほど心配していない。実際に松陰達は船に乗り込めているわけだからな。船に乗り込んだ後は、俺が何とかするしかない。結構責任重大だ。


 あとは沖田だな。


 正直、何を考えているのか分からない。


 ついてくるのも困るが、「燐介がとんでもないことをしようとしている」と近藤にチクったりするのはもっとまずい。


「総司。おまえはどうする?」


「うーん、どうしようかな……。異国に行くのも面白そうではあるけど、嶋崎さんや姉ちゃん達を放ってはいけないからなぁ」


「そうか」


「戻ってきたら、色々アメリカだっけ? 異国のことを教えてくれよ」


「あ、あぁ……」


 良かった。どうやら沖田が厄介な事をする可能性は低そうだ。


 と思ったのもつかの間。


「沖田君と言ったか、男子たるもの行動あるのみだよ!」


「……は?」


 こら、松陰。まとまりそうな話に波風立てるようなことはしないでくれ。


 ここはちょっと空気を読んでだな、沖田を残してやってくれ。


 ……そんな空気を読むような人だったら、あんな形で死刑になることはない。松陰は熱っぽく沖田に語り続ける。


「日ノ本はこれから大変な時代を迎える! 君の家族を思う心は素晴らしいが、異国が本気で日本を攻めてきたら何とする!? 君は清国しんこくの状況を知っているか? アヘンなる麻薬を持ち込まれ、散々に打ち破られたという。日ノ本がそうなってもいいのか!?」


「そ、それは困るけど……」


「だろう!? 君には煌めくような才能がある! 君の才能は、ここにいる燐介より上だと言えよう!」


 悪かったな。どうせ俺は弱ええよ。


「手前についてくるのだ! 共にアメリカのことを学び、日ノ本を根底からひっくり返そうではないか! 日ノ本を救うためには、沖田君! 君のような存在が必要なのだ!」


 松陰~~! おまえ、ちょっといい加減にしろ!


「……分かった。俺もアメリカに行く」


 な、何だって!?


「確かに今のままではいけないと思う。何をしたらいいのか分からないけど、変われるかもしれないなら、思い切ってやってみようと思う」


 切替え早すぎだろ! 


 近藤はどうなるんだ!? 沖田総司のいない新選組とかやばいだろ!


「だから、俺も一年か二年で帰ることにするよ。それなら、姉ちゃん達も我慢してくれると思う」


「えぇぇ……」


 とんでもないことになってきた。


 とはいえ、今更後に引けない。


 俺は、吉田松陰、山口一太、沖田総司とともに黒船への密航を強行することになったのだった。

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