幕末日本に転生しましたが、現代知識を活かしてスポーツ振興を目指します
川野遥
プロローグ・近江屋にて
慶応三年、十一月十五日。
京の
日はとっぷりと暮れ、寒々とした空気が肌を刺す。
「宮地先生、お一人で大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてくれるのは、
「君達が入ってくると、間違いなく刃傷沙汰になる。そうなると、俺が
「……分かりました。とはいえ、奴は殺人前科がある凶悪犯です。何かあったらすぐに知らせてくださいよ」
「ああ、今井さん、渡辺君、何かあったら頼む」
俺は「頼りにしているよ」とばかり今井の肩を叩いて、近江屋へと入った。
もちろん、醤油を買いに来たのではない。
幕末の重要なイベントの一つに関与せんがためだ。
できれば止めたい。ただ、止められないなら仕方がない。
近江屋の建物内は随分と静かだ。「ご免」と声をかけると、程なくドスドスと音が来て、大きな男が出迎えに来た。
「
「伺っております」
大男が二階へと案内してくれた。暗い廊下の中、唯一明かりがついている部屋の前まで先導し、「宮地先生が来ました」と中に声をかける。
「入れ」
短い、声がした。
いよいよだ。
部屋の中には二人、長身の男と、がっしりした体格の小男が座っていた。
まあ、小男といってもこの時代の男としては普通あるいはやや低いくらいではあるのだが。
「お久しぶりです、
俺の挨拶に、長身の男……坂本龍馬は少しだけ頬を緩める。
「ああ、久しぶりじゃのう、燐。知っておると思うが、こっちが」
「石川さんですね」
と、
「そうじゃ。今、小僧に
「ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げたが、その時、龍馬の
「もっとも、我々三人で楽しく食らうか、おまえさんの死体を眺めながら二人で食らうことになるかは、全ておまえさんの回答次第じゃが」
「……うっ」
最初から覚悟はしていたが、楽しい話には、なりそうにない。
俺が武器を持っていないことは分かっているのだろう。二人はリラックスした様子でくつろいでいる。
それでも、相手は剣術とピストルの達人だ。俺が刀を持っていたとしても、一息にやられてしまうだろう。
息詰まるような緊張感の中、俺は二人の前で威儀を正して本題に切り出す。
「龍馬さん、石川さん、隊を解散して、しばらく高知で大人しくしてください」
「は、は、は……」
龍馬が笑う。おかしくて笑っているのではない。人間、怒り過ぎるとかえって笑うしかなくなることがあるというが、まさにそれだ。
もっとも、相手が怒るのは当然ではある。
この時期、龍馬は海援隊、中岡は陸援隊という組織を立ち上げて、商社活動をしていた。薩摩や長州の代理人として武器や艦船を買い付けたり、見どころのある者達を訓練したり。二人はほぼ全精力をこの活動に傾けていたと言っていい。
それを解散して故郷で謹慎していろと言うのだ、聞き入れるはずがない。
「面白いことを言うのう。わしらがおまえさんの言うことを聞くと思っているのか?」
龍馬はまだ余裕があるが、中岡は殺気だった目を向けてきている。次の言葉を間違えれば問答無用で切り付けられかねない。そうなると、外にいる見廻組の面々が踏み込んできて惨状となってしまうことだろう。
ただ、外の見廻組の存在についてはここでは触れない。
「はい。最終的に二人とも私の言葉を聞くしかない、と思っています」
龍馬の目がスッと細くなった。
「どういうことじゃ?」
「理由は三つあります。まず、薩摩は二人を本気で守るつもりはありません。続いて、既に幕府の手が迫ってきています。最後に、そうすれば、私がお二人により面白い仕事を与えることができるからです」
「おまえさんが、俺達に面白い仕事を?」
龍馬は最後の理由に反応した。一番目と二番目の理由についてはもう分かっているのだろう。だから、意外と思った最後の理由に食いついたのだ。
「はい。今、やっていることより、面白いことです」
俺は力強く頷いた。その自信に面食らったのだろう、龍馬は視線を外して、横にいる中岡と顔を見合わせる。そのうえで首を傾げて、再度俺に向き直った。
「面白い。言ってみろ」
「はい。お二人にオリンピックを開催してもらいたいのです」
「何、おりんぴっく……?」
二人の目が揃って点になった。
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