ジョン

雨宮こるり

ジョン

ひょろひょろとした体形に、カラスのような無造作な黒髪。


着ているのはいつも何かしらのロゴが入ったTシャツで、ジーパンはくたびれてへなへなになった水色。


私は彼をジョンと呼び、彼は私を二号と呼んだ。


名前を聞かれ、冗談で私もジョンだと言ったら、即座に二号と決められた。




商店街を少しいった通りにある小さな信号は、車がめったに通ることもないから、律儀に青になることを待つこともなく、多くの人は自分の判断で渡る。青になるまで待つのは時間のムダなのだ。


でも、ジョンは違った。


「ねぇ、ジョン。どうして、青になるまで待つ必要があるの?」


「ん?」


「車なんて通らないじゃない」


するとジョンは悪戯っぽい笑みを浮かべ、


「それはね、僕の中にはあれと同じような信号があって、それがどうしても行かせまいとするんだ。青になるまではね」


と私の頭に大きな手を乗せた。




またあるとき、ジョンは草むらや道端に捨てられた缶やお菓子の袋を拾っては、近くのゴミ箱まで運んでいた。



「ねぇ、ジョン。どうしてゴミを拾うの?」


ジョンは微笑んだ。


「それはね。かつて僕がゴミ拾いロボットだったからだよ。だから、ゴミを見ると放っておけなくなるんだ」




ある日、ジョンは事故にあった。


青信号でのひき逃げ事故だった。


犯人はまだ捕まっていない。




私はジョンの本当の名前を知らない。知る必要もないと思う。彼の名前を知ったところで、私の見てきたジョンが変わるわけでも、戻ってくるわけでもない。


私は信号を渡るたび、ポイ捨てされたゴミを見るたび彼を思い出す。


私が知っているのは、彼の中にも信号があるってことと、昔はゴミ拾いロボットだったってこと。



そして――


「ねぇ、ジョン。どうして人は眠るの?」


ジョンは微かに頬をピンク色に染めた。



「それはね。毎朝、新しく新鮮な気持ちで君と出会うことができるからさ」



その蜜のように甘い、暖かなジョンの視線は、私を決して解くことのできない琥珀色のリボンで覆った。

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ジョン 雨宮こるり @maicodori

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