第5話 変態将棋バトル

 風呂を借りた後、忍も部屋着に着替えた。

 茶の間で和寿妃と情報の擦り合わせをする。

 床に散らかした将棋盤に、土産物のガラス細工やら箸置きやらを並べていたのも、人間関係の整理のためだったようだ。


 将棋盤の上に、駒となる動物たちをずらりと並べる。


「宇佐美くんグループが、亀井くん、蝶子ちゃん、鳳くん?」

「サルも、まあ、そうだろう」

「で、獅子戸さんは猿渡くんに片思いしていた、と」

「らしいな」


 和寿妃は片膝を立てて将棋盤の駒を整理する。


「じゃあイエティは獅子戸さんを攻撃したかったのかもね」

「……脅迫材料があるから、使っただけだろ」

「だって、猿渡くんが私に告白するように仕向けるのって、獅子戸さんへの遠回しな攻撃じゃない?」

「ああ……」


 猿渡と和寿妃が付き合うようになったら、獅子戸的にはキツいということらしい。


「いや、でもなあ……わっかんないなあ……」


 和寿妃はゴロンと畳に仰向けに倒れた。


「なんでわたしをダシにしようとするのかなあ……」

「和寿妃は本当に心当たりがないのか?」

「心当たりも何も、目的が意味不明じゃない。私と猿渡くんが付き合ったところで、誰になんのメリットがあるの?」


 忍は和寿妃の放り出された生白い足を見下ろして、肩をすくめた。

 獅子戸と同じだとしたら、まあ有るかもしれないと思って、言ってみる。


「おまえに惚れてる男を落ち込ませたかったんじゃないか」

「誰、それ」


 そう言われると困る。

 思えば、男子更衣室でやんや言っていたランキングに和寿妃の名前を挙げていたのは、猿渡だけだった。それもイエティに仕込まれた一件のせいだから成立しない。


「……熊倉さんとか?」

「熊倉はそんなことで別に落ち込まないよ。ワーイ仕事だあ~って喜ぶだけ」

「仕事……」


 先ほどの会話を反芻して、忍はゾッとした。そうなのだ。

 万が一にも和寿妃と付き合っていたら、猿渡は大変なことになっていたかもしれない。


「いや……っそんな、大柴家の事情に絡んでいるような話じゃないだろう」

「どうかなあ」


 和寿妃は寝返りを打って、タヌキのガラス細工を将棋盤を前に出した。


「貉さんの両腕を折ったのは鬼頭ってホームレスなんだけど、そいつの調書を取ったのが、わたしのお兄ちゃんなんだよ」

「ん?」

「だから、武祁瑠タケルお兄ちゃん」


 和寿妃はトンとドーベルマンの箸置きを将棋盤に並べる。

 忍は絶句する。兄の一人が警察にいるという話は聞いたことがあったが。


「獅子戸さんを捕まえたってわかってから、今日ちょっと話を聞きに行ったの。忍くんのことは、熊倉に任せとけば安心だし」

「ああ……」


 調べものに行ったらしい、と、熊倉が言っていたのを忍は思い出していた。


「まぁ基本的に新聞に載ってるようなことしか教えてもらえなかったけど、でも、やっぱり色々と変なところがあるみたい」

「変?」

「忍くん、人の腕を折りたいと思ったことある?」

「……ないけど」

「お兄ちゃんが言うには、鬼頭は女子高生なら誰でもよかったらしい。それで、通りがかりの貉さんを、後ろから襲ったわけ」


 節分用の箸置きらしい。

 和寿妃は寝転んだ鬼の形をした箸置きで、タヌキの置物を後ろからスコンと倒した。


「体当たりして馬乗りになって、膝で挟んで肘を捩じる。ボキッ。もう片方の肘もボキッ」


 想像するとゾッとする。貉はさぞ恐ろしかっただろう。


「現場は貉さん家の近くの小さな公園。夜だけど街灯があって明るい。腕だけ折って、逃げる」

「……貉は、なんでそんな所に一人で」

「散歩らしいけどね」

「だってホームレスの鬼頭が住み着いてるような公園なんだろ」

「それが違うんだよ。鬼頭の寝ぐらは駅の地下道だから。むしろうちの高校の方が近いくらい」

「……変だな」

「そう。


 そう整理すると、確かに貉を狙った犯行のように聞こえる。


「だいたい事故でもない限り人の腕を折るって、普通は抵抗させないためじゃない? 鬼頭は貉さんの腕を折ってすぐ逃げてる」

「誰か来たとかじゃなくて?」

「違う。貉さんは自分の足で立って帰ったの。通報は、お父さんがしたみたい」

「…………」


 根性の出来が違いすぎる。

 忍は、部屋から出てきた貉の物凄さを思い返して、ごくりと唾を飲んだ。

 あのキレ方をする女なら、悪態をつきながらそうするかもしれないと思った。


「それも両腕だよ。腕を折るために腕を折ったとしか思えない」

「そう、だな……」


 足も折られていたら、通報はもっと遅れていただろう。

 いや、それどころか、連れ去ったり命を奪ったりすることもできたはずなのだ。

 鬼頭はそれをせず、自首している。意味がわからない。


「……女子高生の腕を折るのが好きな変態としか思えない」

「そう。結局は自首しているし事実関係にも相違ない。貉さんも後ろから襲われたとは言っても、鬼頭の体形とか体臭とかはわかっていたわけだし。結局は総合的な判断で、事件はひとまず解決した」


 ドーベルマンが、鬼を将棋盤の端へと連行する。

 忍は膝に頬杖をついて考え込んだ。


「和寿妃。鬼頭の顔ってメディアに出てるのか?」

「うん? うん。実名と顔写真付きで報道されてたんじゃないかな」


 和寿妃はスマートフォンを操作した。五秒ほどで忍にネット記事を見せてくれる。

 おえ、と忍は声を漏らしそうになった。

 髪と髭がかなり伸びているが、似ている。

 獅子戸の写真でピースサインをしていた男に。


「こいつも、なにかしら脅されてたのかもな」


 そう呟いて和寿妃に返そうとした時、スマホがラインを受信して大きく震えた。

 忍は畳にスマホを取り落とす。


「悪い」


 拾い上げようとした時、通知画面が見えた。門馬からだ。

 和寿妃も同じ文面を見たらしい。『』。

 バッとスマホを取ると、門馬に通話をかける。

 忍は襖を開けて、奥の部屋から和寿妃のノートパソコンを出した。

 和寿妃がばたばたと茶卓の上を片付けながら叫んでいる。


「門馬くん、ごめん今すぐ掲示板を確認するから消すのちょっと待って。わかってる。もう誰か見ちゃったかもしれないよね。スクショ撮った? 時間は……放課後かあ……だから、わかってるってば! わたしだって獅子戸さんの変な写真が晒されていていいなんて思ってないよ!」

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