第2話 not to be

 コーヒーショップを出ると、熊倉が外で待ち構えていた。

 忍を見ると、吸いさしのタバコを携帯灰皿に押し込んで、強面にニカッと笑顔を浮かべてみせる。


「お疲れさんです」

「……熊倉さんこそ」

「いやー、俺はこれが仕事だから」


 両手いっぱいの買い物を、当然のように引き取られる。

 熊倉にとっては、大した重さでもないのだろう。

 

「……あ? 先生がたは?」

「これから親を呼んで話し合うって言ってた」

「へえー」


 大して興味もなさそうに、熊倉はコーヒーショップを振り返る。


「あの人殺し、ホントに警察に突き出さないんだな」

「いや、誰も殺してないので……」

「ふーん。忍のほうも訴える気がない」

「訴える気がないです」

「ああ、そう。まあ、知ってたけどさ」


 熊倉の車のあるコインパーキングに着く。

 大柴家所有のヴェルファイアだ。

 後ろに乗っていいか聞くと、買い物袋を置いた両手で「どーぞ」と席を示された。


「じゃーとにかく学校戻っていいんだな」

「お願いします」


 買い物を置くのと、自転車を取りに戻らなければならない。

 シートベルトを締めたかどうか、バックミラー越しに確認されて、忍はうなずいた。


 動き出した車の中で、忍は獅子戸から受け取った写真をそっと見た。


 それは異様な写真だった。

 中心に写っているのは子供で、おそらくは獅子戸なのだろう。

 顔つきに面影がある。

 それが煽情的なデザインの水着をまとって、どう見ても年上の男たち数人に囲まれている。

 舞台衣装かなにかなのだろうか?

 彼女だけが薄着で、周囲の男たちが厚着しているようなのが奇妙だった。

 おまけに構図がおかしい。一人の男にお姫様抱っこされながら、隣りの男にはキスをされて、前に立つ一人が真顔でピースをしている。


「あの人殺しのヤツさあ」


 熊倉はまったく言い直さずに、獅子戸をそう呼んだ。


「お嬢様に言われて軽く調べたけど、なんか小学生くらいの時に地下アイドルやってたみたいだな。まあ、ロリコン向けって感じだけど」


 男子更衣室で誰かが獅子戸を処女じゃないみたいな言い方をしていたことを、忍は思い出していた。

 この過去を指していたとは限らないが、多少の知名度があったとすれば、クラスにも知っているやつはいるのかもしれない。


 問題は、その写真の上に黄色い字で印刷されたポップ体の文言だ。


『おまえは生まれてこなければよかった。おまえは生まれてこなければよかった。おまえは生まれてこなければよかった。おまえは生まれてこなければよかったので、わたしは生まれてこなければよかったおまえを罰することにした使おまえは生まれてこなければよかった。おまえは生まれてこなければよかった。おまえは生まれてこなければよかった。おまえは生まれてこなければよかったので、わたしは生まれてこなければよかったおまえを罰することにした』


「…………熊倉さん」

「ん?」

「後でライターを借りてもいいですか」

「えっ。別にいいけど。なんだよ、火遊びかー?」

「いえ……」


 ほかの誰にも見せずに焼くと約束したのだから、和寿妃にバレる前に処分すべきだろう。


 学校に着く。

 一人で行こうとする忍に、熊倉が絶対に自分が荷物を持つと言って譲らなかった。

 じゃあ、ひとまず駐輪場まで運んでほしいと忍は提案した。

 そこで別れて、忍は荷物を届けに行き、熊倉は先に自転車を積んでもらえれば、時間が短縮できる。

 だが、熊倉は「絶対ダメ」と首を振った。


「俺、お嬢様からおまえに張り付いてろって言われてんだよ」

「……え」

「だから、ここで離れて校舎の中でおまえになんかあったら、俺は完全にヤバい。お嬢様にオシオキされてしまう……」


 なぜかちょっと頬を赤らめながら、そんなことを言われる。

 忍は困惑した。


「和寿妃は今、学校にいないんですか」

「らしいよ。なんか調べものがあるとか言ってた」

「調べもの?」


 嫌な予感がする。

 あの手紙の異様さを見た後だからだろうか、この状況下で和寿妃に単独行動をさせるのは、ひどく危険に思えた。


「だって、熊倉さんの仕事って、和寿妃の……」


 ボディガードなのではなかったかと尋ねようとする忍の声に、熊倉は被せた。


「俺の仕事は、和寿妃お嬢様の言うことを聞くことです。守れって言われたら守るし、歌えって言われたら歌うし、怒られろって言われたら怒られる。ただ、それだけだ!」

「でも……」

「つーか忍は友達いないのか」


 急に思ってもない角度から精神攻撃を受けて、忍は胸を押さえた。


「面倒くせえし、誰かクラスのやつにここまで取りに来させろよ」

「……ええ…………」

「ああ、俺から学校に電話してやろうか? 校長でもなんでも呼べば来るだろ」

「頼むからやめてください……」


 見た目が大人なだけで分別がまるでないので、事によると和寿妃より横暴かもしれない。

 忍は気が進まないながら、携帯電話を取り出す。


 クラスメイトの連絡先。

 和寿妃を除けば、宇佐美のしか知らない。

 だが宇佐美を呼んで、熊倉の前でいつもの絡まれ方をしたら、どうなる。

 命の保証ができない。


「……あん? 誰だおまえ」


 前から誰か来たらしい。熊倉が変な声を上げて、車を降りる。

 忍も釣られて横を見た。


 見るからにヤカラ仕様の車が物珍しかったのだろう。

 だからと言って近づいてまで見に来るのも度胸があると思うが。

 甲羅を背負ったかのような猫背で、熊倉に見下ろされているのは、亀井だった。

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