3:少しは周りのことも考えたら 編

第1話 バニガメ宣言

 事件は、昼休み目前——LHRの時間に起きた。


「はい」


 スッと掲げられた宇佐美の手に教室中の注目が集まる。

 黒板の前に立つ文化祭実行委員の阿部 辰雄は、宇佐美を指したくなかった。辰雄が知る限り、マンガバカの宇佐美が挙手してまともな発言をした試しがない。

 おまけに普段なら抑止力となる担任の小鹿は席を外している。


 だが、ほかに挙手している生徒はおらず、文化祭の準備は行き詰まっていた。

 ベビーカステラ。

 2組はお祭りの代名詞とも言えるその菓子を、花見団子よろしく串に刺して販売する計画を立てていた。見映えと食べ歩き需要を同時に満たそうというわけである。


 ところが、その目論見はものの見事に外れてしまった。

「串に刺したものを食べ歩いたら、転んだ時に危ないよね」という至極まっとうな実行委員会からのお達しによって。


 団子をコンセプトにして準備を進めていたクラスの士気はガクッと落ちた。

 特に和風茶屋のイメージで装飾物を作成していた内装チームは、一から作り直しになるかもしれないという危機感に戦々恐々としている。


 別に文化祭の売り上げがクラスの破滅に繋がるわけではないが、そうは言ってもプロジェクションマッピングお化け屋敷をやるとかいう1組とか、物理教師指導のもと本格的なコーヒーカップを作り出そうとしている3組とかの間に埋もれてたまるかという思いは辰雄にもあった。


 現状を打開するアイディアを募るための学級活動で、ただ一人、スッと挙手する宇佐美。不吉以外のなにものでもない。

 もう一人の文化祭実行委員、和田 公星ハムスターも同様の不安を感じているらしい。


「え、えっと……」


 色素の薄いくりくりのショートヘアをおどおどと揺らして、辰夫と宇佐美を交互に見比べている。キンクマみたいで、ぐうかわいい。

 見た目、中身ともに質実剛健を貫く柔道部部員・辰雄は無類のかわいいもの好きだ。実行委員にはちいちゃくてかわいい公星とお近づきになりたいという下心込みで立候補した。今こそ男らしさをアピールすべきであろう。


「……どうぞ、宇佐美くん」


 辰雄は覚悟を決めて、宇佐美を指名した。

 宇佐美はすっくと起立し、芝居がかった仕草で教室を見回した。


「男子諸君、聞いてくれ。今こそ立ち上がるべきだと、オレは思う」

「えー。女子はお呼びじゃないって?」

「オッケー! 女子もう解散しよー」


 すかさず茶々を入れる蝶子に、本郷鈴芽スズメもきゃっきゃと乗っかる。


「あっ、あっ、待って待って、宇佐美くんがまだ話してるから、みんな」


 暴走しかける女子を、公星が慌てたように小さな手足を動かして押しとどめる。


「その通りだぜ、ガールズ」


 宇佐美は指でピストルの形を作って、蝶子を射抜く真似をしてみせる。


「君たちもわかっているはずさ、このままじゃ不味いってことを。まるでオレたちは生焼けのベビーカステラ、外は黒焦げ、中はトローリ。今にも爆発しそうなんだ……」

「うるせえから意見があるなら早く言ってくんないかな!」


 べらべらと喋り続けて注目を集めようとする宇佐美に、辰雄は声を荒げる。『うるせえ』のは宇佐美を指さして馬鹿笑いしている亀井の声だ。

 はたで見ている忍は、共感性羞恥で腹が痛くなるのを感じていた。この状況で、宇佐美はなぜ平然としていられるのか。もはや神経の作りからして違うとしか思えない。


「ではこのオレ様・宇佐美晴彦の口から言わせてもらおう!」


 両手でバシッと机を叩いた宇佐美は宣言した。


「ベビーカステラで花見団子? 和風喫茶? ノンノンノン、コンセプトが弱すぎる! 時代の最先端は、バニー・ガール・メイド! 我ら男子一同は、女子生徒にバニガメ着用の接客を求めるものである!」


 言った。


 その瞬間、忍をはじめとする、良心のある男子生徒は一斉に顔を伏せた。あらかじめ男子全員にオレはやるぞオレはやるぞとバカみたいに予告していたからと言って、一緒にするなという話だ。


 だが、忍は少数派だった。


 男子の多くは「すばらしい!」「よくぞ言った」「勇者!」「宇佐美神!!」と口々に賛同の雄たけびを上げて起立している。

 男子でただひとり、蚊帳の外にされていた辰夫は、あまりのことに目をシロクロさせる。まずいことが起きているのはわかるが、思考が止まっている。ダメだ、なんとかしてこのバカを黙らせないと、女子の前で何を言うかわからない。


「え? なに? バニガメ?」


 やめろ、と忍は思う。いちはやく声を上げたのは学級委員の和寿妃だった。


「宇佐美くん、それってなんのことなの?」

「説明させてもらおう!」


 宇佐美は颯爽と黒板の前に躍り出て、チョークを折る勢いで彼の妄想を描き始めた。


「Bunny Girl Maid.そのなる歴史は古代ローマの時代まで遡る。まさしく書の世界観だ。多産のウサギに人類の繁栄を願い、世の人々に甲斐甲斐しく奉仕する姿は真なる女の象徴。なんと母マリアの処女懐胎は恋すると赤ちゃんできちゃうウサギが元ネタなんだぜ!」


 なにを言っているのかわからない。よくもまあそんなデタラメを恥ずかしげもなくすらすらと言えるものだ。いいから早く終わらせてくれという忍の願いもむなしく、議論は紛糾した。


「なによ、要するに男子は女子にキャバクラやれって言ってんの?」

「ち・が・う!」

「話なんも聞いてないだろ!」

「宇佐美神はバニーガールメイドはもっと崇高なモンだと仰っているのだ」

「なにが違うのよ、要するにエロい服着ろってことでしょ」

「サイテーすぎる。いっぺん死んでほしい」

「エロい服ではない。演劇部男子の土屋陽炎カゲロウが考案したこのデザイン画を見よ!」

「スク水とエプロンドレスを掛け合わせたこの、精妙な……」

「バッカみたい! 和装のほうが絶対かわいいから!」

「や、やめて、みんな、落ち着いてよお……」

「いい加減にしろよ!」


 辰雄は教卓を強く叩いた。公星の前に割り込んで、宇佐美を睨みつける。


「宇佐美おまえそれ、小鹿先生オーガの前で言えるか? 言えないだろ!」

「……言える!」

「いや絶対に言うなよ男子が連帯責任で殺されるから」

「うるさい! いいからバニガメるかバニガメらないか決を採れ!」

「オーッ」

「いいぞ宇佐美! 骨は拾ってやる!」

「ウサミ死してもバニガメ死なず!」

「今騒いだヤツ全員、顔覚えたからな!」


 暴徒と化した宇佐美のシンパはもう収集がつかない。なんとかして黙らせなければ。辰雄は頭を抱えるようにして説得を試みた。


「だから! 普通に考えてダメだろ。女子に責任を押し付けるなよ」

「……ほう。責任とは?」

「責任ってのは……だからクラスの出し物なんだから、みんなで協力しないと」


 その瞬間、言質を取ったと言わんばかりに宇佐美の目がギラついた。


「じゃー男子がバニガメ着たら女子もバニガメ着るってことでいいんだな!」

「ひっ……おいバカやめろ、ここで脱ぐな!」

「きゃーっ!」

「イヤーッ毛が汚い!!」

「おい宇佐美、そんなの聞いてないぞ!」

「やばいオーガが来る!」

「止めろ、誰か早くそいつを止めろー!!」

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