第12話 ワンダフル・ファミリー
大柴一族の歴史は古い。忍は見たことがないが、先祖代々受け継がれてきた家系図では、戦国時代まで遡れるという話だ。
古くは豊臣氏に臣従し、やがて新政権となった徳川幕府からは聖地を管理する祭祀の一族として特別の保護を受けた、らしい。
忍も徳川家康の墓が地元の有名観光地にあることくらいは知っているが、幼馴染の和寿妃ときたら犬のように人懐っこい性格で、そんな大層な歴史を背負っているようにはとても見えない。
だが少なくとも、地元では「大柴さん」と言って話が通じるほど名の知れた名家で、大地主で、お金持ちではある。
特に、政治家だった和寿妃の祖父はかなり求心力のある人物だったらしい。亡くなった時は公費を使って自然公園に銅像を建てる計画が持ち上がるほどだった。ちょうど震災と重なり、その話は立ち消えになったそうだが。
その絶大な支持を誇る祖父の一人娘が、大柴
「それでね、和寿妃はみんなとカラオケに行ったの。タンバリンを叩いたら、みんな凄いって褒めてくれたんだから」
「あいやあ、したっけ
「やだ~ママったら。そんなことしたら恥ずかしいよお」
その財力を元に複数のNPO法人を経営しており、和寿妃のいる本宅にはほとんど帰って来ない。めったに会えない母親が迎えに来て、和寿妃は浮かれている。
促されるまま後部座席に座った忍は、存在感を可能な限り消していた。だが、バックミラー越しに母親と目が合う。
和寿妃によく似た目元は、涼しげを通り越して怜悧だ。
「いま駅の方向かってっからよ、そっからなら家はわがっぺ?」
「あ……はい、どうも」
「えーっ、ママ、忍くんをウチに泊めちゃダメなの?」
「よそのモンを勝手に連れ帰ったら誘拐だべ」
「忍くん、電話電話! 忍くんのお父さんに許可取れたらOKだって!」
「…………いいんですか?」
忍が当惑して尋ねると、櫛志子は肩をすくめて応じた。
「カズはこーなったら誰が何を言ってもムダだべな」
勝手に連れ込まれるよりマシということらしい。
忍はポケットからケータイを出した。父からの着信が二件入っている。
今ごろは酒を飲んでいるだろうと思った。
ぽちぽちとケータイを操作する忍の指の動きは鈍い。和寿妃とその母親に聞かれているのにいきなり怒鳴られたり、泣かれたりしたら嫌だと思う。
耳に当てると、父は三コールで出た。
「あ……おれだけど」
『忍か』
「うん。あの、それで」
『今、何時だと思ってる』
不機嫌を隠そうともしない声に、忍はうまく答えられない。いや、言われた通りにまっすぐ帰らなかったのだから、仕方のないことだ。着信にも折り返さなかった。
忍は反抗心を押し殺して「ああ、あの、ごめん」と返した。一言謝れば、謝り返してもらえるのではないか、そんな打算もあった。
自分が悪いと思っていない父が謝るわけがなかったのだが。
『今すぐ帰って来なさい』
「あ……あの、それなんだけど」
情けないことに忍の声は震えている。これは怒鳴られるとわかっていた。身内の恥を晒したいと思ったことはない。席と席の間から心配そうにしている和寿妃の顔を、忍は見られなかった。
「友達が家に泊まったらって誘ってくれて」
父は怒鳴る代わりに『はぁ』と聞こえよがしなため息をついた。
『どうして。いつもいつも、おまえはそうなんだ』
『そうやって向き合いたくないと思うことから楽な方へ逃げ続けても、周りに迷惑をかけるだけで、なんの解決にもならないってわからないのか』
『そうじゃないだろう。忍はお父さんの子どもなんだから。自分でちゃんとできるはずだ。今のは聞かなかったことにしてあげるから、次はまともな判断をしなさい。この状況でまともな判断っていうのは……』
父は酔うと、驚くほど説教くさくなる。
とはいえ、第三者が二人いる状況で父の言葉を聞いた忍は、これはもう本当に相互理解を諦めたほうがいいのかもしれないという気がした。
今どこにいるんだとか、友達って誰だとか、そういう具体的なことを父はなにも尋ねなかった。ただ、忍が父に従うことだけが決定づけられている。
忍は、聞けば聞くほど無表情になってしまって、怒ることもできなかった。
和寿妃が、忍に向かって伸ばした手を揺らしている。
ケータイをよこせという意味らしい。耳に張りつくほど押し付けていたケータイを、忍はゆっくりと離して、和寿妃に預けた。
和寿妃は受け取ったケータイを、運転中の母の耳に当てた。
櫛志子の口から流暢な標準語が飛び出してきて、忍は驚いた。
「もしもし、お話し中のところ、大変申し訳ございません。わたくし大柴和寿妃の母でございます。ああ、ええ、こちらこそ本当に、ご無沙汰致しております。うちの和寿妃ときたら相変わらずの甘えん坊でして、お恥ずかしい限りでございますわ。もう高校生にもなって、わきまえずにご子息を連れ回してしまうんですから。ご迷惑をおかけしております。それにしても頼りがいのある立派な息子さんをお持ちで、お父様もさぞかし鼻が高いことでしょうね。それで今日なのですけれども……」
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