第9話 [TEST]
忍はいまだかつて遭遇したことがない状況に立ちすくんでいた。
だが、母親の状況を見れば、家の手が回らない様子や、頻繁に帰ってくるという貉の父にも納得がいく。
和寿妃は忍に頓着せず、ベッドに仰臥する貉の母親に挨拶した。
「お邪魔します。そこで、お父さんと会ってきましたよ」
「あの人の声、うるさいから聞こえてたわ。男の子もいるの?」
「はい。クラスの三輪くんが一緒に来てくれました」
「ア……どうも」
「どうも。百合絵の母です」
頭を大きく動かせないらしい。忍はもたもたと前へ出て、ベッドの脇に立った。
眼球が少し動き、目蓋がわずかに細まる。笑っているらしい。
なんの病気なのか忍にはわからなかった。
だが、その様子といい、足元から管で繋がっている尿バッグといい、重篤な病気に思える。視覚障害はその症状の一部なのだろう。途方に暮れる忍にかまわず、和寿妃はてきぱきとスクールバッグからプリントを出した。
「学校のプリント類、テーブルに出しておきますね」
「ありがとう。いつも助かるわ」
「百合絵さんは、今日は」
和寿妃が言いかけるのと同時に、二階から何か床に叩きつけるような物音がした。天井が薄いらしく、振動でテーブルに置いていた状差しが倒れる。
和寿妃の置いたプリントを巻き込んで、薬の袋やら、変わった形の定規やらがバサバサと床に落ちる。
忍はぎょっとしたが、いつものことらしい。和寿妃と母親は動じなかった。
「……起きているみたいですね。後でちょっとだけお話してきます」
「そうしてやってちょうだい」
和寿妃がそうするので、忍は床に散らばったものを片付けるのを手伝った。
病気に関係するのか、見たことのないものが色々とある。穴の空いた定規だ。まっすぐなものと、筆記体のFみたいな形のものがある。
まっすぐな定規を手に、戸惑う様子を見せる忍に、和寿妃は答えた。
「それは、点字を打つ道具だね。」
「ああ。へえ……」
「ごめんなさいね。百合絵が色々と持ってきて片づけないのよ」
「そうなんですね。それじゃあ、わたしの方から渡しておきましょうか」
「本当? なんだか悪いわねえ……」
ドア越しにしか会話しないクラスメイトの親と、よくこんなに会話できるものだと忍は感心する。忍だったらプリントをポストに入れて早々に退散するところだ。
いやいくら優等生だからって普通ここまでするか、と思った時、忍は何か嫌な予感がした。
「じゃあ、ちょっと二階へお邪魔してきますね」
「よろしくね」
忍は小さくため息をついて、階段を上る和寿妃に従った。
「……おい」
少し迷ってから和寿妃の耳元に小声で耳打ちする。
「おまえ、もしかしてタヌキがイエティじゃないかって疑ってるのか?」
「……うん? うーん、まあその可能性はあるよね」
昨夜のカラオケで、和寿妃はタンバリンをしゃんしゃん叩きながら、掲示板に書き込んでいるクラスメイトを洗い出していた。
和寿妃の理屈は、掲示板に書き込んだこともない人がイタズラなんて普通しないでしょう、というものだった。
なるほど、と忍は思う。もちろんそれだけでイエティとは決めつけられないが、仕組みを理解するために一度くらいは書き込みしていそうなものではある。
実際にタブレットから掲示板のログをチェックしたのは忍で、ついでに言うならタブレットの本来の持ち主は宇佐美だ。忍にウェブマンガの布教をするためにわざわざ持ってきたらしい。
カラオケボックスには熱唱する宇佐美、同時にハモる亀井、正確無比にタンバリンを叩く和寿妃の3ピースバンド(?)が結成される傍ら、掲示板のログからハンドルネームを抜き取ってクラスのだれかを確認する作業が行われていた。
「♪ありったけの~夢うぉおおおお」
(しゃん・しゃん・しゃん・しゃん・しゃん・しゃん……)
「その『フェニックス』ってのはたぶん鳳だと思う」
「♪ヴァージンハッピーショー!」
「じゃあ『猪突猛進』っていうのは誰?(しゃしゃしゃしゃしゃん)」
「…………『猪突猛進』は誰かわかるかって」
「……美術部の村遠かな。オタクっぽいし文化祭の内装チームの話してるし」
「♪回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ回れ」
「♪カンタンなんだよこんなの!」
「…………」
忍はそのカオスな環境に耐えて、なんとか掲示板設置当時までログを遡ったのだ。
しかして、そのテスト投稿にムジナらしき存在は確認できた。
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●テスト - モンマ
20XX/05/10 (Fri) 15:08:09
テスト投稿です!いや長い道のりでした・・・
ルールを守って楽しく活用していきましょー(^^♪
〇Re: テスト - ユリエ
20XX/05/10 (Fri) 15:10:11
了解。動作確認しました。
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ユリエというハンドルネームで。
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