第2話 Hebi Animal Video Digital Versatile Disc

 なぜ起き抜けに性的なDVDを視聴しなければならないのか。

 それも異性の幼馴染と一緒に。


 スッと気持ちの冷めた忍は「お引き取りください」と、和寿妃を廊下に締め出そうとする。


「いや待って待って冗談冗談」


 だが和寿妃は、ドアと玄関の隙間に膝を入れて抵抗してきた。


「なにが冗談だよ、いるかこんなもん」

「疑う前に、ちゃんとパッケージを見てよ!」

「お断りだ! 目が腐る!」

「大丈夫! 絶対に大丈夫だから」


 食い下がられて、忍は仕方なくドアノブに手をかけたまま、片手でビニール袋をずらした。おやと思って両手で袋から出してみると、見慣れたパッケージだった。


 タイトルは『かわいい!かっこいい!優雅なヘビライフ』。

 ジャンルとしては動物ドキュメンタリーということになるだろう。海外の作品に日本語字幕が付いているものだ。

 表紙にはとぐろを巻いたニシキヘビがプリントされている。

 モデルは特に写真映えする個体のようだ。

 目がくりっとつぶらで、逆三角形の輪郭にもなんとも言えない愛嬌がある。


 ついつい見入ってしまう忍に、和寿妃は「AVはAVでもアニマルビデオってことだよ。Hはヘビの頭文字だし」と胸を張ってみせた。


「ヘビが主役のやつは少ないみたいで、探すの大変だったんだよ」

「……これ、持ってる」

「え、ほんと?」


 和寿妃の言うとおり、ヘビが主役の商品は少ない。

 世に動物番組は多しと言えども、ディスクの発売にまで至るものは少ないうえ、爬虫類の人気は犬や猫といった哺乳類には負けてしまう。

 ヘビがメインで、且つ、番組内容的に成人の視聴に耐えうる作品となると、自ずと買うべき作品は限られてくるのだった。


「おまえが選んでくれたのか?」

「う、うん……インターネットで調べたら、これが一番評判いいみたいだったから」

「そうなんだよ。これはすごくいい。物凄くいい」

「そうなの? でも、もう持っているなら必要なかったね。ごめん、先に確認してから買えばよかった」


 そう言ってパッケージを取り返そうとする手を、忍は全力でかわした。


「は!? いるに決まってるだろ! フザけてんのかてめえ」

「そこまで!?」

「これは保存用にするんだ」

「保存用!?」


 忍は取られないように、新品のDVDを袋にきちんとしまった。

 胸に大切に抱えると「まあお茶でも飲んでゆっくりして行けよ」と、上機嫌で和寿妃を招き入れる。


 和寿妃はこんなにウキウキしている忍を久々に見た。


 学級委員の和寿妃の見立てでは、今のクラスでの忍のキャラ付けは『見た目以外なんにも主張しない不良』というものだ。

 本気で和寿妃以外の誰とも口を利かないし、先だっての告白動画事件があるまでは声を初めて聞いたというクラスメイトも多かっただろう。


 和寿妃が事態を制御しきれなかったせいで『和寿妃を猿渡と奪い合った昼ドラ野郎』という不名誉な立ち位置も獲得したわけだが、こういう一面があるとわかれば、クラスに溶け込むのも意外と難しくないような気がする。


 親友の狐塚真理からは、こういう思考をよく『独善的だ』と指摘される。

 だが、和寿妃としては自分にできる最善を尽くそうとしているだけなのだった。

 即ち『忍くんに幸せになってほしい』『わたしが忍くんを幸せにしたい』という気持ちで、そのために自分ができることはなんでもしたいと考えているのだった。


「おまえはどうせ牛乳でいいんだろ」

「うん!」

「なんだよニコニコして」


 和寿妃はコップに牛乳を注ぐ忍をキッチンカウンター越しに見ていた。

 忍と目が合うと、にまぁっと溶けたような笑みを浮かべる。


「ううん。忍くんのこと好きだなーって思っただけだよ」

「はあ?」

「いっぱい喜んでくれて嬉しい。牛乳もなみなみ注いでくれるし」

「ああ、そう」


 照れ隠しのようにドンと顔の前に置かれた牛乳を、和寿妃は立ったまま飲んだ。


「今日は、お父さんは?」

「出張行ってる。帰ってくるのは明日だとよ」

「そっかあ。じゃあ、二人っきりだね」

「……バカじゃねえの。何を今さら言ってんだよ」


 急に意味深なことを言われて、忍は内心で動揺した。

 ただでさえ変な夢を見たばかりなのだ。

 和寿妃の生白い腕に妙な想像を掻き立てられてしまう。

 こんな、口元に牛乳のヒゲなんか付けてる女に!


 苛々とティッシュを勧めると、和寿妃は「ありがとう!」と五歳児もかくやと思う素直さで受け取った。

 あまりの緊張感のなさに忍は、ふっと笑ってしまう。

 先だって鼻血を舐められたり鼻梁を嚙まれたりしたせいで、いくらか警戒してしまっていたが、本来の和寿妃はこの色気もへったくれもない有様なのだ。

 和寿妃もきっと、高校生活で気を遣うことが多く、ストレスが溜まっていたのだろう。あの突飛な発言や行動も、動物的なスキンシップの一種だったと考えれば説明はつく。


 そう自分で自分を納得させて、忍は和寿妃に「せっかくだからデカい画面で見ようぜ」と声をかけた。


「ふえ?」


 テレビの対面にあるソファへ陣取っていた和寿妃はきょとんと首をかしげた。


「このリビング以外にテレビがあるの?」

「いや、テレビはない。ちょっと準備するから先に部屋に行ってろよ」

「忍くんのお部屋! いいの?」

「おう」


 腕組みする忍はやや得意気だった。

 その時は、自分を機械にうといと思っている幼馴染を少しびっくりさせたい気持ちがあったのだ。

 何より、いくら年頃の異性と言っても、相手は単なる幼馴染なのだから、今さら部屋に入れたり密室でDVDを見るくらいなんてことないと考えていた。

 その判断を後に後悔することになるとは、この時の忍はまだ知らない。

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