第6話 SUTURDAY
翌朝は起きられなかった。
さんざん寝返りを打った挙句、暑さと尿意に耐え切れなくなった忍は、人間という呪わしい肉体を今日もまた認めることを決めた。
土曜日で休みのはずだが、リビングに父親の姿はない。
昨夜も仕事やら接待やらで遅くに帰ってきたようなので、また寝ているのだろう。
忍の父は外資系企業でMRをしている。
要は医薬品の営業職だ。
生活を見る限り、多忙を極める働きぶりだが、そのぶん金回りも良い。
おかげで快適に生活させてもらっている、と言いたいところだが、不幸なことにこの父は息子のヘビ愛を理解できるタイプではなかった。
都会育ちで、この田舎でも医師というインテリ層を相手に仕事をしているせいか、ヘビという生き物を生理的に受け付けないらしい。
当然、忍の肉体改造についても甚だ嫌悪しており、特に舌にピアスを空けた時には、早く出て行けだの絶対に出て行くなだの一人で支離滅裂な大騒ぎをしていた。
正直なところ、忍はこの父を少し面倒に感じている。
忍の趣味嗜好について散々に不満を言い、ひとしきり落ち着けば酒を片手に元妻への恨み言を漏らし、過去に何もできなかった自分を涙ながらに責めはじめるところまで、行動がワンパターンなのだ。
自分のような人種を息子に持ったことには同情するが、元を辿れば責任の一端は父にもある。
つまり、彼は結婚なんてしなければよかったし、子供なんて作るべきではなかったのだ。
しかし高校生にもなってそんな事実を突きつけるのは、あまりに中二病っぽいというか、逆に残酷な気もしてしまい、忍は父に何も言うことができない。
摩擦と衝突を繰り返し、最近ではコミュニケーションをとらないことが一番平和という結論に、お互い落ち着いてしまった。
なるべく顔を合わせないように、父は仕事に逃避し、忍はヘビに逃避している。
そのため、たまに家で会うと妙な気の使い合いが発生する。
忍はもう家を出たと思っていたのだろう。
リビングでシリアルを啜っている忍を前にして、父は「おはよう」と掠れた声を上げた。
「……おはよ……あ、ごめん……おれがうるさくて起きた?」
「いや、もういい加減に起きないとだめだろうと思っただけだから。気にするなよ」
「あ。そう」
「逆に気を使わせたかな。ごめんな」
「いやっ、別に……」
「…………えーと。今日、買い物行くかな。なんか要るものあるか?」
「や、だいじょぶ、自分で、買えるし」
「そうだよな、まあ、でも、バイトもほどほどにな。来年は受験だろ」
「あ…………ウン…………」
「いやっ違う、今すぐ辞めろってことじゃない、ほしいものがあるなら、多少は手伝えるから」
「あ、あう、う、うん」
こんなに居た堪れねえことあるかと忍は叫びたかった。
進路の話などしたことがないのに、自分は進学するものと思い込んでいる父も、それに言及できない自分も、何もかも爆発してしまえばいいものを。
忍は後片付けもそこそこに、自室に引きこもった。
父が悪人ではないことはわかっている。何不自由ない暮らしにも感謝している。
だがヘビという絶対に踏み込まない方が良い一線があって、そこを越えて殴り合いにまで発展したことが何度もあるから、中身のない会話以外がなにもできない。
こんな生活を続けるうちに、忍はいつしか、何事も自分で決めて、自分で行動し、自分で結果を引き受ける生き方を身につけていた。
それが家族の在り方として正しいかどうかは、深く考えないようにしている。
言っていた通り、父は買い物に行ったようだ。
家に一人になった忍は、和寿妃にメールすべきかどうか、ずっと決めかねていた。
昨日は唐突な告白に混乱して咄嗟に突き放してしまったが、かける言葉を間違えたような気もする。
だが、付き合う気もないのに自分から連絡するのはおかしいとも思った。
結局、ベッドの上でガラケーを開けたり閉めたり、思い出したように充電するだけで結構な時間が立っていた。
きりがないと気がついた忍は、携帯の電源を切ってシャワーを浴びた。
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