5:踏みしめるタイトロープは張り巡らされて

 激しい破壊が轟いたが、待てど暮らせど、事態に変化は見受けられない。

 首を傾げながらも、


「まあ、やるか」


 と木積は、拳を鳴らす。

 音がしたアパート逆側に視線を投げる阿古屋が、驚いた顔のまま向き直ってくると、


「い、いや! 多分、いまの梗さんでさ、ん! こっちに向かってると思うんすよ!」

「だから?」

「んー……ちょっと待って」

「いやだ」


 否定はしたが、別に彼らから憎まれたいわけではない。なるべく刺激しないように親指を立てて微笑んでみせたのだが、


「くっそー! 相変わらず大人げねぇなあ、ん!」

「大体、その笑顔が気に入らん」

「なんすかその親指、ん⁉ 何世代回ったら、それがオッケーの時代が来るんすか⁉」

「ふ、二人とも言いすぎですよ!」


 言いすぎってことは、葬儀屋の娘も似たようなこと思ってたってことだ。


 ……なんだなんだ、人が気を遣ってやれば好き放題いいやがって、このゆとり世代のガキどもが。

 笑みを不機嫌に塗り替えると、


「やるぞ」


 殴るために前へ。

 子供たちも、肩で息をしつつ迎え討とうと構えた。

 が、空手家は構わず無造作に、相手方の射程へと踏み込んでいく。

 己の肉体強度への自信の表れだ。意識外からでなければ、弓も銃も、恐れる理由がない。気を張ってさえいれば、この肉体を通るものが皆無であることを、自覚しているから。

 だから平然と、こちらの一撃が最大となる射程まで、一直線に進んでいく。

 当然、敵は突き放すべく「左による制圧」を開始するが、疲労で切れを失った拳など恐れるに足らず。


 初撃は顎へ。

 二つ目も顎へ。

 三つ目も同じく。


 連打する破音の中を前進し、


「……ん?」

 足がもつれた。


 姿勢を保とうと、逆足を前に出そうとするが、それも動かず。

 なぜか、の問いに答える者はない。

 代わり、棒立ちになった木積は眼前にストレートが迫るのを見つけると、


「どうなってやがる?」


 とにかく歯を食いしばり、受ける体勢へ移行していく。


      ※


 三枝・和也は、目頭を押さえながら大きなため息をつく。

 吐き出すものが、怒りなのか呆れなのか憐れみなのか、自身にも判然としないほど、胸中はかき混ぜられた状態だ。

 原因は、


「あれ? あっれ⁉」


 困惑しながら自分の両手を見比べている少年のせい。


 ……汀・桔梗に可能性は開かれなかった、か。


 内閣特別調査室が持つ膨大な実証資料は一部の例外を除き、隷の異能を保証している。

 その発現によってこちらを出し抜こうと企てた少年は、しかし一部の例外にカテゴリーされてしまったようだ。

 彼は納得のいかない様子で影神の背後に回ると、


「おっかしいなあ……マーさん、ちょっといい?」


 露出する両の胸下部を手の平で覆った。

 躊躇いのない指先が、感触を確かめるようにうごめくから、


「おいおいおい! なにしてるのさ⁉」

「見ればわかるでしょう⁉ 新能力の確認です!」


 双眸を意志に燃やす桔梗に、


「いや、え⁉ 俺も長いことカゲツミと関わってきたけど、そうやって確認する能力なんか見たことないよ⁉」

「はは。まだまだ我々に驚きを教えてくれますね、世界ってやつは」

「君の頭がおかしいのを、世界のせいにするんじゃないよ!」

「それで、キョウさん」


 棒立ちだった被害者が、赤い唇を「仕方ないなあ」という風にしならせ、


「なにかわかった?」

「それが大発見ですよ! なんですか、この下乳! サイズ、弾力、ハリ、コシ……くう、ダメだ! このまま中に入ってもいいですか⁉」


 実直な迷走っぷりに、旭が戦慄顔で、


「羞恥心が消えた……⁉ なんて能力なの……!」

「是だが、新能力ではない」

「無理だ。世界どころか、自分の品性を救うことも無理そうだな」

「君ら、ほんと容赦ないね……」


 傍観を守っていたメンバーの、やはり実直で投げ遣りな感想に、三枝は少々ながら桔梗に同情。

 が、いつまでも停滞を許しておけるほど、内閣特別調査室の長は暇人ではない。

 成すべきを成すために、サングラスをかけなおす。

 こちらの緊張を察したのか、アニェスと旭が得物を構えなおし、マーカラが桔梗を庇うように前へ。


 本日の第二ラウンドだ。

 相手には回復を果たした影神がおり、個々の連携が取れていないとはいえ、三枝には不利だ。


 ……前は、不意打ちがきれいに決まったお陰だからね。


 では、どうする。

 考えるほど、勝機に至る道程はタイトロープ。

 背中の汗は冷たいが、


 ……この程度なら、いつも通りだ。

 事実を確かめると、手にある端末をブラインドで操作。


 ……召喚術で子供たちには対応して、影神には防御術式で時間を稼げば。

 いずれ、戦闘狂の木積が駆けつけてくれるだろう。それまでの我慢だが、


「……おや?」


 まず、第一段階のリアクションがない。

 端末を持ち上げてみれば、


「……真っ黒?」


 ディスプレイが無電状態に。

 バカな、と呟いて面々を見渡す。

 旭は、筆を振るうが色が放たれない。

 アニェスとマーカラは、水の中でも往くようにぎこちない。

 なんとか能力を発揮しようと気張っている桔梗以外、戦闘に交じらない颪も含んで、驚きと戸惑いが共通の表情だ。

 不可解な事態。

 しかし、一通り説明のつく答えへ辿り着いている。


「梗さんの力は、結界型か! それも、魔力を封鎖するタイプの!」


 体内の魔力を認知できるが運用はできない状況から、結界の特殊性を看破。

 桔梗本人は自覚していないようだが、こちらのスペックの八割が封じられた格好だ。

 故に、


 ……ならいけるか?


 足元のタイトロープが、その太さを倍ほどに増したように思えるから。

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