4:変転の戦場
顎を抉りこめかみを打ち抜いても、
「うおうりゃああああっ!」
最強の人類は嫌なくらいピンピンしていた。
阿古屋は、徒労感に息を切らせながら、ステップを刻むことはやめていない。
右左右ハイのコンビネーションを、スウェーからのステップインダッキングでかいくぐると、フックをやはり顎へ。
拳に広がる歯が緩む感触は確かに一撃が通ったものなのだが、木積が止まるのはほんの一瞬。背後からの雪の打撃は、同方向への前進のせいで威力は落ちているとはいえ、完全に無視だ。
即応で反撃が舞い込み、少年は汗を散らせながら鼻先でなんとかやり過ごすのが精一杯。
「ダメだ! ユッカもう撃っちまえ、ん!」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ!」
離れた所で弓を構えながら必死に首を振る幼馴染に、鏃向けている時点で同じだろうにとは思うが、まあ本職の一線は人より深いんだろうなあ、と納得。
なら、こっちで手を打つしかない。
問題は、あの驚異のタフネスだ。
太い骨格と分厚い筋肉は、確かに鎧となる。
だが、軽い打撃を無視するというレベルのものではない。手応えから鑑みるに完璧に抜けている打撃ですら、ダメージに直結しないのだから。
アスリートとして幾千幾万の打突を重ねてきたボクサーは、一つの答えへと、苦々しくも辿りついてしまう。
「……魔力だな」
カゲツミの肉体を構成する輝く粒子であり、人類がその規格を越えるための物質。
阿古屋が危惧するのは、最強の人類がその魔力を頑強と回復力に注げる可能性だ。いっそ三枝のように「魔術を使う」という能動型のほうが隙をつくこともできるし、与し易い気がする。
思案の末に辿り着いた絶望に肩を落とせば、
「なんだ? 手詰まりか?」
腹立たしいほどの笑顔の木積が、小馬鹿にしてきた。
くそ、と吐き捨て汗を拭えば、戦術の組み立て直しに。
最強の名に恥じず、正面からでは何人がかりだろうと倒せる気がしない。
……わかってたことだ、ん。だったら、当初の予定通りにいくだけ。
つまり、桔梗の成功を待つだけ。
そうとなれば、阿古屋の仕事は時間稼ぎ。負けず、消耗を最小限に食い止めること。
胸の熱を大きく吐き出すと、一歩前へ。
が、鉄板がひしゃげるような轟音が、
「あ⁉」
「なんですか⁉」
少年の進む覚悟を引き裂きながら、宵の空へ響き渡った。
皆、混乱に襲われた。
しかし、阿古屋だけは、確信をもって幼馴染の名を呟くと、
「そうさ。お前は、昔からやれる奴だったよ、ん?」
思わず笑いこぼしてしまう。
※
憔悴を振りきった影神に肩を借りながら現れた主の姿を、アニェスは安堵でもって見つめていた。
荷台ごと魔力分解の結界を切り開けば雷鳴じみた破砕音が響いたのだが、二人とも目立った傷はない。よほど、マーカラの魔力的強度が高いのだろう。
やはり、と影摘みは静かに肩を落とす。
影神は、影摘みと同種の構造でありながら、その根本的出力に大きな差を持つ。彼女らと単独で渡り合うには、上位の影摘みでなければいけない。
つまり、アニェスでは勝ち目がないのだ。
わかってはいた。負傷した彼女と矛を交え、ほぼ対等だったのだから。
その強い生き物を、桔梗は救うという。
わだかまりはある。自分は影摘みであり、影神とは決して相容れない。正直に言えば、彼に彼女を救って欲しくなどないのだ。
けれど彼に取捨という選択肢があったなら、人ではなく、日常に踏み入り、騎士でありたいと我侭をぬかし、挙句消えぬ傷を負わした自分を、笑顔で許しはしないはずだと思う。
自分は救われなかっただろう、と。
失意を抱えて元の世界に戻り、癒えぬまま次の任地へ送り込まれたに違いない。四年前に遅れて戦場に辿り着いた時の悲鳴を思い出せば、容易に想像がつく。
ならば、越えるべき問題はただ一つ。
「で? 人を喰らう化け物を救ってみせて、けれどそれでも君は、自分が人類の味方だと胸を張れる自信はあるかい?」
呆れる三枝が問うように、彼が抱く覚悟の強度だけだ。
桔梗が進むことを躊躇わないであれば、自分は道を開き、手を引いてやろう。
「どうだろうね」
アニェスが言葉を待ち構えていることなど知る由もないだろうが、少年の声には言葉ほどの迷いはなく、
「けれど、これから先の全てを救えるというのなら、僕は何になっても構わないよ」
「……無茶だ」
そう、無茶だ。
けれど、彼が無茶だから自分は救われた。
彼が無茶だから、自分が守らなければならない。
無表情に唇を引き締めると、手の得物を握りなおす。
「相手は、人類のことなんかどうだっていい連中だ。どの事項を見たって、今回のようにはいかないよ?」
「わかってますよ。けれどそんなの、人が相手だって同じでしょ?」
「……見解の相違だね」
吐息すれば、
「君とは、きっと分かりあえないんだろうなあ」
「やだなあ」
応じる少年は、満面に笑顔。
「僕は「分かりあえない」なんて言葉を、認めてませんよ」
だから、青年は眉尻を落とすと、懐から得物である携帯型端末を引き抜き、
「なら実力で示してみせるんだ。口だけじゃ、俺は説得できないよ」
「それで分かりあえるというなら、やぶさかじゃありません」
影神の肩に回っていた腕を解いて自立すると、わずかに腰を落とした。
三枝も身構え、この場にいる誰も彼もが桔梗を注視する。
マーカラへ高効率の魔力供給を果たした彼は、間違いなく隷としての契約を果たしており、魔力体と生命を結合させたその身には、何らかの恩恵が施されているはずだから。
旭も。
颪も。
マーカラも。
自分だって。
期待の眼差しの中、
「これが!」
桔梗は叫び、
「これが僕の新しい力です!」
両手を勢いよく突きだした。
誰もが現象を確認できず、身動きできない。
溢れていた期待が、二秒を経て「おや?」という不審に変わり、
「……あれ?」
当人の疑問符によって、その場にいた全員が「何も起きていない」ことを察知、両手で顔を覆ってしまった。
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