9:そして彼と彼らが揃い踏む
「ああ、まったく。入学式で余ったやつじゃないか。誰が片付けるんだ」
高等部の昇降口まで駆けてきたシータは、下駄箱に寄りかかって腕を組む白ランの風紀委員のため息を耳にした。
ドア越しでは、生徒会メンバーのために喝采と紙吹雪が降り注ぎ、熱気が飛び交っている。
なぜだろう、と肩で息をする中等部の少年は思う。
自分は、桔梗による放送の内容が掴めなかった。
……大切な人を助けにいくというのはわかるけれど、誰なのか、どういう人物なのかはこれっぽっちもわかりはしないのに。
それなのに生徒たちは疑問も躊躇もない様子で、生徒会長の背を全力で押している。
その理由がわからない自分を不甲斐なく思っていると、
「何か言いたそうな顔をしているな」
腕組みをほどいた孫六・五十六が、しょうがないとでも言いたげなフラットな眉をシータへ向けてきた。
少年は、突然話しかけてきたあまり面識のない風紀委員への返答に困っていると、
「いいよ。だいたい分かってる。本当に、こんな光景はまともじゃないからな」
いや、あなたの左手に刀が握られているのも、十分まともじゃないと思いますけど。
だが、そんな細かいツッコミなんか放棄だ。知りたいことがあるから、黙って続きを待てば、
「楽しくないか? まだ、年度は始まったばかりだっていうのに、むやみやたらに」
「え? ええ、まあ……」
「汀・桔梗は、それを約束してくれるんだ。去年のマラソン大会を含むイベントも、昨日の持ち物検査みたいな暴動まがいの先導も」
そこまで言って嘆息をこぼす。
一応、この人はそんな生徒会長の被害者であることを思い出した。それでも楽しいかと訊ねるのだから、公私で抱える思いが違うのだろう。
だけどと、シータは首を傾げる。
それでは、ただの賑やかしを多くの人間が支持をしているということか、と。
瞳に疑問が浮いたのだろう。孫六は首を大きく振って、
「あの人は、どんな些細な出来事でも、全員を参加させてくれるんだ。
そして誰も彼もが、全力で参加したことを思い出にできる」
は、と少年は気がつく。
確かに、去年のマラソン大会の話を聞けば、運動が苦手な人間も歯を剥いて走っていたという。
「思い出ってのは、人が何かを決めるときに重要な意味を持つからね。
悪い思い出があれば進むことをためらうだろうし、いい思い出があれば強く踏み込める」
なれば、
「ここにいる人間の何人が、十年後に今日のことを思い出すだろうか。そのうちの何人が、それを糧に生きていくだろうか」
やはりフラットな瞳で外のお祭り騒ぎを見やるから、視線を追いかける。
開いたままのドアからは、好き勝手に声援を送るほぼ全校生徒の声がなだれこんでくる。
その奔流にまじまじと耳を傾ければ、あまりにも意外な事実に気がつかされた。
IH王者や校内アイドルらの中にいて、汀・桔梗の名を呼ぶ声が一番多いことに。
「会長、絶対に帰ってこいよ!」
「会長がいないと、学校にくる理由がなくなっちゃうんだから!」
「まだ、任期は丸々一年残ってるんだ!」
「俺らの一票を無駄にしたらただじゃおかねぇぞ!」
そして、桔梗は彼らにしっかりと答える。
「ああ、わかった! 皆、わかったよ!」
シータは、まだ混乱しながらも感銘を受ける。
気がつかなかった。いや、狙ってやっているわけではないのかもしれない。けれども、自分の洞察が至らない領域で、彼は人を救い続けていたのだ。
今なら、圧倒的支持で生徒会長に就任できたことを、素直に信じられる。
瞳に涙を薄く浮かべながら、拳を振りかざしている桔梗を見つめていると、
「約束するよ! 無事に帰ったら、マラソン大会にシータちゃんをブルマで参加させるって!」
本日最大級の怒号が、校舎中の窓ガラスを思うさま震わせた。
「本当だな⁉ 本当なんだな⁉」
「色は⁉」
「素材は⁉」
「メーカーは⁉」
……僕の感銘を返してください。
シータは、がっくりと崩れ落ちる。
そんなことを知らぬ男女七人は、ゆっくりと歩き出していた。
※
歓声に背を押されて、桔梗は進む。
後ろには、下世話な話を続ける者もいれば、段取りを打ち合わせる者、これからに備えて拳を握る者たちが続いている。
何もかもが誰も彼もが、なんの能もない自分の背中を押してくれるから、
……ありがたいことだよ。
感謝が止まらない。
汀・桔梗は、深く深く微笑んでは迷いなく先頭を。
少年たちは歩き出す。
その背に、燃えるような夕映えを集めながら。
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