12:本命同士の邂逅
銃声が響いた。
同時、雪の拳が振り抜かれる。
阿古屋には、何が起きたかわからない。
事実として残るのは、硝煙の臭いと、幼馴染が立っているということ。
……当たらなかった?
が、目を凝らせば、彼女の拳に血が滲んでいることに気が付く。
「殴り落としたのか⁉」
驚愕は、しかし弾を放った警察からだった。
人へ向けての発砲という、ストレスにさえ耐えれば結果が生まれるという状況が、ひっくり返されたのだから。
撃った方も、撃たせてしまった方も、全員が唖然と、少女を見守る。
雪は、視線に応じるでもなく、大きく空気を呑みこんでいた。
頬を汗で光らせながら、乱れる呼吸のまま、
「いけるか、アコ」
……そいつはこっちのセリフじゃないか?
けれど、彼女はそんな言葉を望んでいない。
だから、
「いけるぞ、ナナ。ん」
前に出る。
拳を固めて、覚悟を決めて。
銃弾を叩き落すことはできないが、幼馴染の少女の背中に隠れ続けていることのほうが無理な相談だ。
もう諦めてくれと、祈りながら、前へ。
警察たちはたじろぎ、銃を抜いたまま狼狽している青年を抑えつけて、じりと下がる。
二人が前に、七人が後ろへ。
四度ほど繰り返したところで、後方で動きが。
パトカーの一台が、そのドアを乱暴に蹴り開けられたのだ。
全員の視線を集めながら、のっそりと現れるのは、着崩したスーツにテンガロンを合わせる規格外の巨躯。
不敵な、銃口相手でも笑っていた雪が、重く息を呑む。
阿古屋も同様に、肺を落ち着かせようと、深く深くため息をつく。
二人は男を知っている。
規格外の集合である内閣特別調査室において『切り札』と目される存在。
四年前から、忘れたことはない。たった三週間ばかりの間に、二人合わせて三十回は叩きのめされた記憶は、今も鮮明だ。付け加えるなら、こちらからの打撃は一つも通っていない。
それが最強の人類。‘あの’木積・剛だ。
絶望に腹を煮ていると、雪が、震える声で訊ねてくる。
「……いけるか?」
……正気かよ。
だが、そう問われたなら、応えるしかない。
「いけるさ、ん?」
夕映えを集めながら、幼馴染二人は、冷汗に濡れる拳を固め直した。
※
「当時の内閣特別調査室は、それは酷い有り様さ」
煙草をくわえる三枝が、銃口とともに、微笑む桔梗を見下ろしている。
夕霞はその足元に狙いを定めているものの、青年は気にかける様子すらない。
「カゲツミに対する危険度の認識が、上層部では過大、現場では過少でね。警察庁は、権益ごと第三セクターに組み込もうという計画があって、こちらの失敗を待っている状況。現場にはそもそも情報が制限されていて、うちらへの協力優先度は非常に低かった」
積極的な敵はいないが、四面楚歌には違いない。
「あんたらの天下り先を用意するために、こっちは血を吐いてるわけじゃないっての」
ライターを取り出し、火をともす。
「だから俺には実績が必要だったのに、この梗さんが見事に邪魔をしてくれて。
あの影神と、取引をしたんだろ? こちらの動向を教えるから、この街から逃げろ、と」
ずばりだ。その取引は、当時から調査室に感づかれてはいたのだが、向こうがこちらを拘束する法的根拠を用意するのに、二日はかかると桔梗が判断した。
夕霞の視界の中で、旭とアニェスが身じろぎしている。
きっと、自分も。
「狡猾なのはここからだ。その取引の内容をこっちにリークした。対象が持つ、幾つかの隠れ家の情報と一緒に。
だからこっちは令状をとり、陸自に協力を要請して、逃走予定前夜に全てを攻撃。作戦は派手な方が、戦果を挙げた時に効果的だからね。
ところがどれも空っぽ。その影神、君との口約束を反故にして、街中に
影神の裏切りすら、桔梗の目算通り。だから、誰よりも先駆けることができたのだ。
「してやられたよ。現場に駆けつけたら、君が死にかけていて、影神はアニェスちゃんがやっつけていた。俺らが手に取る花は、一輪も残されちゃいなかった」
白い息が、まとわりつくように吐き出され、
「四年前は見事に出し抜かれたけどね。なら、今はどうかな?
警官隊は、学校に逃げ込んだ凶悪犯を追っていることになっているんだ」
は、と夕霞が息を呑む。
信じられない。が、三枝の意図は、明白だ。
射撃を合法の元とし、万が一の死傷者の責任を架空の凶悪犯に被せるつもりだ。
笑いもせず、三枝は問う。誰でもない、
「ここをどう切りぬける。無能となった君は」
傷を負ってなお微笑む、汀・桔梗へ。
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