11:少女は死を見つめ、明日に翼を広げる
凍沢葬儀店は、駅前商店街にその古い看板を掲げる老舗だ。
明治から続くと言われているが、現在の店舗は都市整備の折に移転してきたものであり、名残を残すのは巨大な木の看板だけである。
代々、長兄が継いできた由緒正しい家柄なのだが、現当主が得た子宝は一粒だけ。しかも女であった。
自然、価値観がずれ合う嫁と舅の折り合いが悪くなり、長兄家族は別居を選択。駅からほど遠くない、溝鞍ニュータウンに新居を構える。
凍沢・夕霞が物心ついた時には、旧家は「お爺さんの家」であった。
それでも、次期当主として、幼い頃から厳しい教育を受けてきた。厳しい祖母による躾が
主であったが、優しい祖父から仕事の心構えも教え込まれた。
「自分たちは人の死を預かるのだ。
最初は、誰もが大切な人の死を、受け入れられない。けれど、何年もかけてゆっくりと、自分の中に取り込んでいくのだ。
それまでの間、死を預かっておくのが、私たちの仕事なのだ」
幾つもの葬儀に同行し、幾つもの死を少女は預かった。
人が亡くなれば、涙が落ちる。その数だけ、夕霞の胸には死が預けられていった。
幼い彼女はそれが当然であり、こうして、自分は葬儀屋を継ぐのだと、誰に言われるでもなく、思うようになっていった。
転機は、中学三年の秋だった。
大切な幼馴染の、生死をさまよう大怪我だ。
二週間も目を覚まさず、延命すら絶望視されていた彼を見て、夕霞は思う。
「果たして、誰がこの死を預かってくれるのだろう」
他の友人たちの受け入れられない分は、自分が引き受けよう。それが役目だ。
……なら、私が受け入れられない、彼の死は一体誰が?
ちらつくのは、寒々しい孤独。
にわかに恐ろしくなって、彼の冷たい手を握って号泣した。
直後に彼が目覚めたのだが、涙をぬぐいながらナースコールを押そうとした夕霞の手を、掴んでは微笑み、ありがとう、と乾いた唇で声を作った。
「僕は幸せだ。もし死んでも、こんなにも真剣なユッカに骨を焼いて貰えるんだから」
すぐに、言葉の意味を知ることはできなかった。
けれども、
「だから大丈夫。辛くなったら、僕がこう言っていたことを思い出して」
重ねられた言葉に、涙腺の熱が吹き出した。恥ずかしい話だが、その日は永延と泣いていたような気がする。
この身が、死を抱えて生きていくためのものであることを、祖父から教わった。
自分が、大切な人を失っても孤独ではないことを、幼馴染の少年が教えてくれた。
※
そして今、数多の死を預かり観察を続けてきた彼女は、人の言葉の機微を悟るようになった。
彼に救われた彼女は、その死後を恐れなどしなくなった。
命を盾に取られたとしても、判断に曇りはない。
「下手なブラフです、中居さん」
澄んだ声で、大切な友人に銃口を突きつける、生真面目そうな女の真意を射抜く。
「ここで梗くんを殺したら、今度はあなたたちの身が危険になるんですから」
学生を、校内で射殺。
社会的には揉み消したとしても、組織の一端である内閣特別調査室は身内に巨大な借りを作ってしまうことになる。万が一解体となれば、カゲツミをはじめとする数々の機密事項の保守を名目に抹殺される可能性も出てくるし、そうでなくても、現状の自由な権限は失われることになるだろう。
それは、当事者がよく知っているはずだが、
「四年前と違って、うちも、少しばかりですが権限を増やしていますよ。その程度なら、事故で済ませられるほどには」
「そして汀・桔梗の名前が、ニュースになって? 関係者の間に、あなたたちがその時に学園敷地内にいたことが知れて?」
「問題ありません」
「嘘です」
強い否定を叩きつけると、引き絞る腕に力を込める。
「あなたたちの翼は自由に飛べるほど大きくはない、あなたたちが飛ぶ空は王者を許せるほど狭くはない、です」
実を言えばこの言葉、四年前に桔梗が言ったままだ。
ちら、と彼の眼差しを確かめれば満面の笑みで応えるから、盗作をしたという気恥かしさから頬が火照る。
大丈夫。気が付いているのは、彼と自分の二人だけだから、と言い聞かせて、平静を取り戻そうとするが、
「確かに、かつての汀・桔梗は正しいよ」
四年前の言葉を知る三人目が、虚空から滲み出るように、桔梗の前に立った。
黒スーツにサングラス。
風体はもちろん、常識外の登場は見間違えるはずもない。
内閣特別調査室室長、三枝・和也だ。
色めき立つのは二人のカゲツミだが、桔梗との間に立たれて動けない状況だ。
青年は、悠然と懐から拳銃を抜き出した。
ゆっくりと腕を下ろしながら、
「そうして、君には出し抜かれたんだから」
夕霞ではなく、危機の中であっても微笑む桔梗へ、二つ目の銃口が突きつけられた。
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