6:戦意と覚悟の次第
光と両手剣の斬撃に、黒猫は驚愕する。
それは我々を狩るに足る一撃。
我々――
だから、受けることは得策ではないと判じた。化身を解くと、その威力から逃れるために、華奢な体を照らす街灯の頭上まで、一気に飛びあがる。
それから、白銀の西洋甲冑に身を包んだ銀髪の少女をまじまじと見下ろし、
「
その名が意味することは、アニェス・マルグリートは人類ではないということ。
ここではない世界より訪れ、肉体すら魔力で構成している、我々を討つ者たちの呼称。
地球におけるその戦闘能力は完全に規格外であり、故に、我々に抗する存在だ。
単騎であれば、彼女にとっては恐れるに足らない相手だが、いかんせん今は消耗がひどい。なにしろ、一目見て、その正体を知ることができないほど。
だが、そんなことよりも驚愕すべき事実は、
「仲間を巻き込まなかった⁉」
少女に躊躇はなく、彼らに打ち合わせはなかった。
どう考えても反応し、対処できたのは自分だけであろう。
が、銀髪を揺らす影摘みは、ぶれることない青色の瞳を、こちらにぶつけてくるから、
……まさか、全員が予見していたとでも⁉
だとしたなら異常なほどの場慣れであり、疲弊している影摘みは、彼らを甘く見ていた後悔に背筋を震わせた。
応えるように、少年の一人が、光の中から鋭い声をあげ、
「な、何しやがんだ! 周り見てからやれ! ん⁉」
「……あら」
光が霧散し、惨状が露わになった。
誰も彼も衝撃波に吹っ飛ばされており、一番小柄な少女は桜の枝に引っかかる有り様。
だが、影摘みは戦闘態勢を崩さず、つまり、仲間への謝罪は断固拒否の姿勢だ。
……どんな関係なの?
呆れながら、影摘みが白銀の甲冑を夜闇にくすませるのを見る。
影神は高度を下げ、見せつけるように水銀灯の白に黒いドレスを豪奢に輝かせると、
「あなたがいるということは、彼ら、過去に影神との交戦経験があるのかしら?」
異界にいるべき影摘みが人の世界に降るのは、狩るべき相手を見つけた時だ。目的を果たせば『彼女たち』はあるべき世界に帰っていく。
カゲツミの不文律。
だから、女は疑問する。
「あなたはどうして、ここに留まっているの? それとも、私を討つために?」
「馬鹿にするな」
彼女の返答を、女は何も期待をしていなかった。
だから、怒気を含んだ言葉は完全に予想外。おかしくて、長目の犬歯を剥きだすと、薄く笑い、
「面白そうな話ね。だから、もう一度訊くわよ? どうして、あなたは、ここに留まっているの? 影摘みのアニェス・マルグリート」
躊躇うように、視線をさまよわせる少女に、なお笑みを濃く。
面白い、ということは重要なことだ。
影神のように、いくつの目覚めを迎えた時に己が失われるか、まるでわからない生き物にとっては特に。
もし、答えることなく攻勢に出たなら、失望を持って全力で叩きのめすだけ。
だから、彼女はアニェスの言葉を、好奇心で以て待つ。
やがて、鉄面皮は躊躇いを覆い隠して、形の良い薄い唇を開き、
「自分はかつて、ミギワ・キキョウに、騎士の矜持を守ってもらった。彼はその代償に、己の何もかもを失ってしまった」
言葉にすることで目的を再確認したのだろう、碧眼に力が宿る。
「だから今、自分はキキョウを守るためにここにいる」
簡潔で無駄のない言葉に、確かな熱と信念がある。
愉快でたまらない。
……こんな影摘みがいるだなんて!
地上で活動するうち人に情を移す者は多いと聞いているが、彼女はそのうちでもとびきりだ。まさか、守るために地上に残っているとは。
では元凶となった人物は、と笑み深く視線を巡らせると、アニェスの背後にあって、
「……ん?」
最初に見えたのは突き出した尻だった。
上半身へ目を向けていくと、いつの間にか半裸となっており、
「きききき梗くん! どうなってるんです、これ⁉」
正門の狭いひし形のスリットに腰まで突入していた。
ぐったりとした彼を、級友たちが取りかこみ、
「なんだこれ、なんだこれ! すげー絵面だな、ん⁉」
「タイトルは『校門破り』ね⁉ 少年の社会への不満が結実した、この尾崎的カタルシスは圧巻の一言だわ! くう、不覚ながらインスピレーションがダクダクよ! 略してインダ!」
悲鳴をあげた一名を除く他二名が、好き勝手喚きながら、携帯電話のシャッターを連打している。
さすがに唖然となって見つめていると、
「ひどい顔だ。どうかしたか?」
「……あなたが守る人、ああなってるけど?」
「うん?」
指を差すと素直に振り返り、
「くあー! やっぱ梗さんにはかなわねぇなぁ! あ、視線お願いしまーす!」
「細い体がキモね! これがユッカやアニだったら、確実つかえてるわ! 巨乳だけに!」
「何もウマいこと言ってないし、意味がわかりません! いいから、抜くの手伝ってください!」
「ふふ! まさに抜くのに使える……!」
「おお、なるほど! 旭、お前すげぇな! ん⁉」
「どこにもかかってませんよ⁉」
「かかる⁉ ん⁉」
「ヌクだけでなく⁉ さすがね、ユッカ! 女子最年長なだけあるわ!」
終わる気配のない螺旋式アッパー会話に二秒だけ耳を傾けたアニェスは、涼やかな様子でゆっくり向き直り姿勢をただすから、
「え、えっと?」
影神は、困り顔で言葉を探すはめに。
すると、彼女の敵は勢いよく顔をあげ、
「自分はキキョウを守るためにここにいる!!」
「えぇ……」
信念を、両手剣を構えて叫び直し、無理から捻じ込んできた。
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