5:会議は踊る、されど以下略

 時計が六時半を回り、綾峰学園高等部生徒会の臨時会議が開幕した。

 長机には面々が腰を下ろし、それぞれの役職と氏名が書かれた黒の立体プレートを置いてある。

 上座から、


『生徒会長 汀・桔梗みぎわ・ききょう(二年)』

『副会長  阿古屋・透あこや・とおる(三年)』

『副会長  アニェス・マルグリート(二年)』

『会計   八頭・旭やず・あさひ(二年)』

『会計補佐 戸次・シータとつぎ・しーた(中等部出向)』

『平    凍沢・夕霞しみさわ・ゆうか(三年)』


「いつも思うんですけど、この平って必要ですか……?」

「確かにね! そのエロい体で『平ら』はないわ! そうね、『おっぱい』でどう⁉」

「おお、八頭っちゃん、それ採用! ついでにアニさんも『おっぱい副会長』に!」

「平でいいです……」


 情けない顔で目の前のプレートをつつく夕霞と馬鹿二人を無視して、アニェスが進行する。


「書記と他数名が不在だが、臨時生徒会を開始する。ユウカ、書記代理を頼む。では会長」

「はい、今日の議題はこちら。

 一つ! この猫を拾いました!

 二つ! ついでに、マラソン大会どうする?」

「では、猫は後回しに」

「ええ?」


 全員がうんうんと頷くので、生徒会長は素直に引き下がる。


「じゃあ、マラソン大会か……シータ、意見あるか? ん?」

「え? 僕ですか? えーっと……じゃあ確認なんですけど、高等部の生徒全員を貝塚山まで拉致して、散歩道を含む所定コースを通過しながら、学校に戻ってくるというイベントですよね?

 去年は、すごく盛り上がったと聞いてますけど?」


 少年の真剣な問いに、ほぼ全員が沈痛な面持ちに。

 桔梗だけが例外で、


「はは、中等部でも噂になってたんだ。まあ、本当に盛り上がったからね」

「元凶が、朗らかに話すんじゃねぇ」


 全員を代表して、阿古屋が不機嫌な声を出した。

 戸惑うシータに、夕霞が苦笑で説明をする。


「私とアコとアニェスは去年も生徒会にいたんですけど、大会の一週間前から不審な噂が流れまして」

「あれよね! 『優勝商品は[なんでもお願い叶えてあげる券]だ』ってやつ!」

「生徒会はそんなの用意なんかしてなくて。まあ、ただの噂ということで無視したんです。でも、いざ当日になってみたら、噂を真に受けた方々が予想以上に多くて。

 その方たち、貝塚山で獣道をショートカットしようとしたらしいんですが……」

「そのまま遭難しちまってな、ん?」

「いや、ですけど、あの山ってそんなに大きくありませんよね? 大して歩かなくても道に出られるんじゃあ……?」

「その方たちだけなら確かに笑ってすまされるんですけど、その流れに後続が巻き込まれて百人以上が密林部に。また、彼らの必死さに感化された先頭集団がパニックなりまして」

「パニック、ですか?」

「正気度がゼロになったのよ!」

「一番多かった発言が『ユッカのオパイ!』で、次点が『アニ様の妹に!』……アニェス、去年は一年なのになあ。ん?」

「……恐ろしいほどのパニックですね」


 想像したのか、少年は表情を暗澹とし、


「今年なら、間違いなく貴様の名前がトップね!」

「ちょ、冗談でもやめてください!」


 旭の追い打ちに身震いしている。


「で、その元凶が……」

「キキョウ、どうして寝ている?」


 手の平で顔面を叩く音が響いて、


「まあ、彼なわけです」


      ※


 黒猫は、子供たちの他愛もない会話を聞きながら、


 ……普段なら、全員ぺろりと喰ってしまうんだけど。


 体調は良くないし、逃走の身であるから派手にも動けない。

 何より、


 ……この子が離してくれないからねぇ。


 自分を抱いているキキョウと呼ばれる少年を見上げると、やもすれば落ちるまぶたを堪えている。

 当然だ。命を維持するものの大部分を吸いとってあるのだから、意識は半ば朦朧としているはずだ。指に力はあるものの、それを支える腕や肩にはまるでない。

 わけがわからない、と黒猫は思う。

 命の危機を知りながら、残りわずかな力で離すまいとしている。

 何か意図があるのか、


 ……それとも、本当にただのバカなのか。


「噂を流したのも彼、最初に獣道に飛び込んだのも彼、最後に救出されたのも彼」


 ユッカと呼ばれる、ウエーブの強い少女のしみじみとした口振りから、もしかしたら後者かもという疑惑が。


「で、結局順位が着いたのは三十位までと最下位の梗くんだけ、という有り様で」

「すごかったぜ? 普段、運動なんかしねぇだろって連中まで、歯ぁ剥き出して走ってたからな、ん?」

「……盛り上がったには違いないけど、という有様ですね」


 ……やはりただのバカのようだ。


 なら如何様にもできる。傷と消耗で、力の大部分が自由にならないザマではあるが、ここでゆっくりと癒すのもいいだろう。

 定まった計画に満悦の喉を鳴らすと、不意に視線に気が付く。

 アニェスという名の、銀髪の少女の青い瞳が、こちらの金眼を貫いていた。

 何か? と首をかしげて見せるが、反応はなく、


 ……猫派なのかしら?


 とりとめのないことを思いながら、彼女は、空転を続ける会議を気だるげに見守っていた。


      ※


「んじゃ、帰っか。ん?」


 昇降口の外で、阿古屋が背を伸ばしている。


「ちょ、ちょっと待って……」


 上履きを靴棚に返すと、黒猫を抱いた帰京を中心に皆が歩き出しており、夕霞は慌てて飛び出した。唯一待っていてくれたシータと肩を並べて、正門までの並木通りを、先頭集団から遅れてついていく。


「八時半か……どうしよっか? キミドリ屋で何か食べてく?」

「自分は是だが……猫は大丈夫か?」

「くく、ただの器具だから大丈夫よ! 疑われたら、梗さんが実演しなさい!」

「なんの話か知らんが、それこそメシ屋で大丈夫なのか? ん?」


 この会食は生徒会の慣例だ。特に今年度は部活動との掛けもちが多く、定例会も終了が遅れるきらいがあるため、定例行事になりつつある。


「ユッカとシータちゃんはどうする?」

「構いませんよ」

「僕は、家の人に何も言っていないので、今日は帰らないと」

「ええ? 残念だなあ」

「なんだ、梗さん。悪巧みか? ん?」

「なんだいなんだい、人聞き悪いなあ。シータちゃんが一緒なら、他にオカズはいらないって話だよ」

「くうっ! 男の子がネタで猫が器具⁉ 汀・桔梗、恐ろしい子……!」

「なんですか! なんの話ですか! 僕の名前が辱められていませんか⁉ ねえ!」


 シータが吼えると、四人は「わー」と馬鹿にした悲鳴をあげながら、ダッシュ。

 そんな様子に、夕霞は柔らかく吐息する。

皆、相変わらずの大盛況だ。

古い付き合いだということもあるが、桔梗を中心に会話は進むし、言葉のキャッチボールが螺旋式にアッパーを決めていくので、着地点を見失ったままぐるぐる回り続けることも頻繁だ。

 夕霞は、自分の右手を歩く銀髪の後輩に笑みを見せて、


「だいぶ慣れてきましたよね」

「嫌でも、です。ほっとくとエスカレートして、強硬手段に出ますからね」

「……だいぶ慣れちゃいましたよね」

「その微妙な言い回しの変化は、なんです?」

「何でもありませんよ」

「本当ですか? ……じゃあ、ちょっと聞いてもいいですか?」


 なんです? と、髪を揺らして首を傾げると、


「今日の臨時生徒会なんですが」


 疑問を投げかけてきた。


「ちょっと、変じゃありませんか?」

「どこが、です?」

「あの猫を見てから、皆さんを集めるように言われたんです。だというのに、会議の大半は、明日の定例会でも構わないような内容で」


 腕を組んで眉をたてる。

 それを見て、夕霞は思う。

 なんて真面目でいい子なのだろう、と。


 彼の疑問は、職務への責任感と、年上の同僚への気遣いが出処だ。それは不可解な指示を出した桔梗への心配であり、その中で自分が何をどうこなすべきかを考えることを、当然のものとしている。

 もしかしたら、自分たちと同じような、誰かの力にならねばならない境遇にあったのかもしれない。

 だから微笑み。


「……どうかしましたか?」

「ううん、いいえ……梗くんは、思いたった時にやってしまわないと、気が済まないんですよ」

「……今回は、たまたま猫を見て?」

「ええ、きっと」


 納得いかない、という顔で腕を組んでいたが、半開きの正門まで至ってしまった。

 先に着いて待っている面々は、相変わらず品のよろしくない会話を続けており、


「じゃあ、すいません。お先に」

「おお、気をつけろよ、ん?」

「ほんと、夜道には気をつけてね? 何かあったら、ぼかぁ……ぼかぁ!」

「貴様! ちゃんと大きくしとくのよ⁉ 明日も揉むからね!」

「やめてください! 友達から、ほんとで気の毒な目で見られてるんですから!」


 全員が駆けていく年少を見送って、その背が見えなくなると、


「……さて、こっから本題だけど」


 阿古屋の吐息に、皆の視線が桔梗の腕の中へと注がれる。

 夕霞も見れば、細い首を持ち上げ目を大きく開き、警戒を露わにしていた。


 ……これが、私たちの境遇です。


 汀・桔梗を中心とし、彼を支えていくことが、だ。しかし、たかが高校生、限度はあるから自分にできることを成す程度。

 それでも、矜持はある。

 皆も、一緒だろう。

 その馴染みの中で、最初に動いたのは、アニェスだった。


「自分は、もう我慢できんぞ」


 無感動に感情の爆発を予告すると、黒猫へ向けて、


殺意装填ドレスアップ!」


 光の爆発とともに、鉄の塊を両手で振り切った。

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