第5話 閉ざされた希望 後編
現実での夢は破れたがネットの世界で夢を叶える事は出来たユズ。しかし、常に部屋に籠りっきりの生活は着実に精神を蝕んでいった。
画面の中でいくらキラキラしようと現実の自分は落ちぶれ、みずぼらしい姿のままだ。そういった現実とネットのギャップにいつの日か苦しむことが多くなった。行き場の無い憤りと閉塞感や不安感から荒れ、大好きなはずの兄にもきつく当たってしまう。
「お兄ちゃんには感謝してるけど・・・いつも酷い態度とっちゃうな・・・私が今の生活が出来るのはお兄ちゃんのお陰なのに・・・」
あの日以来ネガティブ思考に陥ってしまったユズは現実に戻るといつもこの調子で自分を追い詰めてしまっていた。かろうじて配信で違う自分を演じることでなんとか保ってる状態だった。
「今日も皆聴いてくれてありがとねー!それじゃあさよならー!」
いつものように長時間の配信を終わらせるユズ。
「はあ~疲れた・・・たまにはエゴサしようかな・・・って何?」
ユズは自身にダイレクトメールが届いた事に気付き、メールを開く。
すると、
『明星きらり・・・お前の配信は見てて不快だ。ゲームのスキルも下手だし歌も大して上手くない。それなのにチャンネル登録者数が伸びて気に入らない、お前みたいな勘違いした量産型VTuberの存在が業界の質を下げている。いずれその化けの皮を引き剥がし世間の目に晒し社会的に抹殺してやるから震えて待て。きらりアンチより』
脅迫ともとれる差出人不明のメールを目の当たりにし、血の気が一気に引いた。顔面蒼白になりながら苦しそうに胸を抑えその場にうずくまる。
「ヒッ・・・・・!?ハァッ・・・っ・・・ハァ・・ハァ・・・!」
メールの差出人が自分を殺しに自宅までやってくるかもしれない。恐れていた事態にパニックになり、恐怖で心臓の動悸が激しくなる。
「ユズー晩飯出来たけど食うかー?・・・返事がねえな・・・ユズ!悪い、入るぞ!」
たまたま扉の前にいたコータローは妹の異変に気付き、怒られることを承知で勢い良く扉を開けた。そして、目を見開く。
「ユズ!?何があった!!」
倒れながら過呼吸を起こしているユズを見つけるや否や、即座に抱き起こし深呼吸を促す。
「お・・・お兄ちゃん・・・助けて・・・殺される・・・」
目に涙を浮かべながら弱々しい声で助けを求めたユズの小さな体をコータローは優しく抱き締める。
「ユズ・・・大丈夫だ・・・俺がついてるからな」
しばらく経つとユズの容態もだいぶ落ち着いてきたが、顔色は悪いままだった。
震えた声で事情を話すユズの言葉にコータローは怒りで全身を震わせた。
「アンチの野郎・・・ユズのトラウマも知らずにふざけたメール送りやがって・・・!」
「良いよ・・・アイドル活動してた頃からこういう人達もいるって覚悟はしてたから・・・でも、私もあの娘と同じような目に遭うと思うと・・・っ」
今にも泣き出しそうに声を震わせるユズの背中をコータローは優しくさする。
「私、やっぱり怖い・・・配信も辞めた方がいいのかな・・・」
「馬鹿!そんな卑怯者に負けんじゃねえよ」
コータローは強い口調で弱気になってるユズを諫める。
「心配すんな、アンチは俺がなんとかする。俺は便利屋やってるからそんな奴すぐに見つけてやる」
コータローはユズに穏やかな笑みで励ました。
「正体も明かさずに人を傷つけてくるような屑野郎の為にお前が屈する必要はねえ、だから今まで通り活動を続けるんだ」
「お兄ちゃん・・・」
頼もしい兄の言葉を聞き、ユズの心に僅かに安堵の気持ちが戻りつつあった。
***
ユズの元に脅迫メールが届いてから二日後、コータローはKTUに連絡し、キョウと共に彼等の秘密基地に向かうことになった。
事前に受け取っていた地図を頼りに向かうと、人通りの少ない路地裏の端っこにある小さな建物に辿り着いた。
「ここがあいつらのアジトか」
「案外俺らと変わらないですねえ」
「こんな入り組んでいる所にあるとはな・・・」
「お邪魔しまーす」
中に入ると、そこは探偵事務所のようになっていた。ソファーの上はカツラが座り、その隣でトワが突っ立っている。
「おお、来てくれたか、まあまあ座ってくれ」
快く二人を歓迎したカツラは、ボーっと突っ立ったまま虚空を見つめていたトワに声を掛ける。
「トワ、客人にお茶を用意してくれ」
「あ、わかったよ」
トワはコクりと頷くと台所に向かっていった。
すると入れ替わるようにウツミが部屋に入ってきた。どうやら筋トレをしていたようで、タオルで汗を拭いている。
「コータローじゃねぇか!どうしたんだよ」
「よ、ウツミ。筋トレでもやってたのか?」
「まあな、次はお前に勝つからな、待ってろよ」
ウツミは驚いた様子でこちらへと駆け寄ってくる。
二人で軽く談笑していると、背後からぬっとトワが現れた。
「はい、お茶。どーぞ」
「うひゃあ!?」
あまりにも驚きすぎて腰を抜かすキョウ。
「・・・お前気配なさ過ぎだろ・・・」
「?」
「うぅ・・・やっぱり俺この人苦手だなあ・・・」
きょとんとした表情を浮かべるトワに益々違和感を覚え、益々苦手意識が強く警戒するキョウだった。
「それで便利屋である君達が私達の元に来た訳は?」
「ああ、俺の妹の元にアンチから脅迫メールが届いてな」
そう言うとコータローはカツラ達に事情を説明する。コータローの怒りが伝わり、その場の空気が張り詰める。
「・・・・というわけだ。俺はそのアンチを探し出し、懲らしめてやりたい」
「匿名でメール送った奴の特定・・・か」
「そんなことできるんですか・・・?」
腕を組みながら悩ましく考えるキョウ達。
僅かな沈黙が流れる。
「てかよ、警察にでも頼めば良いんじゃ無いか?」
「いや駄目だ、あいつらは無能な給料泥棒共だ、ちっとも当てにならん」
ウツミの提案を聞くや否や、コータローは不愉快そうに吐き捨てる。
「・・・こうなったら、私の出番かな」
すると、カツラが突然力強く立ち上がった。
「!何か策があるのか?」
「ふっふっふ、私達はそれぞれ与えられた特技がある・・・特に私はネットに詳しくてね、ハッキングや個人情報の特定は朝飯前だよ」
「うわぁ・・・敵に回したくないですね・・・」
思わず青ざめるキョウとは反対に、エレンは興味津々でカツラの言葉を聞いている。
「すごいね~カツラちゃん」
「だが届いたのは一通のメールだけ・・・私一人で特定するのは限界がある。そこでエレン君、君の力を借りたいのだ」
「へ、私~?」
そんなのんきなエレンの声が部屋中に響き渡った。
***
あの作戦会議から三日後。早速、ユズのアンチ特定作戦が実行された。
部屋に籠ったカツラはパソコンを操作してユズ宛てのメールを解析を開始した。アドレスだけでなく、SNSで明星きらりに否定的なコメントを残したユーザーを虱潰しに探したりアンチスレも隈無く覗いた。砂浜の中から砂粒を探すレベルの苦行に違いなかったが、その涙ぐましい努力と執念の甲斐あって、数時間のうちに差出人の個人情報を特定した。
「皆集まってくれ、犯人の個人情報が手に入ったぞ」
「「「おおー」」」
カツラの声掛けに、全員が一斉にパソコンの前に群がった。
どうやら相手は30代で飲食店の従業員の男性で、名前はヤスダ・チカオというらしい。
「・・・なんか思ったり普通っぽいですね、もっとニートとか引きこもりとか社会不適合者が犯人かと思ってました」
「ま、案外こういう事する奴は表では真面目に働いてるのが多いもんだ。その分ストレスを溜めやすいのは解るが、匿名を利用して赤の他人にぶつける根性が気に食わない」
そう言うとコータローは歯軋りしながら怒りを露わにした。
「そうだな。関係の無い人を巻き込む奴は許せないな」
トワに支えられながら立ち上がったカツラは、何時間も集中して画面を見続けたことで疲れた体を引きずりながらソファーの上に寝転ぶ。
本来は顔写真も無い中でメールアドレスのみで個人を特定するのは困難なことだ。しかし、彼女の並々ならぬ頭脳が不可能を可能にした。
「・・・とはいえ、私はここまでが限界だ。後は任せるよ」
目を閉じ熟睡し始めたカツラに、コータローは感謝の言葉を呟いた。妹のために心配と苦労を掛けてしまった。
「カツラ、色々とありがとな、おやすみ」
「よーし!次は私の番だね~」
次にエレンは彼の身元を特定する為、カツラのパソコンにその身を移すと、カツラが手に入れた個人情報を頼りに電脳空間を泳ぎ回る。
「! 見つけた~!」
そして、遂に男の身元を特定し、再びコータローのスマホへ帰還した。
「相棒~!場所特定したよ~」
「おぉ!エレン流石だよ!」
「よくやったぜ」
「えへへ~そんなに褒めても何も出ないよう~」
溶けかけたマシュマロのようにエレンはデレデレな笑みを浮かべた。
「で・・・場所は・・・俺達の住む町の隣か・・・バスで行ける距離だな」
「お、いつでも殴り込みにいけるな!」
「相変わらず過激だねえウツミは」
「うっせ。俺はなあ、弱いものいじめが嫌いな性分なんだよ。今もアンチを殴りたくてしょうがないんだ」
「う~ん、気持ちは分かるけど落ち着きなよ~」
指をコキコキ鳴らし今にも飛び出しそうなウツミをやんわりとトワが止めている。そこでコータローが口を開く。
「待て、ユズを悲しませた奴だ。どうせなら完全に弱味を握って社会的に自由に生きていられないようにする」
「わ~お。まぁそうだね、妹ちゃんを安心させたいもんね」
「あはは・・・」
「コータローさん・・・怖い・・・」
コータローは悪魔も裸足で逃げ出す程の邪悪な笑みを浮かべ、その普段見ない姿を目の当たりにしたトワとキョウは密かに背筋を凍らせた。
***
「くそっ!クソ客が時間取らせやがって・・・お陰で今日も残業だぜ!」
洞窟のようにヌメヌメとした雰囲気の薄暗く狭い部屋。あちこちにゴミやら衣服やらが散乱し、異臭が漂う豚小屋のような有様である。
そんな部屋に住む一人の男性が、いらつきながらパソコンを開きオンラインゲームを始める。銃でどれだけ他プレイヤーをキル出来るかを競うタイプのようだ。
「あのクソVTuber今日もいねえな、ざまあ見ろ!大して上手くも無いくせにチヤホヤされてむかついてたんだよ」
ケタケタと笑いながらゲーム内でプレイヤー達をキルし続ける。
そんな時、一通のダイレクトメールが彼の元に届いた。
「なんだよ調子が良いって時に・・・」
ゲームのプレイに水を差されたことで不機嫌そうに舌打ちしながらメールを開くと、そこにはメッセージは無く、数枚の写真が添付されてるだけだった。
「なんだよ気味悪いな」
男は溜息をつきながら写真の添付されたファイルを開き、絶句した。そこには飲食店で働いている自分の姿や卒業アルバムの顔写真、近所の景色、自宅などが写っていたからだ。
「なんで俺が写ってるんだよ・・・住所も割られてるしよぉ・・・いつ撮りやがった・・・」
背筋が凍りながら後退りする男。しかし、見計らったかのように突然電話が鳴り響く。
「ひぃっ!」
男は悲鳴と共に思わず飛び上がる。
「こんな時間になんなんだよ・・・」
恐る恐る受話器を取ってみたが無音のまま数秒が経過。
「くそっ!イタ電かよ!・・・待てよ・・・まさか電話番号も知られてんじゃ・・・」
男は疑心暗鬼に陥り、精神的に追い詰められていく。
そしてとどめと言わんばかりに連続でチャイムがしつこく鳴り始めた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男は遂に限界を迎え発狂した。
「すいませーん!ピザ10枚の注文のお届けに来ましたけどー!」
玄関先の向こうから配達員らしき男の声が聞こえる。男は恐怖から布団にうずくまり、必死に耳を塞いだ。
「頼んでねえよ!頼んでねえから帰れよ!お願いだから!」
ガタガタと震えながら声が張り裂ける程に叫び、無様に命乞いをした。
「あれ~?出ねぇなぁ」
「しゃあねえ、力尽くで開けるか」
そう呟くと同時に、凄まじい轟音と共に扉を蹴り飛ばすのが聞こえた。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
男性二人が靴を履いたままズカズカと居間へ入ってくる。真ん中に敷かれた布団が盛り上がってるのを確認すると、勢い良く引き剥がした。
「こんにちは~!お邪魔しま~す」
露わになった男は配達員の格好をしたコータローとウツミに取り囲まれ、思考停止したまま固まった。
「な、なんなんだよ・・・メールやイタ電はお前らの仕業か・・・俺になんの恨みがあんだよ・・・!」
顔を見上げながら絞り出すように声をあげた男が、目の前でビクビク震えるのを見下ろすと、コータローはにっこりと顔を近づけた。
「ヤスダチカオ君だね?」
「えっと・・・その・・・」
「チカオ君だね!!」
「は、はい!!」
かと思えば、突然ドスの利いた声で威圧し、無理矢理肯定させていく。
「何の恨みがあって・・・て言ったよな」
その隣で、ウツミがバール(的な長棒)を肩に担ぎながら前に出る。
「お前、こいつの妹に脅迫メール送っただろ。」
「は、はぁ・・・妹・・・?ってことは、アンタ明星きらりのお兄さんか!?」
ヤスダはあんぐりと大きく口を開けて驚いた。
「っておいおい待てよ・・・まさかその為だけにここにカチ込みに来たのか・・・?たかが脅迫メールの為に・・・?」
「゛あ゛あ゛ん!!?」
その言葉を聞き、豹変したコータローはヤスダの耳元で濁りきった怒鳴り声を浴びせる。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
鼓膜に轟音が響き、目には涙を浮かべ鼻水垂れ流しながら無様に怯えるヤスダ。傍観していたウツミですら若干引いていた。
「だっ・・・だって、明星きらりのアンチなんて、お、俺以外にもいるじゃないか!なんで俺だけなんだよ!一人一人そうやって襲ってたらキリがないだろ!?」
「そういう問題じゃねえんだよゴラァ!」
ヤスダの胸ぐらを感情任せに掴むと、思い切り高く持ち上げる。
「お前みてえなアンチにとって悪口書いたり傷つけたりすんのは些細なことかもしれないだろうが・・・あいつはなあ、辛い思いをして夢も諦めて、それでも勇気出して前向こうって、VTuberになったんだよ・・・それを脅迫メールでトラウマ思い出させるような事しやがって」
コータローは眉間に皺が寄るくらいの目力でヤスダを強く睨み付ける。
「書いた方は大したことなくてもな、書かれた方は心に一生消えない傷を負うんだ・・・簡単に人生台無しになるんだよ、てめえ責任とれんのかよ!」
力一杯怒号を浴びせるとそのままヤスダを壁に叩き付けた。
「・・・今後一切ユズには二度と関わるな。もし少しでも関わったらてめえの個人情報を世間にばらしてやる」
ゴミを見るような心底軽蔑した目で見つめ吐き捨てると、その場から立ち去っていった。
「あ、不法侵入した事と扉破壊した件も黙っててくれるよな?」
去り際、ウツミは懐から写真をちらつかせて釘を刺すとコータローの後を追った。
ヤスダは雪像のように固まったまま呆然と座り込み二人を見送ったのだった。
***
「いい気味だったなコータロー。でももっとボコボコにしても良かったんじゃ無いか?」
バスに乗りながら自分達の町へ戻る二人は、人が少ない車内で雑談を交わしていた。
「いや、あんなゴミは殴る価値もない。それに写真をちらつかせりゃ何も出来ねえさ」
コータローはニヤリと不敵な笑みを浮かべながらポケットからスマホを取り出した。電源をつけるより早く画面が光り、エレンが映り込む。
「エレン、ユズにLINEを送ってくれ。『脅迫メールを送った奴は俺がぶちのめした』って」
「りょ~か~い」
エレンはニコッと返事をするとスマホを操作してユズにメッセージを送る。
「これでユズちゃんも安心して活動続けられるね~」
「ああ・・・」
しばらく画面を見つめていると、ポン、と既読のマークが付きコータローは顔を綻ばせた。
「・・・でもお前って本当に妹想いなんだな」
「そうでもねえよ、あいつが辛かった時期に何も力になれなかった・・・当時の俺もいっぱいいっぱいだったし。・・・でもこれからは誰かの力になろうと思う。その為に便利屋始めたんだからな」
「そうか・・・」
ウツミは話を聞きながら己の手のひらを見つめる。
「俺もお前みたいになれてたらな・・・」
「なんか言ったか?」
「なんでもねえよ」
夕焼けが赤く輝く中、二人の楽しげな声がバス内に響いた。
サイバーマリン ドSフライドポテト @k8ikuchi521
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