第3話 交錯する運命 後編


コータローに復讐を依頼したはずの男・ソネザキアキオが何故か目の前に現れ、ウツミを殴り倒していた。

その手にはスタンガンが握られている。基地で会った時の子鹿のようにおどおどした雰囲気は消え失せ、底意地の悪い顔つきが暗闇の中で際立っていた。

「ソネザキさん!?」

「君達のような素人の集まりに頼んだ僕が間違いでした」

アキオは溜息をつきながら地面に転がったUSBを拾い上げる。

「ソネザキさん・・・会社に復讐がしたいってのは・・・・・・・」

「ああ、そこで寝転んでるお嬢さんの言う通り、僕はゲイムブリッジに何の恨みもない、ただのライバル社の社員の一人です」

アキオは眼鏡をくいっと直しながら不適な笑みを浮かべる。

「ゲイムブリッジに隠された裏情報を暴露して目障りな会社を潰す・・・・・・それが僕の目的。・・・・色々予定は狂ったが、なんとか目的は果たせそうですね」

「態々自分が出向くとはよっぽど人を信頼出来ねえらしいな」

ウツミはカツラを抱き抱えたままアキオに悪態を突く。

「まあね、スパイをやる以上簡単に人を信じないのが信条ですから・・・・・・便利屋の皆様も、よく頑張りましたね。お礼は後で支払います」

アキオはほくそ笑むとその場から立ち去ろうとした。

「トワ・・・・・・そいつを取り押さえろ・・・・・・!」

「了解」

満身創痍のカツラの命令を受け、トワはアキオ目がけて一直線に走り出す。その際拘束から解放されたキョウはコータローの元に駆け寄った。

「キョウ、怪我はないか?」

「大丈夫です、それよりソネザキを追わなくていいんですか?」

「そ、それは・・・・・・」

コータローはアキオが走り去っていった方向を見ながら少し悩んだ。元々依頼を受けたのはお金の為で正義の為ではない。会社の復讐だろうがライバル社の潰し合いだろうが関係ない。むしろこのままアキオを放置した方が報酬が手に入る。

「どうするの相棒~?」

端末からエレンの呼ぶ声が聞こえる。

「くそ・・・・・・どうしても必要なんだ・・・・・・少しでも手掛かりが・・・・・・」

頭を抑えながらカツラは苦しそうに立ち上がろうとしていた。慌ててウツミがその体を支える。

「!おい、まだ痺れてるんだろ?無理すんなって」

「そうはいかない・・・・・・私達にはやらなきゃいけない事があるんだ・・・・・・」

単なるイタい中二病かやばい思想のテロリストかと思っていたが、彼等には彼等なりの事情があるようだ。

「なあ、どうしてそんなにデータが必要なんだ?犯罪を犯してまで、お前らに何の得がある?」

真剣な目で問うコータローに、カツラは傷みに耐えながらふらふらとコータローの方に向き合った。

「探したい人がいる・・・・・・その為に情報がいるんだ」

それだけ言い残してカツラとウツミ達はトワが走った方へ向かう。


「探したい人・・・・か」

彼女の言葉を聞き、コータローは少し思案した後勢い良く顔を上げた。

「・・・待てよ!」

その声に二人の足が止まる。エレンやキョウも驚いた様子でコータローを見つめている。

カツラの話に何か共感を覚えたのか、コータローは困惑する二人に向かって微かに笑みを浮かべた。

「・・・何だ」

「気が変わった。俺達、お前らの方につくよ」


***


アキオは手のひらにUSBを握り締めたまま、薄暗い社内の廊下を縦横無尽に逃げ回る。

「っ、止まってよ!それは僕らのデータだよ!」

「待てと言われて本当に待つ人が存在しますか?」

トワは常人の三倍のスピードを出せるが狭い社内ではあまり発揮されず、どうしても距離を引き離される。

更にこれでも社員として働いてた時期がある為、社内の構造は把握している。地の利を活かし、無数の部屋に突入しては隠れて追っ手の目を掻い潜りつつ一階フロアを目指す。

「あの男は化け物ですか・・・!流石に疲れてきましたねえ」

体力の限界を感じつつ、それでもなおアキオは地の利を活かして逃げ回るためトワは追いつけず攪乱される。

「このままじゃ逃げられちゃうな・・・。どこかで挟み撃ちに出来れば・・・・!」

いよいよ一階にさしかかり、もうすぐ出口へと逃げられると思ったその瞬間


「君達、そんな所で何をしている。」

アキオの目の前に警備服を着た男が立っており、懐中電灯を照らしてきた。

「!?えっと・・・これは」

「他の社員達は皆留守にしていて誰もいないはずだが・・・・・・怪しいな」

警備員はギラッと睨みを利かせる。気迫に気圧され、後退りするアキオは、思わず手に握ってたUSBを背に隠す。

「くそっ、私としたことが・・・・・・」

じりじりと次第に距離を詰める警備委員。追い詰められながらも隙を見てフェイントを仕掛けようと身構えるアキオだったが、突然死角から二人の影が襲いかかった。

「うわぁっ!」

情けない声を上げながらアキオは二人に取り押さえられる。何が起こったか理解が追いつかず気が動転している様子だ。

「へへっ!かかったね」

「USBは返してもらうぞ」

アキオを捕らえた二人組の正体はキョウとコータローだった。

「なっ・・・・・・どういうことだ」

「バーカ、俺だよ」

アキオの動揺にニヤリと笑った警備員は、勢い良く帽子を外し床に叩きつける。

「お前は・・・さっきの・・・!?」

「ウツミだ~!その格好どうしたの?」

 目をキラキラさせるトワの問いかけにカツラがドヤ顔で話し始めた。

「フフッ、実はエレベーターで先回りさせてもらってなあ。この服もここの警備員からお借りしたんだ」

「・・・借りた、ねえ」

そう勝ち誇るカツラをドン引きした眼で見つめるコータローとキョウ。実際は近くにいた警備員をウツミが強襲して剥ぎ取ったものである。

「そんな・・・・・・非常識な・・・・・・!」

「スパイの癖に常識を語るんじゃねえよ」

コータローは溜息をつきながらアキオを拘束し、USBを奪い取った。


「まさか、ウツミが警備員の格好をして待ち伏せしてたなんてね~」

「カツラの考えた作戦だ。急に思いつくんだもんなあ」

「いや、私の力だけじゃ実行出来ない作戦だった。彼等のおかげだよ」

「そういやお前ら・・・・・・なんで助けてくれたんだ?」

ウツミは不思議そうな様子で尋ねる。

「別に、コイツが嘘ついたから、ムカついただけだよ」

コータローは少し照れながらそっぽを向いた。


こうして、会社を欺こうとしたスパイ・ソネザキアキオの逃走劇は本当に呆気なく幕を下ろした。


***


ゲイムブリッジの裏データはカツラ達の手に渡った。

調べた所、ゲームで使われる事のなかったキャラクターのデータがいくつも保存してあった。単なる没案とも思われるが、それにしては細部まで作り込まれている。

それだけではない。その全てのアバターの顔が、実際に存在する人に酷似していたのだ。それも有名人だけでは無く、一般人も含まれるようだ。律儀にあらゆる角度から撮られた写真や個人情報が一緒に保存されていた。一体どこから盗んできたのだろうか。

得られた情報はそれくらいだったがゲイムブリッジがただのゲーム開発会社ではなく、闇がある可能性が高まった。もしソネザキの手に渡ったなら会社は潰れていただろう。

当のソネザキアキオは会社に不法侵入した罪で逮捕された。無論コータロー達も本来なら同罪なのだが、エレンやカツラがなんとか証拠を隠滅し、罪を全てアキオに被せる事に成功したのだった。


後日、コータロー達はカツラ達を秘密基地に招き入れた。あの一件以来、両陣営は『情報収集』という利害の一致から、今後も親睦を深める方針となったからである。

「俺達は便利屋サイバーマリンだ。猫探しから会社の裏データ入手までどんな依頼でもこなすのがモットーだ」

「何か困ったことがあったら言ってね~」

コータローはカツラ達に自分達の仕事について軽く説明した。

カツラは腕を組みながらウンウンと頷いている。

「では我々も改めて自己紹介しよう、私の名はカツラシズク。秘密組織KTUのリーダーだ」

カツラは快活にコータロー達の前で名を名乗った。薄々気付いていたが、この女こそが三人のうちの指令塔のようだ。

「俺はウツミタクヤ・・・宜しく」

次に名乗ったウツミはどこか気恥ずかしいのか、そっぽを向きながら手短に済ませた。初めて会った時こそ血の気が多く口より先に手が出るタイプと思えたが、普段は大人しい大型犬のようだった。

「ウツミさんって喧嘩強かったよね~相棒と互角だったし~」

端末からエレンがにっこり微笑みながら顔を覗かせる

「ま、まあな・・・普段から鍛えてるし」

褒められる機会が少ないのか、満更でもない様子で頬をかいた。

「さ、次はトワの番だぞ」

「え・・・?何が?」

「だから自己紹介、私もウツミも済ませたから後はお前だけだ」

カツラに話しかけられるまでボーっと突っ立っていたトワは慌てて自己紹介を始めた。

「あ、はーい。僕はサクマトワ。ウツミ程じゃないけど運動は得意なんだ。これからも宜しくね」

トワは口角をつりあげ、にっこりと笑みを浮かべながら挨拶した。そのどこか作ってるような不自然な笑顔に何処か違和感を覚えつつ、

「ああ、宜しく」

「よ、よろしくお願いします・・・」

コータローが快く握手を交わす一方で、キョウは前に羽交い締めにされた事もあり、トワに対して少し苦手意識を抱いているようだった。


「もう一人仲間がいるんだが彼女は情報集めに別の任務に当たってる、近いうちに紹介しよう」

「おう、所でKTU・・・だっけ?お前らは一体何者なんだ?何が目的なんだ?」

「そうですね・・・俺も気になります」

ゴホンと咳払いをしカツラは口を開いた。

「我々は孤児院育ちでな・・・・・・そこで知り合って意気投合し、チームを組むことにしたのだ。謂わば血の繋がらない家族のようなものだ」

カツラは切ない笑みを浮かべながらも、大きく両腕を広げると、両脇にいた二人の肩を思い切り抱き寄せた。

「!びっくりした~」

「急に何すんだよ」

「ハハッ、別にいいだろ!」

「・・・仲が良いんだな」

「あぁ。私達は仲間であり、家族だからな!」


くすぐったさからカツラの腕を下ろすと、ウツミは大きく溜息をついた。

「・・・・・一人足りねぇけどな」

 その言葉を聞き、トワとカツラの表情が曇る。

「一人足りない・・・って、任務でいない人のこと~?」

「・・・いや、違う。孤児院にいた頃に一緒に住んでいた、お姉ちゃんだ」

 エレンの言葉を否定したカツラの声はどこか沈んでいるように感じた。

「そういえば、人を探しているって言ってたよな」

「行方不明なんですか?」 

ビルでの会話を思い出し、疑問をぶつける。答えたのは背を丸くし床を見つめるウツミだった。

「・・・まあな、俺達にとっての恩人だ。だがある日姿を消しちまった」

それに続き、トワも苦笑しながら答える。

「この町は治安が悪いから失踪なんて珍しいことでもないけど、僕達はあの人を探す為にありとあらゆる情報を集めてたんだよ。危険を冒してまでもね」

そんな二人を一瞥しながら、コータローは口を開く。

「俺達も出来る限りの協力をする。大切な人を失うことの辛さは俺も知ってるからな」

「コータロー・・・・・・」

「相棒はこう見えて優しいからね~」

エレンは誇らしげに胸を張りながら言った。

「こう見えてって・・・まあいい、これから宜しくな、KTU」

「ああ、お互い、情報を交換し合おう」

コータローとカツラは固く握手を交わした。

便利屋サイバーマリンと秘密結社KTU。二つの組織の間に奇妙な友情が生まれたのであった。

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