第2話 交錯する運命 中編
「貴方が依頼主のソネザキ・アキオさん・・・ですね?」
コータロー達の元に訪れたのは、グレーの背広を着た冴えないサラリーマンの男だった。アキオは常にソワソワしていて、目が泳ぎ自信が無さそうに俯いている。
「どうぞ」
キョウが気を利かせてコーヒーを運んでアキオに渡す。
「あ、ありがとう、ございます・・・・・・」
相手は小学生だというのに、アキオは低姿勢を崩さず、幾分と弱々しいお礼を呟く。
「それで、依頼というのは・・・・・・」
「は、はい・・・・・・実は・・・・・・」
アキオはボソボソと拙く説明を続ける。どうやら彼は、とあるゲーム会社に勤めていた元会社員だ。しかし、上司からのパワハラが酷く、散々こき使われた上であっさりリストラされたことを根に持ち、復讐の為にコータロー達に会社の裏情を暴いて欲しいとのことだった。
「・・・コータローさん、今まで受けた依頼の中で一番ハードっぽいですね」
「ま、まあな・・・・・・浮気調査とどっちが上か・・・・・・」
「潜入か~面白そ~」
思ったよりも難易度の高そうな依頼内容で思わずどんよりと考え込むキョウとコータローを余所に、エレンは心を躍らせていた。彼女は前回の浮気調査の時も、わざわざ探偵衣装をダウンロードしてノリノリだったのをコータローは思い出した。
「あの・・・・・・五日後に社員達のパーティがあるので、全員がいないその間に会社に潜入して欲しいんです」
一見弱々しく見えるその瞳には、確かな怒りが込められていたのに気付いたコータローは、少し男を見直した。
「なるほど・・・それなら俺達でも出来そうだ」
「!・・・と言うことは・・・」
「分かりました・・・・・・引き受けましょう」
「あ、ありがとうございます・・・・!」
アキオは余程会社への恨みが大きいのか、嬉しさのあまり感激して目に涙を滲ませながら何度もコータローの手を強く握った。
かくして便利屋サイバーマリンは正式にアキオの依頼を引き受け、ゲーム会社の裏情報を暴くべく行動を開始した。
***
「便利屋か・・・・・・」
イヤホンを外しながら、アキオが隠れ家を出て行く様子をじっと見つめる少女と、彼女を囲む二人の少年。
「・・・どうするの?」
「情報取られる前に潰しておくか?」
「いや、一先ず泳がせよう、隙を見て我らが出し抜けば良い」
謎の三人組はヒソヒソと会話しながらも、その場を去って行った。
***
五日後。コータロー達は早速アキオが勤めていたゲーム会社・ゲイムブリッジに潜入していた。
元々コータローは依頼の中で尾行や潜入調査に慣れていたため、会社には容易に侵入することが出来た。さらに、時々エレンが監視カメラをハッキングして誤作動を起こさせていたお陰で、キョウも動きやすかった。
薄暗い社内を警備員に見つからないよう慎重に動き回る。目指すは、裏情報とやらが隠されているであろう社長室だ。
「それにしてもゲイムブリッジか・・・・・・」
「相棒~、知ってるの~?」
「ああ、妹がよくゲーム実況の配信をしているんだが、この会社が制作したのをよくプレイしているんだ」
そう語るコータローの声のトーンがどこか暗い気がして、キョウは思わずコータローを見つめる。
「え、コータローさん、妹いたんですね?」
「あ、ああ・・・・・・今は主に配信とかやってるけどな」
「すげえ!YouTuberとかですか!?」
「ま、そんな感じかな。さ、無駄話してないで急ぐぞ!周囲を警戒しろよ」
そう少しだけ不自然に話を切り上げたコータローの様子を、エレンは画面越しからマジマジと見つめていた。
「よし、着いたぞ」
事前にアキオから受け取っていたパスワードを入れ、三人が辿り着いた先は社長室。
しかし彼等は思わぬ光景を目にする。
「どういうことだよ・・・・・・」
まるで空き巣にでも入られたかのように荒らされた部屋。パソコンの電源は付けっぱなしで、部屋中資料が散乱していた。
「どうなってんだよ・・・・・・誰かが先に漁ってたのか?」
「・・・相棒~大変だよ~情報が抜き取られてる~」
エレンは電子生命体故にスマホからパソコンへ端末ごとに移動することが出来る。彼女が社長室のパソコンを調べた結果、何者かに一部のデータが抜き取られた形跡があるのを確認した。
「そんな・・・・・・依頼失敗じゃん・・・・・・」
落胆しがっくり肩を落とすキョウ。
「まあ待て。恐らく、まだこの近くにいる」
「えっ?」
「荒らされた形跡はごく最近のものだ。まぁこの会社の社長が単にだらしないだけの可能性もあるが・・・」
「いや、多分合ってるよ~。ハッキングされたのも最近みたいだしね」
「そんな・・・俺たち以外に、誰が・・・・・」
「ったく、余計なことしやがって・・。見つけてしばき倒すぞ!」
コータロー達は急いで社長室を後にし、廊下を駆け回った。走ってる途中で、エレンが何かに気付く。
「相棒~人影がそっちに見えたよ~」
「何!?」
コータローが目を向けると、今にも窓から飛び降りようとしている女性の姿が見えた。薄暗くてはっきりとは見えないが、明らかに社員でも警備員でも清掃員でもない、部外者だというのは分かった。
「ッお前か、データ横取りしやがったのは!」
コータローは勢い良く飛び出し、女性の腕を掴んだ。
次の瞬間、コータローの手を別の何者かが蹴り上げ、そのまま強烈なパンチを喰らわせようとした。
「相棒右だよ!」
「あぶねっ」
寸での所で体をひねり、直撃を避ける。エレンの咄嗟の忠告が無ければ危なかっただろう。
月明かりが人影を照らす。蹴りを喰らわせたのは、パーカーを身に纏った若い男だった。その長身は威圧感を与え、鍛え上げられたであろうごつい体つきは服の上からでも分かった。窓から飛び降りようとした女の仲間に違いない。
男は蛇のように鋭い目つきで睨み付け、臨戦態勢に入っている。
「ナイスタイミングだな!ウツミ!」
女は安堵した様子で男の名を叫ぶ。
「ったく、手間取らせんじゃねえよカツラ・・・・・・」
ウツミと呼ばれたその男はコータローの方を見るや否や突如として殴りかかってきた。まだ態勢が整っていなかったコータローは、避けるので手一杯だ。
「っ、上等だ」
絶え間なく繰り出されるパンチの中を掻い潜りながら、コータローは笑みを浮かべる。ふっ、と腰を低く落とし、ウツミのみぞおちに強烈な一撃を叩き込んだ。
「おぉ!」
「ぐっ、オラァ!!」
ウツミは激痛から苦悶の表情を浮かべるが、喧嘩慣れしてるのかすぐに体勢を立て直し、コータローの顎目がけて蹴り上げる。直撃は避けたものの、僅かにかすっていたのか、血が顎から滴るのを感じた。
「っぶね・・・!」
「おいおいやるじゃねえか!久々に楽しくなってきたぜ!」
益々ヒートアップする二人。最早互いの目的すら忘れているようだ。
「コータローさんが戦ってるの、初めて見たよ・・・すごい・・・!」
「学生時代は荒れてたみたいだからね~」
冷や汗を流し固唾を飲んで見守るキョウとエレン。二人の実力はほぼ互角。一進一退の攻防戦が続く。
「ヅアッ!」
目を血走らせたウツミは、力の込めた拳を斧のように振り下ろす。
その一瞬の隙を突き、ウツミの腕を掴むと勢い良く背負い投げをした。
「おわッ!?」
「もらったぁ!」
強い衝撃音と共に地面に強く背中を打ち付けられ、たまらず呻き声を上げるウツミ。更なる追撃を加えようと、コータローが腕を振り上げるのを見たキョウは、勝利を確信した。
ふと、カツラの顔が目に入り、首を傾げた。味方が不利なこの状況で、どうして笑っているのか不思議に思えた。
「そこまでだよ!」
「え、うわッ!?」
背後から男の声が聞こえた瞬間、突如現れた新手の仲間の一人に羽交い締めにされていた。その際エレンが入っているスマホも、衝撃で床を転がっていく。
「眼が回るよ~」
「あれ?スマホが喋ってる・・・AI?まあいいや」
キョウを羽交い締めにした男は床を滑るスマホに一瞬気を取られるも、それ以上は興味を持たずキョウをがっちりと押え込む。
「キョウ!?」
叫び声が聞こえたことでコータローは寸での所で拳を引っ込めると、バッと振り返った。その隙を見てウツミは軽やかに起き上がり距離を取る。キョウを取り押さえている男は中性的な顔立ちで、ウツミに比べると細身に見えた。
「お手柄だったぞトワ。ふふ、ウツミとの戦いに気を取られ、私が無線で指示をしていた事に気付かなかったようだな!」
カツラは勝ち誇った様子で言った。
「ごめん・・・コータローさん・・・・・・」
「相棒~・・・・・・」
「くそっ・・・・・・もうちょっとだったのに・・・・・・」
悔しそうに歯軋りしながら両腕を上げて降伏を示す。
「まあ聞いてくれ、何も我々は君達と戦いたいわけじゃない、ここは引き分けという形で手を打とうじゃ無いか」
カツラは先程とは打って変わって穏やかなトーンで休戦を持ち掛けた。
「引き分けだと?俺らの依頼を邪魔しておいて何が目的だ」
コータローはカツラ達を悔しそうに睨み付ける。
「そのデータが無いと依頼主さん悲しんじゃうよ~返して~」
「ああ、これか」
カツラはポケットから会社のpcから抜き取ったデータが記録されているUSBを取り出した。
「君達が求めてるものはこれだろ?」
これみようがしにカツラはUSBをコータロー達に見せつける。
「君達がソネザキアキオからゲイムブリッジの極秘データを盗んでこいという依頼を受けた事は知っている。我々が先に彼をマークしてたからな」
「どういうことだよ」
「私達もある情報が欲しくてね、手当たり次第手がかりを探してきた。この会社のその一つ・・・・そこで彼から依頼を受けた君達を利用し、出し抜かせてもらったわけさ」
「お前・・・余計な事をべらべらと・・・・・・」
にこやかな表情で得意気に語るカツラを、冷ややかな目で見つめるウツミ。一方キョウを羽交い締めにしたままのトワは無言のまま聞いており、何を考えてるか分からない状態に見えた。
「ソネザキアキオさんをマークしてたっていうのは・・・・?」
「・・・君達は依頼人の素性に無頓着過ぎる。彼は初めからここの社員ではないんだよ」
「何だと!?」
「少し調べたら解ったが、ソネザキアキオは偽名だ。既に辞めた社員の名前を騙って君達に近づいた、謂わばスパイってやつだな」
「スパイ・・・!?」
「それじゃあ会社に復讐したいのも嘘ってこと~・・・?」
エレンは嘘をつかれたショックからか悲しげな表情を浮かべながら嘆きの声を上げた。
「そうだろうな。恐らく奴は会社の秘密を暴き潰そうとしていたんだろう。どんな情報があるかはまだ解らないが・・・」
「でも、僕達が追っている悪~い組織とも繋がってるかもしれないんだよね、カツラ」
今まで黙って話を聞いてたトワはエレンに負けず劣らず緩い喋り方でカツラの説明の補足をした。
「あぁ、というわけで悪いがこのデータは我々が・・・・・・」
バチッ
そう言い終わる直前、突如火花が弾けるような音がなり、カツラがふらりと地面に倒れ伏した。その拍子に手からUSBが零れ落ちる。
「カツラ!!」
ウツミは血相を変えてカツラの側に駆け寄った。
「困るんですよね、勝手に横取りされちゃあ」
廊下の影からぬっと現れたのは、黒い背広を着た男・・・・・・ソネザキアキオだった。
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