サイバーマリン
ドSフライドポテト
第1話 交錯する運命 前編
『世の中は複雑そうで意外と単純だ。勝った者と負けた者・・・・・・二種類の人間しか存在しない。私は後者だ。力も技術も足りなかったせいで多くのものを失った。失ったものを嘆く暇さえ無く、勝った者の前に跪き、従うしかない。
人間達が己の利益を得るために争い、殺し合う・・・醜く愚かで滑稽なことか・・・・・・。帝国に支配され不当な扱いを受けながらも、必死で食らいつく人々の姿を見ても何も感じなくなるくらい、私の心は枯れ果ててしまったようだ。
敵も味方も関係なく積み上げられた死体の上を歩き続け血の海を彷徨う、あの時の光景が目に焼き付いて離れない。鳴り響く爆発音と仲間の断末魔は今も私の脳裏にこびりついている。
ああ、もし人間が優れた技術、文明を持たなければ、猿と同等の生き方に満足していれば、悲しく残酷な世界にならなかったのかも知れない・・・・・・。』
とある寂れた研究室で、よれよれの黒ずんだ白衣を纏うくたびれた中年の男は、そうノートに書き記すと何処かへ去って行った。
***
「猫ちゃーん、怖くないよー怖くないからこっちおいでー」
それはある意味異様な光景だった。
緑の葉が生茂った大木の枝に留まる小さな猫と、それを捕獲しようとじりじりと木にしがみつき登る175以上ある大男。目つきは鋭く瞳に光はない、ジャージ姿の冴えない容姿だ。
そして、その光景を見守っていた小学校高学年くらいの少年が息を呑んだ。
「コータローさん、大丈夫かなあ」
少年は額に汗を垂らし、手に持ったスマホに向かって話しかける。すると、画面に映る可憐な美少女のアバターが言葉を返した。
「問題ないって~!僕の相棒に不可能はないからね~」
抑揚のある、甲高い透き通った少女の声が響いた。
彼女は電話越しの通話相手ではない。スマホの画面内、電脳の世界に住みつく電子生命体であった。
そんな二人が思い出したかのように雑な応援をした。
「相棒~頑張れ~」
「コータローさん!もう少しですよ!」
「ったく、気楽なもんだぜ・・・・・・こういう体張る仕事は全部俺任せだもんな」
コータローと呼ばれるその男はため息をつきながら愚痴を溢す。相変わらず猫はその場から動こうとしない。
「いくら呼びかけても、手を伸ばしてもぴくりとも反応しねえ・・・だがこのまま放っておくわけにもいかない」
そう言いながらコータローは懐を弄りながら小さな煮干しを取り出した。
「猫ちゃーんこっちに来てくれたら良いものあげるよー」
コータローは精一杯の引きつった笑みを浮かべ、低音の猫撫で声で猫に呼びかけ続ける。すると、先ほどまで全く関心を見せなかった猫はここに来て煮干しに惹かれたのか涎を垂らし始めた。
「おっ食いつき始めた!」
「その調子だよ~」
コータローは腕をプルプル震わせながら煮干しを摘まんだ手を伸ばす。猫は落ちる恐怖を堪えながらゆっくりとコータローへと近づいた。
そして、至近距離まで来たその瞬間、
シュバッ
突然ハヤブサの如く俊敏に飛びかかり、鮮やかにコータローから煮干しを奪い取った。
「おわっ!?」
「あ」
驚いた拍子に足を滑らせ、無情にもコータローは木から落下してしまう。何とか体をひねらせ、木の幹や枝にしがみつきながら落下速度を遅らせる。
ドカリと大きな音を立てて落っこちたコータローとは反対に、肝心の猫は少年の方へ悠々と飛び乗っていた。無傷だった。
***
「うちの子を助けて頂いて、本当にありがとうございます!」
子猫の飼い主である婦人は保護された子猫を受け取り、感謝しながら何度も頭を下げた。
「いえいえ、これくらいお安い御用ですよ」
コータローは微笑みながら、依頼料の入った封筒を受け取り、婦人が去っていく姿を見送った。
そして、スッ・・・と真顔に戻ると、大きな溜息を付いた。
「いやあお手柄だったねえ相棒~」
「猫ちゃん助かってよかったですね!」
「ちっ何も良くねえよ・・・無駄に負傷したし。・・・にしてもあの猫、俺じゃ無くてキョウの所に行きやがって・・・・・・そんなに若い方が好きか」
不貞腐れた様子でコータローは痛そうにすりむいた腕を抑える。
「コータローさんが身体張ってくれたから子猫も勇気を出せたんですよ。ね、エレンちゃん」
キョウと呼ばれた少年はニコッと笑いながらコータローを慰めた。
「そうだよ~相棒も頑張ったよ~」
電子生命体ことエレンは、液晶画面の中で腕を組みながらドヤ顔で首を縦に振っている。
「『も』・・・って、お前なんもしてねえだろ・・・・・・まあ良い、さっさと帰るぞ」
「「はーい」」
夕暮れを背に、コータロー達は自分達の活動拠点へと向かった。
フリーターのコータロー、小学生のキョウ、スマホ内で活動する少女型の電子生命体・エレン。彼等は、どんな内容でも低賃金で依頼を引き受ける、便利屋『サイバーマリン』として活動していた。
今回の依頼は迷子の飼い猫の捜索と保護。
これまでも、ペットの捜索だけでなく、害獣駆除やゴミ拾い、屋根の修理に浮気調査など幅広く依頼をこなしてきた。
三人が何故便利屋を続けるのか。それは生きる為だけではなく、ある特別な理由があった・・・・・・。
***
子猫騒動から数日後、秘密の隠れ家にてコータローはソファーの上に寝そべり、漫画を読み漁っていた。
「相棒~いつまでだらけてるの~」
テーブルに置かれたスマホからエレンの冷めた声が聞こえる。
「しょうがねえだろ、依頼こねえんだし・・・・・・それに今日は夜勤の仕事があるからそれまで休みたいんだよ・・・」
「わあ不健康だね~いつまで続けるの~?」
「さあな・・・・・・まだ欲しい情報が手に入ってないし・・・・・・暫くはこのままかな」
コータローはドブ川のように濁り切った瞳で天井を見つめながら言った。
そこへ、ランドセルを背負ったキョウが訪れた。学校帰りはいつもここに立ち寄ってるのである。
「こんにちは、コータローさん、エレンちゃん」
「お、いらっしゃいキョウ君~学校どうだった~」
「特に変わりないよ」
キョウはふうと溜息をつきながら、教科書がぎっしり入り漬物石のように重いランドセルを下ろす。
「ところで、今日は依頼ありますか?」
「残念ながらゼロ・・・・・・」
「そ、そうですか・・・」
キョウは落胆し、表情を分かりやすく暗くした。
「おいそうがっかりすんな。アイツの治療費代は俺が責任持って払ってんだから」
「それは・・・その、いつも有り難いですけど・・・・・・」
キョウには中学生の幼馴染がいる。彼女は幼い頃から身体が弱く、大したことの無い風邪でもかかれば命に関わってしまう程だった。そんな彼女を助けたい、でも小学生である自分には何も出来ない・・・。そんなときにコータローと出会ったのだった。
本来はアルバイトが禁止されているキョウのため、コータローはバイトとして雇うのでは無く、お手伝いという形で儲けに関係なくお金を出しているのだ。
「でもキョウ君は偉いよ~まだ小学生なのに誰かの為に頑張ってて~」
「そんな事ないよ・・・俺はまだ子どもだから何の力もないし・・・・・・結局コータローさんの足引っ張ってるだけだし・・・・・・」
キョウは悔しそうに拳を振るわせる。コータローはそんなキョウの頭をポンッと撫でた。
「気負い過ぎるなよ、お前はお前の出来る範囲で精一杯やってんだからよ」
「コータローさん・・・・・・」
「この前の猫探しも、お前が痕跡見つけてくれたしな」
「そーそ!それに僕らは便利屋の仲間なんだから気にしなくて良いんだよ~」
「・・・うん、ありがとう、エレンちゃん」
コータローもエレンも、彼の事情を知っているからこそ、出来るだけ力になりたいと考え、協力も惜しまない。特にコータローは何か思う所があるようだ。
「二人ともありがとう・・・俺もっと頑張ります!」
キョウの顔に笑顔が戻り、コータローも口元が微かに緩んだ。
そこへ突然、一本の電話が鳴った。
「相棒!電話だよ!」
「数日ぶりの依頼かもしれないですよ!」
「おう!・・・・・・はいもしもし便利屋サイバーマリンです」
コータローはすぐさま電話を取った。
この一本の電話が彼等の運命を大きく変えることになる・・・・・・。
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