第8話
ギルド前、色とりどりのオーニングが夕日に照らされ日中よりも温かみのある色相を放っていた。
壁際に並ぶ店の店員やギルド職員の人たちが魔光灯に光を灯していく。
魔光灯の穏やかな光が、太陽光に代わり広場を染めていった。
そんな、昼と夜の入れ替わりの時間。
青色のオーニングの下、一つの大テーブルで私とホワイトキャップの三人は共に打ち上げがてら夕飯を摂っていた。
「いやー、今日はマジで助かったわ。本当、ありがとな」
三杯目のエールを片手に笑顔でそう言うのはケーシー。
彼の日焼けしている肌には少しだけ赤みがさしていた。
「いえいえ、私の方こそワーベアを運ぶのを手伝って頂いて助かりましたから」
ちらっと、ケーシーの隣に座る二人に目線をやりつつ、何度目になるか分からない返事をするのはシックス。
三人には巨大なワーベアの変異種の死体をギルドに運び込み、依頼達成の報告を手伝ってもらった。
今回の変異種については、ギルドで審査した後に追加報酬が払われるらしい。
依頼人からは感謝され、結果から見ると良いことづくめだった。
「酒に弱いくせにあんまり飲むんじゃない、迷惑だろう」
私の視線に気づいたのか、そう言ってケーシーの短い小麦色の髪ごと頭をガシガシと助け舟を出してくれるのは、ケーシーよりも大柄な女性。
大剣使いのソラは女性にしては珍しく、短く刈り上げた銀髪をしており、日に焼けた筋肉質の体と、頬に走る傷跡も相まって猛者といった印象を受ける。
「ソラの言う通りだわ。死にかけたくせに」
そう言うのは、ダークブラウンの髪と瞳の小柄で細身の女性。
弓士兼斥候のアーチは細身ながらも、背中や腕の様子から弓士として十分な筋肉がついていることが分かる。そして姿勢が滅茶苦茶良い。
「『ここは俺に任せて、先に行け』だったか」
「でもその後に、『だけど後で助けてくれ』っていうのは、ケーシーらしいけど」
そうからかう二人に対して、ケーシーは更に顔を赤くして「いつもの作戦通りだろうがっ」と声を大きくする。
厄介な相手のときは軽戦士のケーシーが引き付け、その間に罠を仕掛けて罠にかかった相手を一斉に攻撃するという作戦を取っているらしく、今回もその想定だったそうだが、怪我人がいたため、避難に時間がかかってしまったらしい。
今回は、ホワイトキャップのリーダーが不在のため、お金の節約のために簡単な薬草採取の依頼を受けていたとのこと。
それが偶然このような事態に巻き込まれてしまったらしい。
しかし不幸中の幸いか、彼らがいなければ、今回はもっと酷い事態になっていただろう。
合流したときに分かったのだが、なんとあの場所にはメディもいて、メディの身に何かが起きていれば、回り回って、私の身も危ないことになっていたに違いない。
「それにしても、最後はシックス君が一人で解決というのは本当に凄い。今度一緒に依頼を受けたいくらいだ。どうかな」とソラから言葉をかけられる。
「是非お願いします」
私一人では依頼を受けるのに限界がある上に、私の体質を知っている人と組めるのはとてもありがたい。
「お、じゃあ討伐系の依頼にしようぜ。シックスの魔法があれば、B級だろうとA級だろうと楽勝だ」
「あ、これは今日のこと反省してないわね」
「全くだ」
「そうですね…」
「シックスまで言うのかよっ」
今日、死にかけたというのに、どこまでも明るい人達。
その雰囲気に誰しも自然と笑顔になっていた。
(楽しいな…)
同業者と仕事終わりに一つのテーブルを囲んで食べるのはこれが初めてだった。
どうしても一人で食べることの多い私は、その雰囲気がどうしても楽しくて仕方なかったのだ。
だからだろう。
「胃が痛い…」
病み上がりの体なのに、食べすぎてしまったのは。
「おい、大丈夫か」
痛みと気持ち悪さでのせいか、何だか周りの音が遠くなっていく。
食事の途中にも関わらず、不調で机に突っ伏してしまった私を部屋まで送り届けてくれたことに対して、申し訳無さで頭がいっぱいになる。
私がベッドに腰掛け、素直に「申し訳ない」と告げると、ケーシーが「いいってことよ。じゃあ、またな。無理すんなよ」と言い残し、皆は去っていった。
翌朝。
冴えた頭で目覚めたのは、日が昇るまでもうしばらくといった時間帯。
この時間はギルドの依頼が更新されるには少し早い時間で、ワーベア変異種の報告待ちである私にとっては依頼を取るために掲示板の前に並ぶこと必要もない、つまり何もすることがない時間でもある。
体調も僅かに残る胃痛以外は良かった私は、久しぶりに散歩に出かけることにした。
昨晩食べすぎてしまったものの、肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていたためか、夢を見ることもなく、ぐっすりと眠れたのが良かったのかもしれない。
日が昇る直前のヴァンガードの町では、静けさの中でも町の活気が見え隠れしていた。
舗装の少し悪い道を、明かりを消した魔光灯をぶら下げた馬が野菜や商品を載せた荷車をゆっくりと引いていく。
あまり広いとは言えない道をガタゴトという音を立てながら、いくつもの荷車がすれ違っていた。
朝市が開催される区画では、朝市に向けた準備で農家や商人たちの話し声が聞こえ、区画に通じる神殿前では、朝のお勤めだろうか、聖典を読み上げる声が神殿の中から聞こえて来る。
宗教はいくつか存在するが、この辺りでは戦いの神「シルヴァ」を信仰しているシルヴァ教を信仰している人が多い。
これはきっと、他国との戦争の歴史が影響しているのだろう。
その神殿の入り口から人が出てくる。
その瞬間、日が昇り、地平線から伸びる朝日が差し始め、街中を鮮やかに染めていく。
町を囲む先程まで青白く見えていた城壁が、その本来の色である灰色を見せ始めた。
ざらついた城壁。
過去の戦の傷跡。
それらの影が、幾多の筋となって城壁に現れる。
城壁と対象的に、傷一つない石造りの神殿の入口から出てきたのは、三人の修道女であった。
私が神殿に光が差す様子を見ていると、その内の一人が話しかけてきた。
「おはようございます。あなたも礼拝ですか」
私は急に話しかけられたことに驚きながら、首を横にふる。
「いえ、ただ見ていただけです」
「見ていた、ですか」
首を傾げる修道女。
「ええ、綺麗だなと思って」
私は神殿を指さしながら答える。
振り返り、朝日に照らされる神殿を見る修道女たち。
再度、私の方を見たとき、彼女らは柔らかな笑みを浮かべていた。
「そうでしたか、貴方にもシルヴァ様のお導きがありますように」
彼女らは親指のみを曲げ、残りの指を揃えて口元で重ねる、シルヴァ教特有の祈りを私に。
その時、私の体から、いくつもの光の泡が空へと立ち上った。
私の視線は泡を追いかけ、青と橙の混じる空へ。
朝日を受けて、光の泡がより輝く。
泡は弾けることなく、空の明るさに溶けていき。
その光景の美しさに私は思わず言葉を失った。
わずか数秒ばかりの光景が終わると、私は三人に向き直る。
「ありがとうございます。素晴らしい光景でした」
「いえ、大したことはしておりません。シルヴァ教は貴方の未来が明るいものになることを願っております。何かありましたら、いつでも神殿を訪れてくださいね」
私は感謝を伝えると修道女の方々と分かれて、朝市へと歩を進めた。
普段使う魔法とは異なるシルヴァ教の祈りの神秘を体感し、少し上機嫌になる私。
なんだかいつもより、足取りが軽く感じた。
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