第5話 ギルド登録とギルド長「タダン」

 コツン、コツンと杖が木製の床を叩く音が静かな廊下に響いたかと思うと、それからしばらくして、グッ、グッと柔らかい布の上を進む音に変わり、それから少しして音が止まる。

 続いてドアをノックする音が聞こえ、ドアノブを回す音、そして最後にドアの閉じる音が深夜のギルドに微かに聞こえた。


「ゲホッゲホッ」

 そんな静寂に包まれた深夜のギルドに響く物音、そして大きな咳の元凶は私ことシックスである。

 私とメディはギルド長の部屋へ通されると、ソファに座り、髪はないが全身が日に焼けた立派な体格を持つ、筋骨隆々のギルド長「タダン」とテーブルを挟んで向き合っていた。

 そのソファの柔らかさは村長の家にあるそれとは比べ物にならないほど柔らかく、お尻がソファに沈み込みすぎてどうにも居心地が悪い。


 目の前にいるタダンは真っ直ぐにこちらをみていて、その体躯のせいか、歴戦の戦士としての風格の為せるものなのか、威圧感がある。

「それで、シックス。お前のギルドカードだ」

 タダンはそういって、テーブルに置かれていた直径二ミリメートルほどの小粒の魔石が埋め込まれた一枚の金属製のカードを渡してくる。


「…はい」

 私はカードを受け取る。

 少しだけ重さを感じるそのカードには、大きくDという文字と「シックス・エンド」という名前が刻印がされていた。


 名前は自分の名前と生まれ育った村や街の名前をつけることが、この世界の慣習になっているのでこういった名前になったのだろう。

 人数が多い街では住人の名前が被ることがあるために、村や街ではなく、区分けの名前を使うこともあるようだ。

 私は村外れに住んでいたので、仮に村外れに住んでいることを名乗ろうとしたら、シックス・アウトスカーズといった感じになるのだろうか。


「ゲホッゲホッ」

 私が時折咳き込みつつカードを眺めていると、タダンは話を続ける。


「この前の魔物の討伐の功績を踏まえて、本来はEランクから始めるところ、一つ上のギルドランクはDランクとした。仮にギルドランクを上げたくなったら、地道に依頼をこなせ。まあ、この旅の間の様子を聞く限り、かなり厳しいとは思うがな」

 そう言うタダンの表情には、こちらをからかっているようすはなく、ただ事実を述べていることが分かる。

 しかし、率直にそう言われると、少し心にくる。


 タダンは私の様子を気にする様子もなく、そう話すと机に置いてあった、縦が三十センチメートル、横が二十センチメートル程の大きさのある透明で四角形のガラスに見える板を指差した。

「次はお前の能力の測定を行う。ギルドカードをこの測定盤に置いて、その上に手をかざしてくれ」

 その言葉に従って、私がギルドカードを測定盤に置くと、測定板が淡く光り始めた。


 手をかざすとギルドカードの魔石を通じて、測定板の光が糸の様に伸びてきて、淡い光が手を、そして体を包んでいく。

 かと思えば、すぐに光は逆再生するかのように、ギルドカードを通って、測定板へと戻っていった。

 タダンは測定板の上に乗っていたギルドカードを私に手渡すと、未だに淡く光り続ける測定板を手にとった。


 そして、しげしげと測定板を眺め始める。

「ほお、面白いじゃないか」

 反対側からでは分からないが、何かが映し出されているらしい。

 タダンは私の視線に気づくと測定板をこちらに見せてきた。


 そこには、光によって文字が浮かんでいた。

「これがお前の運命ってやつだ」

 そういうタダンの声には真剣味があり、私は少し覚悟して見ることにした。

 測定板には以下のような文字が浮かんでいる。


登録名:シックス・エンド

スキル:虚弱・病弱、状態異常効果倍化、状態異常効果時間倍化、回復力低下、九死に一生、限界突破、全属性魔法、創造魔法、魔力向上、魔法効率向上

称号:魔導の申し子、死の隣に佇む者、賢者の卵、緑の手


 そこには、様々なスキルの名前が書かれてあった。

 本に出てきた偉人が持っていたとされるスキルや称号の名前もある。

 しかし、その一方で私の体調が悪い原因がスキルにあるのも分かった。

 悲しいことに、これはすなわち、神が与えたスキルによって自分の体は永遠に治らないという証明でもあった。

 その測定板を横から覗いていたメディもそれらの文字を見て口を抑えていた。


「要するに、このお前の体質を考えると、冒険は無理だってことが分かる。ただ、称号持ちの上に賢者の卵と来た。お前には飛び抜けた魔法の才能だけはあるみたいだな。だが、いつ死ぬか分からないお前には旅や戦闘がある冒険者よりも、金を溜めて首都にある研究所か学園にでも行って魔法を研究するか教える道に進むのがいいだろう」


 どこか分かっていたけれども、現実として目の前に突きつけられ、少し呆然として力の抜けていた私の手からタダンは測定板をスッと回収する。


「さあ、これでギルド登録は完了だ。お前の体調が回復するまでは、今使っているギルドの部屋を使っていい。だが次に回復してからは、ギルドに泊まる場合、一泊銅貨二枚だからな」

 そう言うと、タダンは測定板を持って席を立つと、無骨で大きなギルドマスターの机へと向かう。

 私のギルド登録が終わったようだ。


「あの、村へ帰るにはどうしたらいいですか」

 私は、机に向かって何かしらの書類を見始めたタダンに問う。

 タダンは書類から目線を上げると、返事を返す。


「ん、エンドの村に帰るなら、自分の足で歩くか、馬を買うか、馬車を借りるかといったところだ。お前の場合は、馬車になるだろうが、エンドの村に行く馬車は基本ない。そこで、御者とその護衛を依頼することになるだろう。往復で一月の依頼だ。そう考えると安く見積もって銀貨三百枚だな」

 私は冷や汗がドッと出てきた。

 そんな大金、持っているはずがない。

 隣に座るメディを見ると、メディもまた驚いた顔でこちらを見ている。


「わ、私たちにそんな大金ありません」

 メディがそう言うと、タダンは「そうだろうな」と言いつつ、書類を置く。


「今回の依頼内容はギルドに登録した時点で終了している。それ以降については、面倒を見るつもりはない。金を稼ぐためには働け。仕事は斡旋してやる」

 そう言うと、タダンは私達に退室を促した。


 私達は、ギルド長の部屋から退出する。

 それから、メディに支えられながら杖を突きつつ、先程まで寝ていた部屋へと戻っていく。

 何だろう、足が先程までよりも、もっと重くなったような気がする。


「これからどうしよう」

 私とメディはお互いに顔を見合わせつつ、来たときよりもゆっくりと歩いて部屋へと帰っていった。



 シックスとメディが部屋から出ていってから少しして、再度ギルド長の部屋の扉が開く。

「おう、来たか」

 書類から目を上げたタダンが声を掛けた相手はシーカーズのリーダー、シークであった。


「あれで良かったのか」

 そう問う、シークの言葉にタダンは「ああ」と言葉を返した。


「最近、世界のあちこちで不穏な空気が漂っているからな。マイナス面が多くても能力持ちは貴重なんだ。それにあの坊主の場合、勝手にさせると三日後には死体になって見つかりました、なんて話になりかねない。嬢ちゃんには仕事口があるようだし、あの坊主にはしばらくは、街の中か近辺の依頼だけを回していくさ」


 そう言うタダンに対し、シークは「相変わらず甘い」と言葉を述べる。

 その言葉にタダンがニヤリと笑い「そうかもしれないな」と言いつつ、先程まで見ていた書類、エンドの村からの手紙をシークに見せる。


「それに、これは坊主の養父である村長からの頼みでもある。しばらく坊主を鍛えて強くなったころには村へ帰すつもりだ。その頃には世界情勢も安定しているだろうしな」

 実はギルドには二人の生活費として、以前の報酬や村の蓄えから出したのだろう、村から少なくないお金が渡されていた。

 その額は、馬車を借りて帰るには十分なものであったのだ。

 しかし、その手紙にはシックスに魔法を教え、鍛えて欲しいということも書かれてあった。

 シックスに才能があることは分かっていたが、村では誰も魔法を教えることができない、という実情も合わせて。


 その手紙を見たシークは素朴な疑問を述べた。

「シックスは鍛えられるのか」

 シークのその言葉に対して、タダンは「魔法なら大丈夫なんだろう」とシークに確認するように言葉を返す。


 今回、シックスたちの護衛というのは表向きで、野良魔法使いであるシックスが脱走した際の始末とシックスの能力の判断を請け負っていたシーカーズ。

 彼らは今回の任務によって、Bランクへと昇格していた。

 そんな上位冒険者の仲間入りした彼らがシックスを監視した結果言えることは。


「魔法なら問題はないが、体調までは分からない」

 という率直な評価だけだった。


「ははは、違いない。だが、できるだろうよ」

 そう自信満々に言うタダンに対して、シークは「なぜ」と聞く。

 するとタダンはニヤリと笑って答えた。


「俺の勘だ」

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