第4話

「ゴホッゴホッ」

 初めての旅も慣れない馬車に体が痛くなったことを除けば、道中は特段何もなかった。

 正確には、持ち前の体調の悪さと善意でやったつもりの魔法によって迷惑を掛けてしまったが、それ以降は今まで通りの行程を進むことになり、大きな問題にならなかった。

 私もこうなるとは思っていなかったため、申し訳ない気持ちになりながらも、それからは副ギルド長のサギーに言われるがまま大人しく馬車生活を送っていた。


 その間は移動中や野営の最中などギルドの人と交流する機会があり、ある程度打ち解けることができた気がする。

 村人は違う感性を持っている冒険者の人たちとの生活はとても新鮮で、色々と学ぶこともあった。

 一番の収穫は、洗浄魔法が旅をする上ではとても重宝されること、そして副ギルドマスターのサギー含め、冒険者にも一般人にも魔法が使える人がそこそこいるという事実。

 そのことを当たり前のように話すサギーであったが、村の外の話はどれもこれもが私にとっても、メディにとっても新鮮であった。


 魔法と言えば、ホワイトキャップのリーダーであるグリスは近接戦闘もこなせる魔法使いであり、魔法は回復や支援を得意としているという話を聞いた。

 グリスは私たちが乗っていた馬車の御者台にいることが多かったため、同じ馬車に乗っていたサギー同様、必然的に旅の中でも話すことが多なる。

 グリスは特に支援魔法について私の知らない魔法や本に載っていない実践向けの魔法の使い方を話してくれた。

 あえて敵の腕や足だけを部分的に強化することで、攻撃時のバランスを崩させるなんて方法は本には乗っていなかったので、とても面白く感じたのを覚えている。


 このように、交流を行っていたからだろう。

 全十六日の行程の馬車生活も終りとなった、日が暮れかけて薄暗い夕刻、街に入る際の検問で、馬車に横たわり、毛布に包まれたまま激しく咳き込んでいる姿を見た衛兵から「大丈夫か」と確認されたが、私の代わりに同行者たちが慌てた様子、何なら気にする様子もなく「大丈夫だ」と答える程度には信頼関係を築くことができたようだ。

 私の体調的には、一切、何も、良くないが、これもいつものことだから。


 ヴァンガードの街は高い城壁に囲まれており、その城壁の上には見張りの兵士の姿があった。

 「どうしてここまで厳重なのかしら」とメディが村にいた頃のように砕けた口調でサギーに問えば、「この街は他国との戦争に備えて造られた街という過去があってな、今も他国とのいざこざに備えて兵士が駐屯されている」と答えた。

 戦争を想定されているためか街の中もまた、一度来ただけでは迷ってしまいそうな作りになっており、少なくとも今の私のボーッとする頭では、一度入ったら二度と街の外に出られなくなってしまうことは間違いないだろう。

 私達が乗っている馬車はこれで何度目になるだろうか、交差点を曲がると開けた場所に出た。


 そこでは、道を避けるようにして色とりどりのオーニングと呼ばれる屋根代わりの布が所々にかけられ、その下には複数人で座ることができるテーブルと椅子が置かれている。

 街灯や街路樹や一定間隔ごとに立てられている柱の間にはロープが張られていて、そこに吊り下げられた携帯式の魔光灯の柔らかな明かりが、夜が近づき暗く見えていたオーニングを再度明るく染めなおしていた。

 燃料を必要とせず、魔力のみで光る魔光灯。

 村では魔力を補充できるものが居なかったため、購入しなかったが、一度魔力を補充すると一日程度は光り続けるため、かなり使い勝手が良いという話を聞いたことがある。


 それらのおかげで日が暮れたというのに明るいこの空間は、仕事の成功を祝してか、それとも明日に向けて英気を養うためか、はたまた現実に対する逃避行のためか、壁際に並んでいた安酒を扱う店や、量に対して良心的な値段の飯屋で買った、エールや食べ物を片手に談笑する人々の賑やかな喧騒が広がっていた。


 そんな広場の一角に一際大きな木造の建物があり、二台の馬車、そして馬がその前に停まる。

「着いたぞ、ここがブルースカイだ」

 とサギーが言えば、馬に乗っていたホワイトキャップが下馬し、そしてもう一台の馬車に乗っていたシーカーズが馬車から降りる。


 私もメディに支えられて馬車から降りた。


「いい場所じゃない」

 村とは全く異なる、色彩や雰囲気。

 その楽しげな雰囲気は年に一度の収穫祭を思い出させる。

 さらには周りを見回しても暗い顔をしているものがいない。

 メディがそう言ったのは皆が生き生きとしているのが伝わってくるからだろう。


「……」

 しかし、私はそれに満足に返事をする余裕もなく、その喧騒からくる頭痛にじっと耐えていた。


「さぁ入るぞ」

 そう言って私を支えるメディの歩む速さに合わせて、ゆっくりと先導するサギーに付いていく。

 早く休みたい、そして早く村へ帰りたい、そう思いつつも私はふらつく足取りを左手で持った杖で支える。

 杖がいつにも増して重い。


 魔光灯の明かりが扉から漏れている。

 右腕を取るメディの

 「あと少……」

 という声が聞こえた瞬間、意識がブラックアウトした。



 次に意識を取り戻したのは、ベッドの上、明かりの無い深夜のことだった。

 ベッドが一つに窓ガラスが一つ。

 どこかの小部屋のようだが、周りを見回してもメディの姿はない。

 枕元にある香炉から少しツンと来る嗅ぎ薬の匂いがする。

 僅かであるが気付け薬が混ぜられているようだ。

 そのためか、普段よりも少しだけ意識がはっきりしている気がする。


「ゲホッゲホッ」

 私が咳き込むと、部屋の外で物音が聞こえた。

 そして、ドアが開くと、柔らかな明かりが差し込む。


「気が付いたか」

 そこに居たのは、先程まで一緒に旅をしていたシーカーズのリーダーの「シーク」であった。

 前髪以外が短く刈られた漆黒の髪に、時折髪の間から覗く鷲を思わせる鋭く赤い目、同じく赤い宝石が柄に埋め込まれている、腰に下げられた槍の穂先のような形をした三本の短刀。

 若そうな外見ながらも、そのどれもから、どこか常人ならざる雰囲気を発していた。


「はい……」

私の小さな返事に頷くと、シークは「薬師を呼んでくる」と再度ドアを閉めた。


 シーカーズは旅の中では夜警と周囲の索敵を担当しており、基本は朝と夕方の食事時にしか顔を合わせる機会はないが、たまたま夜に目覚めた時、火の番をしていたのがシークであったことで、少しだけ話をしたことがある。

 シーカーズの面々に共通することだが、シークも決して口数は多くない。

 自分の体調について色々話す私に対して、「そうか」とか「気にするな」といった返事ばかりだったが、決して悪い人のようには感じなかった。

 私は記憶に残っていないが、「襲ってきたから返り討ちにした」という獲物のおかげで、その日の食事が豪華になった日もあったらしい。

 「あいつらは無愛想だが、仕事に対しては誠実だ」と、副ギルド長のサギーも評価していたことを思い出す。


 そのシークがどうしてここにいたのか、後に聞いた話では、夜警続きで生活が夜型になっていたことから、メディには休んでもらい、代わりに私の部屋の前で寝ずの番をしていたらしい。

 私が寝ずの番をしたが最後、数日起きれなくなる未来が見えたため、それだけでもシークの凄さを感じたものだった。


 シークと共に、メディがやってきた。

「ゼロ日と九時間ってとこね」

 メディは寝起なのか少し不機嫌そうな顔をしていたものの、それからはいつも通りに私の熱や脈等を測った。

「うん、大丈夫」

 メディはそう言うと、壁際に掛けてあった杖を取って、私に手渡してくる。


「シックス行きましょう」

 私は理解が追いつかずに首を傾げ、何度か咳き込む。

「こんな時間にどこに行くのさ」

 今は真夜中。

 どこかに行くにしても、この時間帯で行ける場所なんて限られている。


 私の言葉に、メディは「ギルドに登録するためにギルド長に会いに行くのよ」そう言って、大きな欠伸をするのであった。


「ギルドマスターのバルクスさんから、シックスが目覚めたら連れてくるように言われているの。ギルド長は今晩はずっと起きているらしいから、早く行きましょう。シックスも寝ないといけないし、私ももう一眠りしたいわ」

 そう言って、私の上にあった薄い掛け布団を剥がすと、「さあさあ」と急かしてくる。


「ゲホッゲホッ」

 私は急かされるまま、時折咳き込みつつ、気付け薬の効果で少しだけはっきりした意識に反して、未だに重たく感じる体を左手で持った杖で支えつつ、右腕をメディに支えてもらい、ギルド長の部屋へと歩いて行くのだった。

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