第3話 副ギルド長「サギー」の護衛任務

 朝の肌寒さが嘘のように姿を消し、薄手の服でも少し汗ばむ陽気になってきた。

 露払いのために肩かけていた外套は早々に馬車の中に張られた紐に掛けられているものの、幌馬車のため日に当たる訳ではなく、朝のじっとりとした湿気を含んでいて重々しく、どこか恨めしそうに見える。

 初夏の陽光に照らされ、馬に、車輪にと轢かれていく草花から香る若くも青々とした匂いにつられてか「こうも暖かい日は冷やしたエールで一杯やりたいな」などといった軽口が冒険者たちから出る程度には平和な行程が続いていた。


 そして、今日も順調に行路を辿っている。

 冒険者ギルド「ブルースカイ」所属、副ギルド長の「サギー」は、短く刈り上げた銀髪が少し伸びてきて、ジャリジャリとした手触りがなくなってきたな、と考えていると、何事もなさに退屈しつつ、何事も起きないことにも同時に感謝していた。

 以前あった魔物の強襲から約一月、ギルドと村とを往復することになったのは予定外ではあったが、前回帰る際に狩り残した魔物がいないか残党狩りをしながら帰った成果が現れているようだ。


「ふわぁ」

 何も起きないその過程に、俺は大きな欠伸を隠すこともなく馬車に揺られていた。

 俺を含めた冒険者九名は、辺境の村「エンド」から馬車で南西に十五日程の距離にある、冒険者ギルドのある「ヴァンガード」の街に向っている。

 今回のクエストは、エンドで見つかった魔法使いをギルドまで送り届けること。

 今回の魔法使いがどこにも登録していない野良魔法使いとは言え、本来なら戦力としてカウントできる筈なのだが…。


 俺が目線を向けるその先には、毛布に包まり、時折激しく咳き込みながら寒さに震えている病人の姿があった。

 村人たちは薬師がいるから大丈夫だと言っていたものの、本当に大丈夫かと疑う気持ちが拭えない。

 冒険者の内、四人は外で御者をしている者と警護用に馬を走らせているものに別れており、残りの四人は病気を貰わないようにと隣の馬車で夜警に向けて休んでいる。

 俺が特段することもない。


「大丈夫か」

 だからだろう、つい看病しているメディという少女に声をかけたのは。


「は、はい、大丈夫です」

 俺の言葉に、緊張しているのか、それともいきなり話しかけられたからか、メディという少女は慌てて言葉を返してくる。

 村で顔合わせをした際には落ち着いているという印象だったために、この反応には少し意外性を感じた。

 とはいえ、落ち着いて考えれば当然か。

 村を出たことがない少女が一人で、病人と旅をする。

 しかも、冒険者という見ず知らずの荒くれ者達の中で一人というのは心細いものがあるだろう。

 護衛の冒険者の中には女性もいるが、どうしても男の割合が高くなる。

 緊張しない方がおかしい。


「あー、緊張しなくていい。村でも言ったが、この護衛には腕が立つ上に、行動面でも問題のない奴らを選んでいる。心配することは何も起きないから気楽にしてな。先は長いぞ」

 俺の言葉が正しく通じているのかいないのか、メディは「はい」と一言話すと、そのまま黙ってしまった。


 馬車の中を沈黙が包み込む。

 その沈黙の中で、メディがこちらの様子をちらちらと伺うようにしているためか、居心地が悪い。

 このままというのも悪いし、どうしたものかと考えていると「ゴホッゴホッ」と病人が大きく咳き込んだところだった。

 メディは病人の顔をみるも、特に処置をする必要はなかったようで、再度先程座っていた場所に座り直した。


「そいつ…、シックスだったか。どういう奴なんだ」


 メディはこちらに目を向ける。


「ええと、村一番の病人です」

 それは見れば分かる、と言おうとしたところで、メディの口がまだ動こうとしていたのを感じ、口を閉じる。


「そして天才だ。そう村の重鎮の人たちが言っていました」

 俺は天才という言葉を思わず笑い飛ばそうとしたものの、ふと思いとどまる。

 この前の魔物騒動を止めたのは、紛れもなくこのシックスの魔法だ。

 あのときに見た魔法はエンドという、ど田舎の村で身につけてられたにしてには、考えられない程のレベルに達していた。


「天才か」

 その可能性を捨てきれなかった俺は、そう呟くに留めることにした。


「ええ、何もないエンドの村で穏やかに人々が生活できるのは、実はシックスが魔法で生活を支えてくれているおかげなんだ、と父も話していました。山や畑が毎年実り豊かで人々が水にも冬の薪にも悩まないで済むというのは、他の村ではなかなかないことらしいですね」


 俺は耳を疑った。

 何だその楽園は。

 俺が暮らしていた村は数年に一度飢饉が訪れ、酷い年には口減らしのために老人や子どもが捨てられていく。

 俺もその一人だった。

 飢えの苦しさ、寒さ、それがない村。

 もしかしたら俺はシックスという魔法使いを捉え間違っていたのかもしれない。

 てっきり戦闘魔法だけかと思っていたが、その本質は別にあるのだろうか。


「ですが治療には苦労します。シックスは薬の副作用に対しても滅法弱くて、父が治療していた頃は薬の副作用で…」

 シックスのことが話題に上がってからというもの、つらつらと喋りだしたメディ。

 どうやら緊張も解れたようだ、その表情には先程まではなかった余裕が見える。

 しかし、俺の頭にはどうしても過去の幻影が蔓延り、どうしても話が頭に入ってこないのだった。



「みなさん、はじめまして。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

 結局それからシックスが起きたのは四日目の野営に差し掛かったときだった。

 細身の体に幼さの残った顔立ちを持つ少年、シックスは細身の杖に体重の一部を預けて立っている。

 夕方という薄暗くなってくる時間帯、シックスの肌の異様なまでの白さが目立ち始める時間帯でもあった。


 その姿を見て、以前門口に立っていた少年が本当にこのシックスなのだと実感させられる。

 銀に近い色の髪や、病弱というのも相まって、シックスの存在は世界に溶け出しそうな不安定さを感じさせるが、先程のはっきりとした挨拶が、シックスはこの世のものだと強く主張しているようにも感じた。


 今回クエストに同行しているCランクの冒険者チーム「ホワイトキャップ」と「シーカーズ」と、シックスはそれぞれ自己紹介を済ませると野営の支度に取り掛かる。

 取り掛かると言っても、シックスは火の魔法で調理用の火を起こしたり、洗浄魔法で食器や衣服、皆の体を清潔にしたりといった魔法労働のみで、調理は冒険者とメディにまかせていた。


 それでも長旅によって洗濯などが十分にできない現状、シックスの魔法に助かったのは間違いない。

 特にホワイトキャップの女性冒険者二人とメディには非常に好評であった。

 男である俺も小ざっぱりするのに悪い気はしない。


 それから二日間シックスが起きていたのだが、その間の旅路は今までのものとは全く違う快適なものになった。

 馬車に軽量化、馬と人に疲労低減と定期的な回復、周囲に適温化、水の補充、野営の際の飲み物には氷と、この二日間は心身のストレスが減った影響で普段よりも長距離進むことができたのだ。

 シックスは冒険者がいるため魔力が減っても安全だと判断したためか、魔力を温存しようとせずに魔法を次々と発動させていく。

 様々な魔法を使っても魔力が切れる訳でも、体調に悪影響が出ている訳でもなく、俺が見る限りシックスには何も問題は見られなかった。


 しかし、三日目の昼前、馬車の中で話している際、急に倒れるようにして横になったかと思うと、それからまた高熱を出してメディに看病されることになるのだった。


「よかった。体調がいつもどおりに戻ったみたい」

 そう判断したのは、シックスの顔色や熱、脈などを調べたメディ。

 メディは悪寒に震えるシックスに毛布をかけると、慣れた様子で香炉に嗅ぎ薬を入れていく。


「それでいつも通りなのか。お前さんも大変だな」

 その様子を見ていた俺は、シックスが看病される光景も見慣れたものだな、とどこか考えつつも、メディに同情する。


「小さい頃からずっとですから。もう慣れました」

 そう笑顔で答えるも、その端に微かに苦笑が混じっているのは隠しきれていない。


 それから数時間後、昼を過ぎたが、夕方にはまだ早い時間。

 馬車が急に速度を落とし、そして止まる。

 どうしたのかと幌を開けると熱気を帯びた外気が一気に幌の中へと流れ込む。

 御者台に目をやると、そこにいた白髪、蒼眼の若い男もまた困惑したようにこちらに目を向けていた。

「副ギルドマスター。申し訳ありませんが、本日はここまでのようです」

 御者を努めているホワイトキャップのリーダー「グリス」は、そのように口を開いた。


 シックスが倒れたのは、やむを得ないことだと理解していたが、それにより一つ問題が発生していた。

 それは、疲労感の問題である。

 この二日間、シックスによって暑さや疲労を感じることなく進むことができていたが、シックスが急に倒れたことで全員を支えていた魔法が消え、急に暑さや疲労感を感じることになった。


 そして、今まで気づかなかったが、今日は特に暑い。

 そのギャップによって、人間でもいつも以上に不快に感じているのだが、これに馬車を引く馬が慣れることができなかったのだろう。

 そこで、この日は未だ日が高い時間帯ではあるものの、今日は早めに野営の支度に取り掛かるように指示を出す。


「次に起きたとき、これからは魔法を使わないように言っておかないとな」

 俺は馬を日陰に連れて行き、水を飲ませるホワイトキャップの面々を見ながら、一人呟く。

 次にシックスが起きたのは、それから五日後のことだった。

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