第1話
これは夢だ。
そう、不思議と何度も見た夢。
それは養父である村長と姿も見えぬ男の会話。
男の言葉にはどこか切羽つまっているような雰囲気を感じるものの、どうしてなのか私には理解ができない。
夢の最後もいつもと変わらず、最後に村長が重々しく頷くと、男は私の頭に手を伸ばす。
その手はとても温かった。
窓から差す光。
その光がベッドに当たるということは、今頃、村の人々は山か畑で昼食用の弁当を食べている時間であろう。
そのベッドで目を覚ました家の主、シックスは久しぶりに感じる日の暖かさに安堵しながら、これまた久しぶりに独力で身を起こした。
意識を失うように眠って、から一体何日経っただろう。
確か用を足しに四回以上起きて、食事を四回少しだけ食べ、体を三回拭かれて…。
それ以外の記憶が曖昧だ。
これ以上考えても仕方ないと、久しぶりに靄の晴れた頭で部屋を見渡す。
部屋の真ん中にあるベッド。
ベッドの横にある机に置かれた薬用のすり鉢と小分けにされた薬。
壁際に並ぶ棚には沢山の薬瓶、そして小説や魔法に関わる本の数々。
そして、枕元の香炉から香る、嗅ぎ慣れた薬の匂い。
そのどれもがここが私の家だということを実感させる。
「ケホッ」
咳も軽く、普段よりも調子が良い。
それだけでも、気持ちが高まるというものだ。
しかし、ここで気分に任せてベッドを飛び起きても、寝込んでいた体はついてきてくれない。
一先ず、体内の魔力を循環させ、体の調子を最適化させることにした。
ベッドから足だけを下ろし、座ったまま目を閉じると、自身の心臓の鼓動を感じる、体に満ちている魔素を感じる。
魔素は胸を、腹を、頭を、そして四肢を巡り、また心臓へと帰ってくる。
その中で魔素は血管一つ一つを、筋肉一つ一つを、細胞一つ一つを巡り、寝込んでいる間に溜まっていた魔素溜まりを解していく。
毎回とても心地が良い。
体全体の魔素溜まりを解し終え、ベッドの脇に置いてあったサンダルを履くと、戸口に立て掛けてあった杖を手に取り、少し軋む家の扉を開ける。
すると、そこにはいつもとは違う光景が広がっていた。
緑に覆われていた森の木々の一部がなぎ倒され、また一部は黒く変わっていた。
「山に燃えた跡がある…、それに村にも…」
どうして、そう考えたときに思い出した。
「そうだった。魔物の群れが…。そうだ、村の皆は」
慌てて、村の方へ進もうとしたとき、村へと続く道から声をかけられる。
「おはようシックス。今回は三日よ」
声の主である少女、メディは普段と変わらぬ様子で声をかけてきた。
肩の高さで切りそろえられた栗色の髪と、元気の光を讃えた蜂蜜色の瞳。
村人らしく日焼けした肌が彼女の快活さをより引き立てていた。
メディは私より二歳年上である十七歳。
この村の薬師の娘であり、薬師見習い。そして、幼馴染である。
村人たちは皆が三年に一度風邪を引くか引かないかという健康優良体のため、薬師の父の指導の下、薬師見習いとして主に私の世話をしてくれている。
今回私が意識を取り戻すまでにかかった日数を述べるのも、いつも通り。
そしてこれもまたいつも通り、腕には布の掛けられた籠をぶら下げており、籠の縁からは今日摘んだのであろう薬草がはみ出している。
「メディ。それよりも、村の皆は無事なのか」
私の言葉に、メディは何の話なのか理解するまでに少しきょとんとするも、すぐに笑顔を返す。
「ええ、みんな無事よ。今は山の手入れや壊れた箇所の補修で大忙しだけど、そろそろ終わりが見えてくる頃じゃないかしら」
その言葉に「よかった」と安堵すると、メディは近づいてきて私の腕を取る。
「さぁ、起きたならまずは食事よ。まともに食べていないんだから、食べられる内にちゃんと栄養をとらないと」
そういって、メディは私を家へと引っ張っていく。
「待ってメディ、引っ張らなくても自分で歩けるよ」
その力はさほど強くないものの、その力に抵抗することができずに私は引っ張られるまま家の中へと連れ込まれる。
そして、先程までいたはずのベッドへ逆戻りするのであった。
温かい物が胃の中へ落ちていく。
消化に良い粥に、野菜の卵のスープ。
いつもより、スープに肉の味が強く感じるが、そのどれもに優しさを感じる。
「ごちそうさま。今日のスープはいつもよりお肉が多い気がするけど…」
私の言葉に、メディは「あ、分かったかしら」と言いながら食器を下げていく。
普段は老いて卵を産まなくなった鶏や乳を出さなくなった山羊、もしくは狩人が狩ってきた獲物が手に入ったときだけに口にする肉であるが、今回は明らかに肉が多い。
「この前の魔物騒動があったでしょう。その時に食用の肉が手に入ったのよ」
要するに魔物の肉のようだ。
魔物は種類によって食べられるかどうかが変わり、さらに鮮度が高い内に調理しないと食べられないことから、村人たちはほとんど食べることがない。
今回は魔物に詳しい冒険者の人たちがいたからこそ、魔物の肉を手に入れることができたとのことで、村人たちは久しぶりに肉をしっかり食べることができたとのこと。
それに、私のためにと肉の一部を調理し、保存しておいてくれたおかげで、私も鮮度が命の魔物の肉を食べることができている。
「わざわざありがとう」
料理から私に対しての気遣いを感じ、感謝の言葉を口にする。
「いいのよ。それに率先して行動したのは村長と狩人のリュウドさんなんだから、今度会ったらお礼を言うといいわ」
「そうするよ」
それを聞いてメディはドアを開け、こちらに笑みを向けると、外にある洗い場へと食器を持って出ていった。
「ケホッ」
私が食後の薬として、いつも飲んでいる薬草の粉末を飲んだ後、温かい薬草茶を啜っているとメディが戻ってきた。
メディは拭き上げた食器を片付けながら、話し始める。
「そう言えば、冒険者の人がシックスに用事があったみたいなのよね。もしかしたら、村長から何か話があるんじゃないかしら」
「あれ、メディは何も聞いていないの」
いつもなら、村長からの伝言はメディが伝えてくれるのに珍しいこともあるものだと考えていると、メディは溜息をつく。
「分かっていると思うけど、いつもいつも私が全部聞いている訳じゃないのよ。それに、冒険者の人たちも昨日の内に帰っていったから、急ぎの用事という訳でもなさそうだし、回復している内に自分で話を聞いておきなさい。たまには顔を見せないとでしょう」
私は十日あると、その内七日程度は寝込んでいる。
それ以外の日は村人と一緒に森に入って、魔法で木を伐採したり、栄養が足りていない木々に成長の魔法をかけて山の手入れをしたり、溜池に水を溜めたり、時折狩場に現れる魔物の駆除をしたり、夏場は氷室に氷を追加したりと、魔法使いがこの村に私一人しかいないためそこそこ仕事はあった。
そして、日が暮れる前には家に帰っているため、村長と話す機会はさほど多くない。
決して養父である村長と仲が悪いという訳ではない。
しかし、こうして一人村外れに暮らしているのには理由があった。
十年以上前の話になるが、原因不明の病気を持つ子どもを村の中心部、それも村長宅に住まわせ続けることに対して村人が不安を示し始めた。
そこで、村長は苦肉の策として、村外れに近い場所あった狩猟小屋を改修して家にしたのだ。
そこから、幼いながらにして私の一人暮らしが始まった。
十歳になるまでは日中は毎日、村長か薬師、そして時折、メディや狩人のリュウドさんが訪ねてきてくれた。
体調が良いとき、村長は後継者として必要な読み書きや算術を教えてくれ、体調が良くなったら読めるようにと本も与えてくれた。
今、部屋にある本の数々は全て村長が置いていったものだ。
そして私の体調が良い日にリュウドさんが家にいたら弁当を持って山を探検しながら、村人なら皆知っている食べられる植物や薬草、村の周りに住む生き物について教えてくれた。
今でも私を気遣っているのは今回の肉の件もしかり、感じることができる上に、私が村から追放されていないのは、この魔法の力が大きい。
村長が置いていった本の中には魔法の基礎について書かれた本もあり、それが私が魔法使いとしての才能を花開かせる要因となった。
村長が私の魔法の才能に気づき、時折魔法の本を与えてくれていなければ、今頃魔法を十分に使うことができず、居場所をなくした私は追放され、命を失っていたことだろう。
私が勉学と魔法の基礎の力を身につけて、メディが薬師の代わりに私の家に通うようになった今はもうほとんど家を訪ねてくることはない。
それでも、私は村長に感謝している。
「ケホッ」
昼間に起きた今日は特にできることもほとんどなく、それに体調も良い。
そういう意味では、今日は話をするには都合の良い日なのかもしれない。
そう思った私は「なら、この後行ってみるよ」と言うと、メディは満足そうに頷き「それがいいわ」と返事をするのであった。
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