病弱魔法使い〜オーバーワーク〜

水降 恵来

プロローグ

 「神様から与えられた役割を無視して、自分勝手に生きた人は魔物になってしまうのよ。だから自分の役割を守って一生懸命に生きましょうね」そんなお伽話を子どもたちは親たちから寝る前に何度も聞かされてきた。


 人は生まれ、生きて、死ぬ。

 そんな当たり前を、当たり前と感じられる世界。

 人々は神に与えられた職業に従って生き、この世界の秩序を保ってきた。

 しかし、この世界にはその役割を邪魔するかのように、魔物が世界中にはびこっており、人々を襲う。

 その分だけ、少しだけ死が近い世界。

 そんな世界には、今日も濃い死の香りに包まれた場所があった。


 血の匂いと静寂。

 日は数刻前に暮れ、松明、そして明かりを灯す魔法によって光源を確保された、村の正門前。

 そこにいる人々を包む熱気、少し緩んできた緊張感、上気した頬に感じる冷気。


 冷気の大元たる、一本一本が人一人程ある巨大な氷の塊で串刺しとなった魔物たちは、命の灯火が消えるつい先程までジタバタと足掻いていたが、それも今やどこか遠い昔のことのように感じる。


 想定難度を超えた魔物との戦いで怪我を負い、手や足から血を流す冒険者たち。

 死が迫り、絶望の縁にいたはずの冒険者たちは、火の明かりを反射し、てらてらと輝く氷塊を眺めた後、一様に氷塊を放った一人の魔法使いに目をやった。


 「ゲホッゲホッ」

 その魔法使いは門口に立ち、細い杖で、これまた細い身体を支えており、激しく咳き込んでいた。

 見た目は少年。しかしその肌は火の明かりの中でもまるで幽鬼かと思えるほど白い。

 それが幽鬼ではなくこの世の者だと分かったのは、その魔法使いの隣に少女が付き添い、背中をさすりながら「帰りましょう」と声をかけていたからに他ならない。


 少年はどこか焦点の合わない目で冒険者たちに背を向けたあと、一歩、一歩、フラフラと村の中へと進んでいく。

 冒険者立ちはその弱々しい後ろ姿を眺めつつ、再度魔物たちを見た。

 「魔物の大量発生、それも複数のB級に率いられた群れが一瞬で…」

 誰かがポツリと呟いた言葉。

 その言葉に一言二言反応した者もいたが、殆どの者が二の句を継げることができず立ち尽くしたのであった。



 ギイ、とドアを開ける短い音。

 遠くに見える火の明かりが、二人分の影を淡く作りながら、開け放ったドアを通り、室内を照らす。

 微かに見える部屋の輪郭を頼りに少女は同い年の少年をベッドへ誘導すると、そこへ横たえさせた。


「シックス、ありがとう」

 少女の言葉に、少年は言葉を返すことなく軽く頷くと激しく咳込み、薄い布団に包まる。

 少女はそれで十分だったのか、少年の様子を見て微笑むと、寝台横の蝋燭に明かりを点け、枕元にある香炉の中身を覗く。

 香炉からは微かな火の暖かさが伝わってくる。

 香炉の中で加熱されている皿には液体が少しだけ残っていた。


「呼吸が楽になる嗅ぎ薬を追加しておくわ。今夜はよく頑張ったのだから、ゆっくり休んで」

 少女は慣れた手付きで近くの棚にあった瓶から薬を注ぎ足すと、元通りに片付け、最後に蝋燭の火を消す。

 そして、明かりの消えた家から慣れた様子で外へ出た。


「ゴホッゴホッ」

 少女が部屋を出てからもしばらくは咳き込む音が響いていた。

 先程までの喧騒が嘘のように静まり返った中で、ただ一つだけ。


 これが、後に世界に大きな波紋を呼び起こす「病弱の魔法使い、シックス」が世界に広く認知されるきっかけとなった最初の日の出来事であった。

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