第35話 私のフローに手をだすな7

 それから男を残して部屋を出ると、他の部屋を回った。

 今度は花のような香りがして、今しがたまで麻薬を使っていた痕跡のある場所があった。


「どうやらここで麻薬を吸っていたようですね」

 高級そうな喫煙具が転がっていて、それは闇魔術師の男の記憶のものと一致していた。マダムキャットが使っていたものだ。

「ここにいたのが主要メンバーの可能性が高いな」

「では、この香りをたどります」

「ジャニス?」

 私がそう言うとフロー様がそんなことができるのかという顔をしていた。

 そんなフロー様に説明してあげる。

「フロー様、私はここにくるのに七メートルほど壁を駆けあがりました。以前の私の身体能力では無理です。そして、そもそもここにきたのはあなたの匂いをたどってきたからです。私は私の中にあるニッキーの能力がそうさせているのだと思います」

「……ポルト様に魂の浄化をしてもらっているんでしょう?」

 私の説明を聞いて真っ先にフロー様が言ったのはそんな言葉だった。

「やはり全部知っているのですね。私はその施術の間、ニッキーの記憶を引き継いでしまいます。あなたが愛しくなってたまりません」

 どさくさにまぎれて私は告白をしてみる。

 どのみち私に駆け引きなどできるはずもないのだ。

「そう、……だったのか。ははは。ジャニスが僕のことを愛してくれたのかと思って浮かれちゃたよ」

 しかしフロー様は自嘲気味の笑みを浮かべた。

 私はフロー様が考えていることがわからなくて混乱する。

「あの、フロー様は私の体にニッキーの魂を移そうとして術を使ったんですよね?」

「は? ニッキーの魂をジャニスの体に移す?」

「はい」

「いや、そんな非道なこと、いくら僕でも考えないよ。それにそんなことする魔術も知らない。神様じゃあるまいし」

「ええ……ではどうしてニッキーの魂が私に?」

「確かにニッキーの魂はジャニスの中にあると思うけど」

「そうですよね、それは知っていたんですよね?」

「そもそもそれもジャニスが夜中に訪ねてきて知ったことだし、魂が他の人の体に入ることがあるなんてそれまで知らなかったよ」

「稀にあるそうです」

「じゃあ、ジャニスの方が詳しいね」

「そうですね……」

 私が魔塔長に聞いたことをフロー様に教えるのは奇妙な気持ちだった。

 では本当にフロー様がニッキーの魂を私に入れたのではないとすると


「いったい誰が?」

「原因があるとすれば、僕が母の術式を使って、ニッキーの魂と会話しようと呼び出したことだ」

「やっぱり、そうじゃないですか?」

「いやいや、待って。そう大したことのない術式だよ。いや術式っていうほどもない誰でも作れる文字を書いただけの表だよ。君は小さい頃にそういう体験はない? 文字を書いた紙を広げて、コインに人差し指を置くんだ。それで魂を呼ぶってやつ。普通はどこかの霊みたいなのを呼び出して自分たちの未来を聞いたりする遊びだよ」

「まさか、中等部に入る前に流行って放課後みんなが集まってコソコソやっていたアレですか?」

「多分、それだと思う。僕もやったことはなかったから詳しくはしらないけど。母の最期の手紙に入ってたんだ。ニッキーが亡くなって、辛かったらそれを使ってお別れを言いなさいって」

「……お母様が」


「でも『ニッキー、答えてくれ』ってなんども願ってやってみたけど、その時は何も起こらなかったんだ。けれど、数日後に君が夜中に僕のところに訪れるようになった。私はニッキーだってね」

「え」

「初めは君を受け入れるつもりはなかった。ニッキーだなんて無理があるし、冗談にしても悪質だって腹も立った」

「まあ、そうですよね」

「しかもカザーレンの屋敷のセキュリティを抜けて僕の部屋に突撃できるなんて普通じゃない。でも、よく見たら君はニッキーをまるで人間にしたみたいな風貌だった。しつこかったし、一度相手をしてみようと話を聞いだんだ。その時にはもう身元も調べていたからね」

「それで?」

「昼間は普通に騎士団で働いていると聞いて、ニッキーの魂が入っているんじゃないかと推測した。会うたびにニッキーだとしか思えない行動だったからね。でもニッキーだと受け入れると今度は帰らないって言い出したから、眠ってからそっと部屋に帰すことを繰り返したんだ。」

「な、なんていっていいか」

ドアの前で寝ていたのは毎回フロー様に運んでもらっていたのか。

穴があったら入りたい。

「西の森の調査を買って出たのも昼間のジャニスがどんな人なのか知ろうと思ったんだ。君は何も知らなかったけれど、僕はジャニスに惹かれて行く一方だったよ」

フロー様は切なそうな顔をしていた。

これは、ニッキーにではなく、私がさせているの?

そう思うと胸が締めつけられる。

「ジャニスが僕に気持ちがないくらいわかってたよ。悔しかったけど、それは仕方ないし。でも、だんだん好きになってくれていたと思ったんだ。ポルト様に浄化を頼んだのも知っていた。ニッキーが居なくなると僕が悲しむと思って一生懸命抱き着いてくれるのが可愛くて……もう」

「なっ……」

 あ、あれを私だとわかって受け止めていたのか!

 あーっ!!

「この件が終わったら、ちゃんと話しようと思ったんだ。でも魂の浄化が終わって、君が僕の元から去る可能性を考えると怖かった」

 目の前のフロー様が語ったことを、すぐに理解して信じるには私の頭の情報処理速度は追いつきそうになかった。


 ただ、もうすこし私たちの間で話し合う必要がことがあるということだけは分かった。そうして、次の質問を投げかけようとした時、闘技場の方から大きなラッパの音が響いた。



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