第36話 処刑執行人は選定する1

「処刑が始まるぞ! 闘技場に集まれ!」

 誰かが叫んだ声が聞こえた。

 しまった、トリスタン兄が捕まったままだ。

 私とフロー様は頷いて、闘技場に急いだ。

 すでに人だかりができていて闘技場の真ん中には大きな断頭台が置かれていた。

 そのすぐ隣には身代わりになったトリスタン兄がしなだれた表情で膝をつかされていた。

 フロー様をみんなの前でこんな形で処刑するつもりだなんて、もう嫌悪感しかなかった。

 集まった人は思ったよりもたくさんいた。

 きっとこの処刑をみんなに見せようと人を集めたのだろう。

 胸がムカムカした。

 人々から興奮した、心無い叫びが聞こえた。

 悪魔に罰を!

 やっちまえ!

 あなた達は、どんな恨みがあって今日初めて見ただろう目の前の男の処刑を望むのだろうか。

 断頭台のロープの横にはフードをかぶった若い女が斧を持って立っていた。

 あんな少女に、その処刑を執行させるのか……。

 嫌悪感が募る。

 充満する安っぽい麻薬の匂い。

 おかしな動きをする人たち。

 狂ったこの空間にまともな人間など誰一人いないのだと思った。


「これから、悪魔の断罪を行う!」

 どこからか声が聞こえてくる。

 私は目を閉じると耳を澄ましてその声の主を探した。

 悪魔に罰を!

 虚ろな目の人々が唱えるように口にする。

 狂気に満ちている。

「さあ、悪魔を断頭台に運べ」

 命令する声がまた聞こえて神経を研ぎ澄ます。

 指図するのはこの場を支配し、それなりの地位にあるということだ。

 声は二時の方向、同時に聞こえた革靴の擦れる音。

「フロー様、フォローと、トリスタン兄さんを守ってくださいね」

 体を低くするとフロー様は一瞬私を止めようとしたのか手を出したが、引っ込めた。

「ジャニスを守るよ。君の兄さんの命もね」

「首はちゃんと繋げてやってくださいね」

 軽口を叩くとフロー様がフッと笑った。

 笑う顔が可愛くて好きだ。


 断頭台の方を見ている人々を避けながら足元に意識を集中して探す。

 革靴の擦れる音、極めつけは高級麻薬の香り。


 ――まずは一人目。

「な? ぐあああっつ」


 迷わずアキレス腱を切る。

 ミスリルの刃が血が出る時間も与えず筋を断ち切る。

 切られた男はなにが起こったのかわからないだろう。

 群衆の足元で一人の男が倒れて呻いても、誰も気にしてはいなかった。


 闘技場に立ち込める煙と砂埃が混じった臭い。

 目をつぶり、高級麻薬の香りを探る。

 甘ったるくまとわりつくような香りをたどると、柱に背中をつけて断頭台を見ている二人組がいる。

 正面から行くしかない。さて、どこを狙うか。


「こんにちは。素敵な香りですね」

「どいてくれないか、お嬢ちゃん。ほら、あんたも悪魔の首が飛ぶのを見たいだろう?」

 前に立ち塞がった私に男たちがニヤニヤとした顔で言った。

「あなた達から『マダム・キャット』の香りがする」

「はあ?……てめぇ、何者だ?」

 かまをかけてにっこり笑うと、あきらかに動揺した。

 二人が私にとびかかってこようとしたところに後ろから黒い霧が出てきて、二人を包んだ。


 あ……。

「助かります」

 後ろを振り向かなくてもそれがフロー様だと思った。

 なんて心強い。

 霧がぐるぐる巻きに二人を拘束してくれたので残り二人を探す。

 頼もしいな。胸がドキドキする。

 きっと私が何をしようとフロー様がサポートしてくれる。

 この二人のお陰でより香りが明確になった。

 そうして最前列で楽しそうにしていた男のアキレス腱を切り……四人目。

 残り一人が見つからない。

 あの麻薬を吸わなかったのだろうか。それとも……。


 そうこうしているうちにトリスタン兄が断頭台にのせられてしまう。

 これはいよいよ不味いと思ったのかトリスタン兄が抵抗してみせた。

 きっとフロー様が助けてくれるというのに往生際の悪い。大人しくしていろ。

 どこだ……。

 目をつぶり、集中する。


「さあ。死刑執行だ!」

 そう言って少女が斧を振り上げた。

 その時に、香ってきたのは…….

 飛び出した私は少女を突き飛ばす。

 ドシン、と少女は斧を手放して地面に転がった。

「だれだ、お前は!」

 少女……と思っていたが、フードが落ちればまあまあいい歳の女性だった。

 どうやら小柄なだけのようだ。

 やっぱりアキレス腱切るか? 

 と思ってミスリルを構えると、逃げようとするのでローブを踏んで阻止した。

「ひいいいっ」

 なにやら私をみて怖がっている様子だ。

 トリスタン兄の頭を落とそうとしていたのに、さっきまでの威勢はどこに行ったのだ。


「んーっ! んん-っ!」

 するとすぐ横から唸る声が聞こえた。

 トリスタン兄が早く外せと涙目で訴えてくる。

 群衆はなにが起きたのかわからず、ただオロオロとそれを見ていた。

 しかし、その中に血気にはやる人間が数名いた。

「悪魔を断罪せよ!」

 人々が再び叫び始める。

 しかし、悪魔とは私の足の先にいるこの女だろう?

 そう思うと私は冷めた目で女を見つめた。

「あなたが『マダム・キャット』?」

 私の質問に女は答えない。

 しかし、ローブの下からはあの高級麻薬の匂いがした。

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