第33話 私のフローに手をだすな5

「今日、これから大きな集まりがあるんだ。そこで、僕を闘技場の真ん中で処刑するらしい」

「え」

「ジャニスを危険な目に合わせたくないから、もう全滅でいいかな」

「ちょっ、待ってください。兄の言うように、全部消滅では麻薬組織の全容がわかりません。『マダム・キャット』は年端も行かない子供たちを利用する悪質な組織です。根絶やしにする計画が台無しになります」

 フロー様の発言でトリスタン兄が狼狽えた。きっとアルベルト兄とも作戦会議をくりかえしているはずだ。

「でも、僕も誰が主要メンバーかわからないからな」

 二人が話しているのをそこまで聞いて私は閃いた。

「私、今なら分かるかもしれません」

「え、ジャニス? お前には作戦の資料さえ見せてないんだぞ?」

「資料は手に入れて目を通してます。主要メンバーが五人だってことも知っています」

 私が答えるとトリスタン兄が『そうだよ、お前はそんな奴だったよ』と嘆いた。

 なにごとも下準備が必要だと父から習ってきたではないか。


「主要メンバーをあぶりだすならやっぱり僕は人質のままじゃないとダメだな。仕方ないから効力を消してまた手枷をつけてここで大人しくするよ。ジャニスは部屋の奥に隠れてて。トリスタンはメンバーをみつけてくれ」

「あの……申し訳ありません、カザーレン様。ここで一番その任務に適しているのは妹です」

 フロー様は兄と二人で事を進めようとしたけれど、それに申し訳なさそうに兄が進言した。

「フロー様、自慢ではありませんが私は学生時代から暗部から勧誘されてます」

 私も兄の言葉に加勢する。明らかに私の方が適切なのだ。

「僕はジャニスが危険な目に遭うのは嫌なんだけれど」

 なんとか説得しようとしたが、フロー様のとても強い意志を感じた。

 パーティの時も怒っていたしな……。

 うーん、と考えて私はフロー様に向かった。


「では、側で守ってくれますか?」

 闇魔術師が補佐についてくれるなら、そんなありがたいことはない。

 そう思って軽く言った。するとフロー様の顔が輝いた。

「そうする」

「え、でも、捕まってないと……」

 二人で納得しているとトリスタン兄が不思議顔をしている。

「それは身代わりを立てればいい。幻術魔法をかけるから僕と服を交換してくれ」

「お、俺……?」

 震える兄ににっこりと笑う。

「この場合、トリスタン兄さんが適役でしょう」

「……早く助けに来てくれよ」

「頑張ります」

 それから二人はさっとお互いの衣服を交換した。

 しばらくして誰かがやってくる気配がしたので、私はフロー様と部屋の奥で隠れて成り行きを見守った。


 ガチャン……と鍵を開けて入ってきたのは三人の男たちだ。

「ほら、立てよ。おや、大魔術師様も手枷に足枷じゃあ立ちにくいってか。仕方ないから手を貸してやるぜ」

 そう言って一人の男が手枷を乱暴に掴んでフロー様の身代わり(トリスタン兄)を一旦立ち上がらせたかと思うとワザと手を離した。

 ドスン。

 と床に放られたトリスタン兄に三人が楽しそうにケリを入れていた。

 だがしかし、中身無駄に鍛えている兄だ。

 麻薬づけになっている奴らの足の方が弱いに決まっていた。

「い、いててててっ!」

「ぐ、なんだ、こいつ石みたいにかてぇ」

「くそっ、蹴り上げて損した!」

 と三人は自分たちの足を擦っていた。

 いい気味だが、これがフロー様だったら、足を切り落としてやらないと我慢できなかったな、と思った。

 ナイスだ、トリスタン兄。

 幻影魔法が上手く行っているようで、フロー様とトリスタン兄が入れ替わっていることは全く気付いていない様子だった。


「これからみんなの前で処刑が行なわれるからな。せいぜい今のうちに自分の胴体と別れを惜しんでおくんだな」

 男たちはもう一度トリスタン兄を立たせると今度は悪態をつきながら連れて行った。

 どうやら闘技場の方へ連れて行くようで、復讐と見せしめの処刑なのだろう。

 私が読んだ資料にもむごたらしいその様子が書かれていた。

 これは早くメンバーを見つけ出して兄を助けないと大変なことになりそうだ。


 男たちが去った後、私とフロー様は闘技場内を調べることにした。

「雇われた隣国の闇魔術師がいる。そいつが色々と細工をしているんだ。魔封じの枷もやつが用意した。先に動きを封じておかないと面倒なことになりそうだ」

 なるほど、やっぱり予想していた通りに闇魔術師が絡んでいたようだ。

「ふむ、では先に始末しましょう」

「そうだね。あの、ジャニス」

「はい」

「……君が助けにきてくれて嬉しいよ」

 なんだか照れているフロー様にこちらもなんだか照れてしまう。

「でも、本当はフロー様お一人でも解決できたでしょう? 足手まといにならないように頑張ります」

 恥ずかしまぎれに堅く返してしまった。

「そんなこと、ないよ。めちゃくちゃ、嬉しいから」

 フロー様の様子に迎えにきてよかったと安心する。

 しかし、『ニッキーのふり』や『浄化』という言葉が出ていた。

 そこから推測するとフロー様は私がニッキーを浄化していて、その間にニッキーのふりをしていることを知っているようだった。

 いや、わかる。知られているんだ。


 聞きたいことは山ほどあるが……ひとまず任務が終わってからだ。

 雑念を払い、まずは闇魔術師を探さなければ。

 危険な任務なのだ。気を引き締めていよう。


「ジャニス、隠密の魔法をかけるよ。一時間くらいはもつだろう」

 部屋から出る前にフロー様が隠密の魔法をかけてくれた。

 声を出して相手に認識されなければ効果は続くという。

 闇魔術師……すごい。

 実際廊下に出て数人すれ違ったが、黙っていれば誰も私たちに気づかなかった。

 早足で人が居そうな場所を探すと、一つの扉の前でフロー様が止まった。


「この扉、魔法のトラップが仕掛けてある」

「抜けましょうか?」

「……いや、解除できるから少し下がってて」

 私の提案を断ったフロー様がすぐにトラップを解除した。

 私はドアに耳をつけて中を探った。

「中に居るのは一人ですね。突入しますか?」

 コクリとフロー様が頷くのを見て素早く中に入ると、ソファで座っていた男の首にダガーを押し当てた。

 突然のことに男はなにが起こったのか把握できないようで、持っていたコインを机の上に落とした。どうやら金の勘定をしていたらしい。


「だ、誰だ……」

「答える義理はないわ。あなたが『マダム・キャット』に雇われている闇魔術師なの? あ、動くと首が取れるわよ」

 皮一枚が切れて、血が滴った。男は私のダガーの切れ味を実感したようでガタガタと震え出した。

「か、金はやる……」

「で、闇魔術師なの?」

「そ、そうだ」

 しかしそこで、フロー様は頓珍漢なことを言いだした。


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