第31話 私のフローに手をだすな3

「いいか、連れて行くだけだ。手は出すなよ」

 もう一度、と念を押したトリスタン兄さんは商人の恰好をして手綱を握っていた。

 他に変装した騎士が前に二人、後ろに三人乗っている。私はダミーの空の樽の後ろにこっそり入れてもらった。

 そうして行商を装った荷馬車が古城に向かって進んだ。

 私は組織の情報をもう一度頭に入れることにして、カメリアにもらった情報を読み返した。


 組織の主要メンバーは五人。

 そのうちの誰一人も顔がバレていない。

 ただそのうちの一人が女性だということだけが分かっていた。

 その女性だけ『マダムキャット』という名で、取引の際やパーティなどに参加しているらしい。多分ボスだろう。

 フロー様の位置を示す魔法石は彼の魔力に反応するようになっている。

 それは間違いなく北の古城を示していた。

 ふつうなら問題なく犯人を確保できる。

「しかし……なんだかモヤモヤする」

 しかし私の野生の勘が違う、と感じているのだ。

 でも、そんな確証も無いことを誰が信じるというのだ。


 国境を越え、馬車は古城へ向かう。

 しばらくたった時に馬車を止める声が聞こえた。

 どうやら誰かが困って声をかけてきたらしい。

「水を持っていたらわけてもらいたい。価格はそちらの言い値で払おう」

 そうはいっても積んでいる樽は空だ。

「申し分けないが、行商を終えた帰り道です。後ろに積んでいる樽は空っぽなんです」

「チッ、ついてねぇ」

 トリスタン兄の声に相手が舌打ちしていた。

 私はこっそりと声を掛けてきた男たちを見た。


 入れ墨をした男と、すこし痩せた男。

 水も持たずにこんなところにいるのだろうか。

 砂漠とまでは行かないが気温も高くて乾燥している地域だ。

 慣れた人間ならそんなミスは絶対に犯さない。


「私の飲み水なら予備がありますが、それでよければお譲りしましょうか?」

 荷台から立ち上がって、『荷台にどうして乗ってたんだ』という同僚の視線と『大人しくしてくれよ』というトリスタン兄の視線を感じながらひらりと男たちの前に立った。

 ちなみに私は街の男の子の恰好をしている。

「水を持っているのか?」

「予備はこれだけです」

 そう言って水筒を差し出す。

 そうしながら私は二人を観察した。

 汗ばむ手で水筒を受け取る男。

 独特の体臭がする。

「いくら欲しい?」

 話している間も男たちは私と目を合わせなかった。

「十五ぺルカでどうですか? こちらにはご旅行で?」

「え、ああ……財布は……」

 私の質問には答えなかった男からお金を受け取った。

「じゃあ、ありがとよ」

 もう一人もさっさと立ち去ろうとしていた。

「ええ。よい旅を」

 二人の姿が見えなくなったところで血相を変えたトリスタン兄がやってきた。


「おまっ、なんでっ、ほんとにさっ! 大人しくって……!」

「兄さん、私はあの二人を追います」

「はあ!?」

「近くで見て確信しました。あの二人、麻薬中毒者だと思います」

「え、でも、あっちの方に行ったぞ」

「そうですね。だから、追跡します。フロー様はそちらにいる気がします」

「もうやだ、俺の妹……」

 私がこうなったら頑固で言うことを聞かないと知っている兄は、頭を抱えた。


「兄さんたちはこのまま城にむかってください」

「んなことできるかっ! 俺らの部隊が行かなくたってアルベルト兄さんと本当に古城にいるならカザーレン様がなんとかするだろう」

「私の勘、信じるんですか?」

「はあ、ジャニスの勘が外れたところを見たことがないからな。第四王女のレーニア様を見つけた時だってそうだったろ」

「外れても責任持ちませんよ」

「安心しろ。ついて行くのは俺だけだ。おい、お前たちは予定通りに城に行け。んで、アルベルト兄さんには聞かれたら報告しろ。いいか、聞かれたら、だぞ」

 トリスタン兄の言葉に他の騎士たちは荷馬車を城へと走らせた。

 残った私は兄と先ほどの二人を追うことにした。


「くそ、もうどっちに行ったかわからんな」

「あっちです、兄さん」

「なんでわかるんだよ」

「追跡するのに石をくくった糸を水筒に付けておいたんです。斜めにかけて持つと、ここは砂地ですから、跡がつきます」

「跡がつくったって、そんな小さな跡が見分けが……つく……のか。はあ。」

 その問いににっこり笑って歩き出した。

 私にト兄がついてくる。彼らが進んだのは城とは反対方向だった。

「この先はたしか廃止になった闘技場です」

 頭に入れていた地図を思い浮かべながら言うと『それももう頭に入ってんのか』とブツブツと兄がうるさい。


「しかし、潜伏するには好都合の場所だな……」

「そうですね」

 闘技場跡に着くと入り口を守っている者がいるようで、追っていた二人はそこでなにか話してから中に入っていった。廃墟でどうしてそんなことをしているのか。

 ますます怪しい。


「組織はこっちに潜伏していたのか……?」

「調べないとわかりませんけどね」

「入り口はどうやらあそこだけみたいだな。内情を把握しないまま突入したら危険だな」

 私は兄と闘技場の外壁にそって歩きながら他に侵入口がないか探る。

 見上げると小さな穴があるところで足を止めた。

「……フロー様の匂いがします」

「ジャニス、お前頭がおかしくなったのか?」

 兄があきれた声を出す。

 けれど私にはわかる。

 上から、微かにいつも香るフロー様の香りがする。

 七メートルはありそうな壁を私は見上げた。


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