第30話 私のフローに手をだすな2
北の酒場とは騎士団の隠語も含む酒場である。隣国との境に位置し労働者が集まる活気のある街の中にある。
その地下には何かあった時のために騎士団の拠点となる部屋が作られている。
すなわち『北の酒場』と聞けば『なんらかの事件が起きて、そこに騎士が集められている』と考えていい。
きっとアルベルト兄さんはそこにいるのだろう。
カメリアが『私が見せたって絶対に言わないって誓って!』と半泣きで渡してくれた資料を読んで、私はそこに向かった。
なんだかんだいってもカメリアは優秀で、そこには細かく書かれた情報が載っていた。
フロー様に暗殺者を放った麻薬組織は、今『マダム・キャット』と呼ばれているらしい。
可愛らしい名前とは裏腹に、やることはかなり悪質である。
年端も行かない子供まで、元気がでると騙して薬漬けにして捨て駒のように使い、組織を抜けようとした者にはかなり残虐な制裁を行ったりしていた。
読めば読むほど気分が悪い。
そんな血も涙もない連中のところにフロー様を囮として潜入させるなんて、なにかあったらどうするのだ。
苛立ちにぎりぎりと奥歯を噛んでしまう。
早速北の酒場に向かい、地下に侵入した私は聞き取りできそうな男を捕まえ、道具小屋に押し込んだ。
この癖のある歩き方は昔から変わらない。
「なっ、はなせっ! 誰だっ……って、あ?」
喉仏を押えて見上げるとオロオロとした顔が見えた。
「こんなに簡単に急所を押えられてどうするのですか。トリスタン兄さん」
「ぐ、俺を押えられるのはお前くらいだよ!」
ムッとした次兄が両手を上げて降参のポーズをしていた。
アルベルト兄さんは正統派の剣使いで、大剣を使うために動きが大きい。
トリスタン兄さんはドラゴン退治の専門であることもあって飛び道具が得意で接近戦には弱かった。ちなみに模擬試合でも私に勝ったことは一度もない。
「どうなっているのか状況を教えてください。フロー様が昨日から屋敷に戻られていません」
単刀直入に伝えれば、トリスタン兄が目を丸くした。
「おいおい、たった一日大人の男が帰ってこなかったからって、ここまできたのか? まさか、心配して? そんなの俺の知ってるジャニスじゃない」
「フロー様を兄さまたちと同じにしないでください。女遊びや酒場で記憶をなくすような人ではないのですから」
「おまっ、そんな目で俺たちのこと見てたの!?」
「事実でしょ」
「じ、事実だけれども……なにその特別扱い」
「そんなことより、情報を」
「なんだよ、もう。母さんが言ってたのは本当だったのかよ。スゲェな、カザーレン。お前を惚れさせるなんて」
「トリスタン兄さん」
本題に入らない兄に苛立ちを覚えて低い声が出た。
「ああ、もう、わかったよ。カザーレンはここからさらに北に向かった隣国の古城に拉致されている。と、いっても自ら捕まってそこに運ばれただけだ。きっとそこが拠点で、『マダム・キャット』のボスとそのメンバーがいるはずだ。ボスが現れたら、カザーレンから連絡が入るようになってる。今はそれを待ってる状態だ」
「古城なんていかにもな場所にボスが現れると?」
「ボスを入れて主要メンバーは五人だ。全部捕まえないと、根絶やしにはできない」
「資料には、拷問好きな団体だと書かれていましたけど、それは古城で行われていたんですか?」
「え、いや……。でも、カザーレンの位置は逐一魔法石によって分かるようになっているから。そこから動きはない」
「アルベルト兄さんは古城に向かっているんですね」
「もう古城の近くで待機している。カザーレンの合図を待っているんだ」
「ふうん……」
納得していない私の声色を感じた兄が聞いてくる。
「ジャニスは古城が奴らのアジトだとは思っていないのか?」
「城のパーティに侵入した暗殺者が、結界をどう破って中に入ったのか気になったんですよね」
それこそ王城で闇魔法は使用禁止になっているのだ。結界は何重にもかけられているし、招待客以外は入れないようになっていたのだ。
「え、いや、だって、あの時は招待状の偽造で入ったんじゃないかって結論になっただろ?」
「そうですけど、捕まえた犯人は服毒死してしまってわからずじまいでしたよね。結界は破ってもすぐに修復されてしまうから侵入経路が分からないのが難点です。それに、招待状を持っていたなら、正面から入ったことになります」
「まあ、そうだけど……だったら誰かが破ったってこと? あれを破れるのはそれこそカザーレンぐらいだぞ?」
「それは、うちの国では、ですよね? 隣国の魔術師なら可能でしょう?」
「カザーレンに匹敵する魔術師がいるとは思えんけどな」
確かにフロー様ほどの闇魔術師が他にいるとは思えない。
けれど、何年もフロー様に恨みを持った集団が何の手も考えずに暗殺者を送るだろうか。
それこそ、奥の手でもないと復讐を始めたりしないのでは。
……私ならまず、フロー様に匹敵する魔術師を探すだろう。
「とりあえず、私もその古城とやらに向かいます。表の荷馬車、そっちに向かうんですか?」
「……ああ、そうだよ。まったく。行くなって言ったって、行くんだろ? 仕方ないから姿は隠せよ。アルベルト兄さんにバレたら怒られる」
私のことを熟知している兄はため息をついて私に協力してくれた。
やっぱり頼りになる。
「ありがとう、トリスタン兄さん」
「いいか。連れていくがむやみに動くなよ」
「はい」
何度も念を押すトリスタン兄さんに笑顔で答えると、疑り深い目で私を見るだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます