第29話 私のフローに手をだすな1
それから二度目の魂の浄化を行うために魔塔に行った。
いつものように診察台に横たわると魔塔長の施術が始まる。
一方フロー様は夜は帰ってくるものの、ますます忙しくなっているようだった。
魔塔に行くのにバレなくていいとは思うけれど……無理していないか心配だ。
瞼が重くなると、私は意識を手放した。
ねえねえ、泳いできていいかしら。
あなたは嫌なんでしょ?
待ってて、あの枝をとってくるだけよ。
私は泳ぐのが得意なんだから。
フロー……
笑って。
あなたの笑顔が大好きなの。
「さあ、終わったぞ」
パチン、と魔塔長が手を叩くと私は目を覚ました。
施術が終わった私はまたニッキーの記憶を共有していた。
今日はピクニックに行って楽しい記憶だった。
途中フロー様が投げた枝が湖に飛んで行ってしまって、ニッキーが迷いなく泳いで取りに行ってしまう。
心配して『ニッキー』と叫ぶ十一歳のフロー様が可愛かった。
思い出すと自然に顔がほころんでしまう。
でも、これを続けていくと、自分が本物のニッキーになってしまうような気になった。
そんなことになったら、どうしよう。
「順調に浄化は進んでいるから、心配するでない」
不安になった私の顔を見て魔塔長がそう言った。
でも、浮かない表情なのは、記憶を共有するとどんどん私がフロー様に愛情を感じでしまうからだ。
お礼を言ってカザーレンの屋敷に戻るといつものように過ごして、夜はベッドに入る。完全にここが居心地のいい場所になっていた。
もうフロー様が夜に帰ってきても、喜んで迎えに行ってしまう。
演技などしなくても、嬉しいのだから重症だ。
フロー様を笑顔にしたい。
心からそう思える。
すっかりフロー様が屋敷に帰ってくるのを待ち遠しく思うようになって、夜も物音に耳を澄ませていた。
けれどその日は待ってもフロー様は帰ってこず……。
こんなことはカザーレンの屋敷にきて初めてのことだった。
***
「おかしい」
朝になってもフロー様は屋敷に戻ってこなかった。
私は屋敷を抜け出すと騎士団の本部に向かった。
久しぶりに騎士服を着て忍び込むと、人の流れが慌ただしい。
なにがあったのか把握しようと私は同期のカメリアの姿を探した。
情報通の彼女ならなにか知っているに違いないのだ。
「ねえ、なにがあったの? 本部の方は人がいなかったけど」
ようやく詰め所でカメリアを見つけて声を掛けると、彼女の肩がおもしろいくらいに跳ねた。
「ジャ、ジャニス! 元気だったの!? 」
「うん」
「でも、どうしてここにいるのよ。あなたはカザーレンのお屋敷で守られていたんじゃないの?」
彼女は私を珍獣かなにかのように驚いていた。
そうして私の肩や背中をさすったりして全身を確認すると『大切にされてるみたいね』と納得している。
どうやら顔を見せなかったので心配してくれていたようだ。
「昨日から、フロー様が帰ってこないのよ。なにか知らない? アルベルト兄さんに聞こうと思ったけど、本部はもぬけのからだったの」
私がさっそく尋ねると、そのことかとカメリアが教えてくれた。
「ええと、こないだのパーティで暗殺者がカザーレン様を狙ったでしょう? で、その犯人がカザーレン様が以前潰した麻薬組織の生き残りだと白状したんだけど、調べてみると、思っていたより大きな規模の組織にまた育っていたのよ」
「でも、麻薬組織は常に見張ってたはずでしょう?」
「それがさ、旅行客を使って取引をしていたのよ。親戚に渡してほしいってジャムの瓶の中に麻薬を隠して騙して運ばせていたの。運んでいた本人たちは知らないものだから、堂々と国境を越えていたみたいだわ」
「それが上手く行って、どんどん麻薬取引で儲けたってこと?」
「面白いくらいに儲かったみたいね。その財力で再びカザーレン様を狙えるようにくらいには」
「その大きくなった組織をアルベルト兄さんとフロー様が手を組んで潰しにかかったの?」
「組織を根絶やしにするって副団長が息巻いていたけど、末端までとなると大変なことよ。手を組んだっていうよりカザーレン様が参謀って感じだったけど、まあ、それで動いていたのは確かね」
私が思っていたよりフロー様を心配していることを察したカメリアは、事情をはぐらかすような言い方をしていた。
ピンときた私はもう一度聞いた。
「で、昨日からフロー様が帰ってこないのは?」
「あー……あのさ、ジャニス。落ちついて聞いてくれる? その、組織の中枢に潜り込むために、カザーレン様は囮になるって言ってね……」
「囮?」
「どうやら捕まったふりをして連れ去られたようなのよ」
「……もちろん追跡してるのよね。アルベルト兄さんはどこにいるの?」
「はあ……北の酒場。ちょ、ちょっと! どうするつもり?」
「フロー様を追いかける」
すぐにその場を立ち去ろうとするとカメリアが焦って引き留めた。
「あのさ、結婚すると聞いてはいたけど、本気でカザーレン様が好きなの? さっきからずっと、そんなふうに見えるんだけど……」
カメリアの質問になんだか心の中で溜まっていたモヤモヤしたものがさっと霧が晴れたように感じた。
「どうやらそうみたい。私のフローに手を出すものは、誰だって許さない」
満面の笑みでそう答えたと自分では思っていたのだが、後にカメリアが言うには背筋が凍るほどの恐ろしさを感じだったそうだ。
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