第15話 コンニチワ! 監禁生活2

「ジャニス! 大変だったわね。フローサノベルドが怒り狂って組織の根城を探しているからもう少しの辛抱よ」

「怒り狂って?」

「狙われたのはフローサノベルドだけど、側にいたあなたに危害が加わったかもしれないでしょ? それに、プロポーズしたらしいじゃない。この先結婚するなら今ちゃんと根絶やしにしておかないと安心できないって大騒ぎよ」

「根城をって、どうなっているのですか? 詳しい話が全然私にはいってこないのですが」

 私がいろいろ聞いても母がはぐらかすのだ。

「えっとー……まあ、それはフローサノベルドが上手くやるだろうから、待ってて」

「あの、それなのですけど、フロー様は本気で私と結婚するつもりなんですかね」

「本気じゃなかったら何なのよ。カザーレン侯爵家から正式に求婚状も送ったって聞いたわよ?」

「そうなんですけど、ほら、ニッキーのこともありますし」

「まだそんなことを気にしてるの? ニッキーはニッキーだし、ジャニスはジャニスよ」

「……」

 いや、それはリッツィ姉さんはそう思ってくれているだろうけれど、フロー様は……。


「そんなことより、体調が悪いって聞いて飛んできたのよ。見た感じ大丈夫そうだけど?」

「それがその、どうも私、夢遊病のようでして」

「夢遊病?」

 私がそう言うとリッツィ姉さんはポカンとしていた。

 いきなり言われたら驚くよね。

「朝起きたら足の裏が汚れていて、掃き出し窓が少し開いていたんです。それで怖くなってベッドと手首を手錠で繋いで眠りました」

「いろいろと突っ込みたいけど、それで?」

「すると眠っている間にベッドから離れようとしたようで、鎖をタガーで切ろうとした痕跡があり、さらに外れなかったことの腹いせなのか枕がずたずたにナイフで刺されて部屋中羽毛まみれになっていました」

「……え。ちょっとまって、それ、完全に意識がないの?」


「はい。だから、夢遊病かと」

「そんな激しい夢遊病聞いたことがないわ。何か覚えていることとか」

「うーん」

「とりあえず、体を見てみるからベッドにうつぶせになって」

「はい」

 リッツイ姉さんに体の隅々まで魔力を流してもらったが、別段体に異常はなかった。やはり、精神的なものなのだろうか。

「本当にジャニスの仕業かどうかもわからないわよね」

「確かにそうですが、私の部屋の中で暴れ回っても仕方のないことです。それに足の裏は汚れていましたし」

「じゃあ、記憶玉を使いましょう。ちょうど持っててよかったわ。今日はこれを胸につけて眠るのよ。そうしたら寝ている間のあなたを記録してくれるから。少なくとも夢遊病ならどこを歩き回っているかが分かるわ」

 リッツィ姉さんが自分がかけていたネックレスを私の首にかけてくれた。

 そうやらペンダントトップについている石が記憶玉のようだ。

「わかりました」

「そうしたら明日、また来るわ。その時に記憶玉を二人で確認しましょう」

「すみません。記憶玉なんて高価なものを貸していただくなんて」

「いいのよ。この先カザーレンに嫁いだらジャニスは親戚だもの」


 記憶玉とは一定時間のあいだの物事を玉に映像として残して置ける記録装置である。

 高度な魔術師しか使えないもので、記録した映像を再生するのも魔力量が多くないとできない。貴重かつそれを見るのにもリッツイ姉さんが協力してくれないと成り立たないものだ。

「ありがとうございます」

「フローサノベルドの結界があるのだもの、そこまでしか動けない筈よ。夢遊病だったとしても、ちょっとうろうろしてベッドに戻っているだけだから気を楽にね」

 そう言ってリッツイ姉さんは帰って行った。

 言われた通り私はペンダント型の記憶玉を胸につけて眠った。

 次の朝も少し悲しい気分で起きて、そして私の足は薄汚れていた。




「ごめんなさい……」

 翌日きてくれたリッツィ姉さんに、私は深々と頭を下げることになった。

 せっかく記憶玉の確認をしにリッツイ姉さんがきてくれたと言うのに、朝起きるとペンダントのように着けていた記憶玉が消えてしまっていた。

 どんなことをしたら失くすのか自分でも怖い。

「ジャニスのせいじゃないわ。安易に記録玉をペンダントで付けから落としたのよ」

「屋敷の周りは探したのですが、見つかりませんでした」

「今度は落としにくいところにつけましょう」

「そんな、高価なものなのに」


「いいわよ、そのくらい。気にしないで。気に病んでいるとしたらフローサノベルドのせいなんだからそっちに請求するわ」

「ははは。でも、どうして記憶玉を持ち歩いているんですか?」

「それは私くらいの美貌をもっていると、ね? いろいろと揉め事もあるのよ」

 目をそらしたリッツィ姉さんに男関係だな、と思った。

 まあ、しかしそれは置いといて、やっぱり私は夜徘徊していてどこかに落としたのだ。

 弁償すると言ったのだが、金額すら教えてもらえなかったので、きっと目玉が飛び出るほどの高価なものに違いない。

 もうこうなっては何としても寝ている間のことを記録して貰わないと、初めの記憶玉をどこで落としたのかもわからない。


「今度は落とさないように内ポケットに縫い付けてもらいます」

「そうね。じゃあ、また明日来るから」

「忙しいのに、すみません」

「いいのよ、私もジャニスが大好きだから」

 リッツイ姉さんを見送ってから、裁縫が得意なメイドに記憶玉をパジャマに縫い付けてもらった。

 彼女は腕によりをかけ、胸のポケットにクマのアップリケをつけ、片目を記憶玉がのぞくようにしてくれた。


 ――可愛いじゃないか。


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