第16話 コンニチワ! 監禁生活3
「よし、今度こそは」
胸についたクマのアップリケに手を置いて、いざ、就寝。
ちゃんとどこをほっつき歩いているか突き止めて、もう一つの記憶玉も回収しないと…。
そうして次の朝、胸のアップリケを確認すると、そこにはちゃんと記憶玉がついていた。
「今度は大丈夫だったわね」
「ええ。よかったです。これで前回お借りした記憶玉も見つかればいいのですが」
「に、しても可愛いわね、このクマ」
「ええ。とても……」
そうして慎重にアップリケを壊さないように記憶玉を取り出すと、カーテンを閉めて部屋を暗くした。
「さあ、始めるわね」
「はい」
どうか、変な行動だけはしないでくれ、そう思いながら記憶玉の映像が始まるのを見守った。
「……動き出したわね」
零時を回ったくらいに私はベッドから立ち上がったようだ。すぐに窓に向かうと……。
「予想どおり、ベランダから飛び降りています」
「どこに向かうのかしら。一目散に走っているわね」
「ええ」
そうして見守っていると結界ぎりぎりのところでどうにか外に出ようともがいている。
しばらくしてあきらめたのか、その場で丸まっていると誰かが近づいて来た。
「誰かきたわね。でも、結界を通ることができるのは……」
近づいてきた人物に気づくと私(だと思う)は起き上がり、飛びついた。
「フロー様……」
近づいてきたのはフロー様で持っていた毛布で私を包んだ。
『また……ダメじゃないか。部屋にいないといけないと昨日も言っただろ』
『一緒にいてくれるって言ったのはフローよ? あなたがいないと嫌よ』
私(仮)がフロー様に抱き着いている。
下からのアングルでわかりにくいが、とにかく密着して……フロー様の顔じゅうにキスを贈っていた。
「え……なに?」
再生してくれているリッツイ姉さんと驚いて目が合った。
そうして何が起こっているのか把握するために続きを黙って見る。
私(仮)は熱烈にフロー様にキスしてくっつくと頭を撫でてもらって、その膝に頭をのせてやっと落ち着いた。
今までの行動はまるで……。
『もうすぐ一緒に暮らせるようになるから、今は我慢してくれ。もう少しで片が付くから』
『昼間は会えなくても我慢してるわ。寂しいけど、ちゃんとまってる。でも、フローが心配なの。私がいないとあなたは泣いてしまうでしょ?』
『もう、泣かないよ』
『大好きよ、フロー、あなただけ』
『僕も大好きだよ、ニッキー』
フロー様がそう言った時に記憶玉の魔力が切れてしまった。
しかし、私が眠っている間に行ってっていることは判明した。
ニッキー……。
フロー様の声が頭の中に残る。
「……フロー様と会っていたんですね」
「あの、ジャニス」
「フロー様が私のことを、ニッキーと」
「ああ、うん」
「どういうことでしょうか。あれはまるで、犬そのものです……」
「もしかしたら、あなたの中に『ニッキー』がいるのではないかしら」
「私の中に?」
「そう考えると辻褄があうもの。昼間は、その眠っているとか」
「そう言えば、奇妙な夢を見るんです。そして目が覚めると寂しい気持ちになっています」
「うーん、ニッキーの感情に引っ張られているとか」
「そう考えると、しっくりきます。ずっと何かモヤモヤしていたのは、これが原因だったのだと思います。この記憶玉、お借りしてもいいですか? フロー様に確かめます」
「ジャニス……初めの記憶玉を取り上げたのはフローサノベルドじゃないかしら」
「こうやって会いにきていたなら、そう考えるのが妥当ですね」
「じゃあ、フローサノベルドはジャニスがこうやって会いにくるのを知っていて、なおかつ隠しているってことよね」
「そうなりますね。リッツイ姉さん、顔色が……」
真っ青になったリッツイ姉さんがガタガタと震えていた。
「ジャニス、あのね、そのフローサノベルドは、本当に、それこそニッキーにしか心を開いてこなかったの。本来の彼はとても冷たくて、留守中にニッキーに餌を忘れた使用人の舌を切り落として解雇したって聞いたわ」
「残忍なところがあるのですね。私は冷たく感じたことはありませんが」
「愛称で呼べないほど親戚の間では扱いにくい人よ? それが、あなたの前だけは違う」
「それはニッキーが私の中にいるから? 納得のいく理由ですね」
「あのね、実はニッキーが亡くなってフローサノベルドは禁忌を犯したのではないかって噂があったの」
「禁忌、ですか」
「ニッキーを冥界から呼び寄せる死者復活の魔法陣を組んだと」
「そんな、馬鹿な」
「その昔、闇魔術師が死者を蘇らせる研究をしていたという記述があるの。それはとても危険な魔術で封印されたそうよ。もし、ニッキーの魂を呼び寄せることに成功して、それが……」
「私に、入ったということですか?」
頷くリッツイ姉さんに私の頭の中も真っ白になった。その話と先ほどの記憶玉の会話……。
「もしかしたらフローサノベルドは」
「ニッキーに私の体を与えるために動いているのかもしれませんね」
「……」
そう言われれば、変な夢を見始めた時期がフロー様がニッキーが亡くなった後くらいというならぴったり合っている。
初めからフロー様は私にニッキーを重ねて見ていたんだ。
宿舎にいた時からおかしなことが起こっていた。もう、あの時から私はフロー様に会いに行っていたのかもしれない。
ストン、と今まで気にかかっていたことが腑に落ちた。
同時に、自分が少しでも『ジャニス』として愛されていたのではないかと期待していたことに気が付いた。
まさか。
でも、この胸の痛みは何だろう。
ほんの少し。少しだけだ。
あんな美青年に『愛している』と言われて心が揺るがない人がいるだろうか。
最悪だな。
フロー様が私が好きな理由が、ニッキーに似ているということだけであればそれでもいいかと思った。
少しづつ、本来の私を見て好きになってもらえればいいと思ったのだ。
でも、私にニッキーの魂を移そうとしているなら話しは別だ。
「どうすれば、この体をニッキーに受け渡さないで済むでしょうか」
リッツィ姉さんに問うと彼女は青い顔をしたまま私を見ていた。
「きっと、回避する方法を見つけるわ。ジャニス、時間を頂戴。禁忌の術を回避する術もあるはずよ。体を明け渡すなんてあってはならないことよ」
「この会話もニッキーにバレているのでしょうか」
「意識が同調するなら、もっとジャニスがニッキーを感じられたと思うわ。きっと昼間彼女は眠っているのよ」
「では、私とリッツィ姉さんにこのことがバレたことはフロー様には気づかれていませんね」
「気づいていればきっと記憶玉を取り上げるだけでは済んでない筈よ」
「気取られないように行動します。婚約も受理します。返事を延期していましたが、どのみち私の家からは断れる縁談ではないですから」
「受理したら、フローサノベルドの屋敷に行くことになるわよ?」
「色々と調べるなら好都合でしょう。それに、器として私が欲しいなら、傷つけたりはしないでしょう」
「ほんと、あなたは肝が据わっているわ。グリムライ王国の蜂は簡単に自分の体を差しださないわね」
「なんですか、グリムライ王国の蜂って」
「ジャニスの二つ名よ。容赦なく一番痛いところを刺すって評判よ」
「小回りが利くのが私の長所ですからね。そんな名で呼ばれるのは心外ですけど」
「とにかく、私も出来るかぎりサポートするけど、フローサノベルドは一族でも数百年に一度の逸材と言われている天才闇魔術師なの。気をつけて欲しいわ」
「リッツィ姉さんが協力してくれて私は幸運です」
「……ごめんなさい。本当にフローサノベルドが貴方の体にニッキーの魂を入れたとしたら、一族としてどんなに謝罪しても足りないわ」
「とにかく調べてみます。私に協力して不都合があった時は迷わずこの件から手をひいてください」
「馬鹿ね、ジャニス。私はあなたと友達だって思ってるわ」
「ありがとうごさいます」
私はリッツィ姉さんとハグをした。
大丈夫、私はきっと大丈夫。
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