第10話 闇魔術師のお友達1
それから後は問題もなく過ごして王都に戻った。なんだかわからないまま魔塔のエリート闇魔術師と友達になってしまったが、特に生活が変わるわけでもない。
騎士仲間のカメリアにどうだったか、と根掘り葉掘り聞かれたが、適当なことを言って濁した。
まさかフロー様とお近づきになれたとか、騒がれるに違いない。
任務も終わって過ごして三日後、久しぶりの内勤で事務所で書類と格闘していた。すると、ドタドタと足音が聞こえ、ドアが歪みそうなほど大きな音を立てて開いた。
バン!
「ど、どういうことだ! ジャニス!」
血相を変えて入ってきたのは上の兄だった。
ほんとガサツな人だ。
「どうしたんですか、アルベルト兄さん。大声なんか出して」
「お、俺は確かにリッツィとカザーレンの邪魔をしろと言ったが、カザーレンと仲良くしろとは言っていないぞ……」
「はあ?」
仲良くって、もう友達になったことを知っているのだろうか。
そうして手に握っていた、なにやら高価そうな手紙を私に差し出した。
しわくちゃなんだけど……。
「これが実家に届いた」
「社交パーティのお誘い?」
「カザーレン家からの正式なパートナーのお誘いだ。王家主催だぞ。うちから断ることはできない」
「警護では参加する予定でしたが、パートナ―?」
「フローサノベルド=カザーレンのご指名だ。父は卒倒し、母は歓喜で踊り出したそうだ」
「なんですか、その地獄絵図……。しかし、私をパートナーだなんて正気でしょうか。デビューだけはかろうじてしてますが、社交パーティなんて後は警護でしか参加したことはないですよ」
「いつもはリッツィがパートナーを務めていたはずだ。ジャニス、お前どうやってカザーレンと仲良くなったんだ」
「それには事情があって……『お友達』になることになったんです」
「お友達? お前なにか弱みを握ったのか? それなら兄としてその情報を引き受けるぞ?」
「なに気にサイテーなこと言いますよね。弱みを握りたいだけでしょう」
「そうともいう」
「はあ。しかし私がパートナーなんて現実味がありません。ドレスも無いので断ります」
私はフロー様にお断りの手紙を書いた。
私なんぞを連れて王家のパーティに出席するだなんて、恥をかきに行くようなものだ。
護衛にはなってもダンスの相手なんて無理だ。
だが数日後、仕事場を出た私を迎えたのは侯爵家の家紋の入ったピッカピカの馬車であった。
「ええと」
「さあ、ジャニス。君に似合う最高のドレスを作りに行こう。君のご両親にはもう承諾をとってある」
馬車から降りてきたフロー様がスマートに私をその中へと誘導した。
確かに手紙にはドレスも無い私にパートナーは務まらないと書いたが、買ってくれと強請ったわけではない。
「フロー様、私はドレスを強請ったのではありません。いつものように護衛に回りますので、パートナーには他の方をお選びください」
「ジャニスは僕の友達なのに冷たいね。今回はリッツィが行けなくて困っているんだ。助けてくれないか」
「なるほど……でも、フロー様のお相手ならすぐに」
「僕はジャニスに頼みたいんだ。だから、ドレスも贈らせてほしい」
これは断れないやつ……。
なんだかわからないけど、私にドレスなんて正気じゃないぞ。
まあ、いい。
どれだけドレスが似合わないかを知ったらフロー様だって諦めるに違いない。
「あの、先に言っておきますけど、私は腕の筋肉が凄いんです。だから、似合うドレスは皆無です。みっともない姿になるようでしたら他の方を当たって頂けますか?」
「……それは、似合うドレスが見つかったら喜んで僕のパートナーとして出席してくれるってことでいいかな?」
そういうことか? いや、そうではない気がするが……。
ドレスショップに私を連れて行っては肩を落とした母を思い出す。
頑張っても私が洒落たドレスを着るとまるで女装した男の人のように見えるのだ。
結局騎士の制服が一番私を女性らしく見せてくれるのだから不思議である。
さすがにその姿を見たらフロー様も呆れてお止めになるだろう。
王都でも有名なドレスショップに到着すると、予約していたのかすぐに私は店の特別室に連れていかれた。
「まあ! 素敵なお嬢様ですこと」
そこで奥から出てきたご婦人方に囲まれる。
助けを求めてフロー様をみると優しく微笑まれて部屋から出て行ってしまった。
いや、そうじゃない。
「マリー! 倉庫から祝祭の時の衣装を出してきてちょうだい。ナンシーは紅色の生地を持ってきて。ああ、それじゃないわ、こないだの最新のやつよ」
あれよあれよと下着姿にされてあちこちの寸法を計られる。
まさか、一から作るつもりではないだろうな……。
ショウウィンドウに飾られている既製品だって、恐ろしいほど高い値段なのに。
生地を体に当てられ、髪を軽く結い上げられる。
中央の机に座った夫人はずっと私を見ながらスケッチをしていた。
「お嬢様のスタイリッシュな銀髪と青い目にぴったりな生地です」
当てられた布はキラキラしていて、素人目にも上等なものと分かる。
だめだ、膝がガクガクしてきた。
いったいいくらいくらになるの……。
それからいろんなアクセサリーを合わされて、靴を履き替え、化粧までされた。
最終的に普段用だというドレスを着せられた。
「さあ、今日はこちらをお召しになってお帰り下さい。ああ、凛々しさと可愛らしさが何とも言えないバランスですね。きっとカザーレン様にも気に入ってもらえるでしょう。いらしたときの騎士服は包んで持たせますので」
「あの、このドレスは」
まさか、このドレスを着て帰れと?
確かにこのドレスは騎士服をアレンジしたようなデザインで、今までのドレスとは違っていい具合に私の体の線に合っている。
ゴリラにならなかったドレスなんて初めてである。
正直とてもいい。
これなら給料を注ぎこんでも欲しいとは思うけれど、なにせ桁の違う店なのだ。
どうする、一旦脱いで返すか。
ボタンに手をかけた時、目の前のドアが開いてフロー様が入ってきた。
「ジャニス!」
「フロー様」
「ああ、似合ってる。とてもいい。君らしさが際立ってる。僕は君の凛々しいところも可愛ところも好きなんだ。シモーネ婦人、このまま帰るので請求書は僕の屋敷に」
「かしこまりました」
「ドレスはパーティに間に合うように頼む。あとこのタイプの服をバリエーションで十着ほど色違いで作って、そちらは彼女のところに届けるように」
「えっ、ちょっと、フロー様」
「ジャニス、パートナーになってもらうんだ。このくらい受け取ってくれ」
「で、でも……」
「ローズブレイドのお嬢様。フロー様に恥をかかせてはいけません」
断ろうとすると耳元でフロー様のお付きの人に耳打ちされた。
それにヒッとなってフロー様を見ると、うっとりするような顔でこちらを見てきた。
これはあれだ。何度枝を放り投げられても文句言わずにとってこなくてはならないだろう。
それだけにとどまらず、お腹を見せないといけないかもしれない。
「フロー様、ありがとうございます。でも、十着なんて必要ありませんから」
せめて数を減らしてもらえないかと訴えるとフロー様が近づいてきて髪をとり、以前のようにキスをした。
その場の人々のどよめきが聞こえる。
恥ずかしくて死にたいが何も出来ず私は固まるだけだった。
これが、女の子扱いというものなのか!? どうしたらいいのかわからない。
「今後僕とのデートの時はプレゼントした服を着て欲しい」
「……」
それは、どういう意味で? ん? それより重大なことを見逃しているような……。
「では、このまま食事に行こう、ジャニスの好きなお肉だ」
肉と聞いてバッと顔をあげた時には何もかもが遅かったのだと悟った。
完全に肉につられてしまった。
そうしてフローサノベルド=カザーレンに恋人ができたという噂が瞬く間に広まったのだった。
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