第9話 任務はお手柔らかに8

 部屋に戻った私は先ほどの出来事を思い返して、枕に顔をうずめていた。

 なん……だ、あれ……。

 クリーム付いてるよ、パクッって……。

 どこの乙女小説だ。


 しかし、あの時の蕩けるように見つめるカザーレン様の顔とか、反則に違いない。

 絶対自分が美男子なのを知っているんだ。

 男の人なのに指だって細くて長くて、なんかセクシーだし、どうしてあんなことをしたのか理解できない。

 思い出しても耳が熱く頬が火照った。


 コンコン。

 私がベッドで悶えているとノックが聞こえる。

 ハッと何かあったのかと立ち上がってドアに向かった。

「ジャニス……今、いいかしら?」

「あ、リッツィ姉さん。どうぞ」

 やってきたリッツィ姉さんを部屋に入れると彼女はすぐに鍵をかけた。


「ちょっと、話しておきたいことがあるの」

「なんでしょう」

「あのね、私はフローサノベルドのことは小さいころからよく知ってるの」

「はい」

「彼はジャニスを気に入ってる」

「ええと……」


「本当に気難しいのよ。幼馴染の私には多少気を許しているんでしょうけど、今回みたいなフランクな感じじゃないのよ、今までは」

「え?」

「彼のことを『フロー』って呼べるのは家族だけ。今は彼の祖父母と私の両親だけよ。他にはそんな呼び方させないほどなの。だから私だって気を付けてフローサノベルドって呼んでる。ジャニスは特別なの」

「ですが、それはニッキーと私を重ねていて」


「今日確信した。ジャニスは本当にニッキーが人間になった理想みたいな人だってこと」

「はあ?」

「中身もニッキーそっくりなのよ。あなたが湖に飛び込んで楽しそうに泳いでる時なんて、フローサノベルドが涙流して『ニッキー』って言ってた」

「な、涙!?」

「外見だけで気になっているなら、様子をみようって思ってた。ニッキーが亡くなって、酷く落ち込むフローサノベルドに同じ犬種の子犬を飼おうって提案もされた。でも彼は子犬を見ても首を縦に振らないばかりかニッキーの代わりはいないって怒ったくらいなの」

「はあ……」

「亡くなったお母様が誕生日にプレゼントした子犬だったから、特別だったというのもあったけれど……、本当に代わりになるものなんてなくて」

 なんだろう、この感動できそうで全く感動できない感じ……。

 分かるのは同情はするが嬉しくない話ってだけである。


「ああ見えてフローサノベルドの心は繊細でボロボロなの。お友達でいいから彼を支えてあげてくれないかな?」

「えええ……」

 両手を握られて、断れるような雰囲気ではない。

「ジャニス……親戚一同、心配しているのよ」

「……お友達ですよ。お友達なら支えなくもないです」

「ありがとう! じゃあ、早速マッサージでもしてあげに行ってね!」

 それなら『フローサノベルドのところにマッサージに行ってきて』で済む用事なのに。

こんな話を聞いて、行きにくくなっただけである。


「……じゃあ、行ってきます」

「うんうん! お似合いだよ!」

「ちょっ……」

「あっ、違う違う! お友達! お友達ね!」

「まあ、それも恐れ多いですけどね」

「行ってらっしゃい」

 ニコニコしているリッツィ姉さんに不信感いっぱいの目を向けてからカザーレン様の部屋に向かった。

 本当に私がカザーレン様狙いだったらどうするんだ。

 侯爵のエリート闇魔術師なんて国から縁談決められていてもおかしくないのに。


 コンコン、とノックすると『誰?』と中から声がした。

「ジャニスです。ええと、今夜もマッサージしますか?」

 声をかけてドアの前で待つ。

 もしかしたら『今日はいらないよ』って言われるかも――

「ジャニス! 入って」

「……はい」

 僅かに頬を赤らめてカザーレン様が出てくる。

「今日は背中をマッサージして欲しい。ベッドで寝転んでいい?」

「はい。いいですよ」

 なぜかいそいそと手を引かれてベッドに誘導される。そんなに嬉しいものなのか。


「じゃあ、よろしく」

「あの、カザーレン様、仰向けでは意味がありません。うつぶせになってください」

「え、ダメなのか?」

「背中をマッサージするんですよね?」


「ああ……うん。先に一度抱きしめてもいいかと」

「抱きしめるのはちょっと……」

「い、今のなし! なしだから、帰ろうとしないでくれ!」

「……」

 なんで抱きしめられないといけないのだ。


「私はニッキーではありませんよ」

「うん……わかってる。すまない」

「あ、その、こちらもきつい言い方をしました。すみません。では、失礼しますね」

 うつぶせになったカザーレン様が悲しそうな声を出したのに焦る。

 ちょっときつく言いすぎてしまった。

 さっそく背中を押し始める。軽く、軽く優しくが鉄則だ。


「ジャニスにはフローって呼んで欲しいんだ」

「……その、友達なら」

「い、いいのか!?」

あれだけリッツィ姉さんに頼まれたのに、断れるわけがない。

「はい」

「じゃあ、さっそく呼んでくれ!」

「えええ……改めると言いにくいって言うか。また機会があれば」

「……」

 そして黙々と背中を押すけど気まずい。友達ってのも恐れ多いのに。

 

 しばらく背中を押しているとカザーレン様がモゾりと動いた。

「もういい。ジャニス、休憩しよう」

「ええと、はい」

 大してマッサージしたわけでもないのに起き上がったカザーレン様がお茶の用意をし始める。


「あの、私がします」

 慌ててついて行くと至近距離でカザーレン様が振り返った。うわっ、近くで見ても美形!

「ジャニスはお茶を淹れられるのか?」

「それくらいは任せてください。茶葉にお湯をかければいいのですから!」

「……いや、僕にさせてほしい」

 なんだか絶対的な拒否にあってしまい、すごすごとソファに戻った。

 苦手だとどうして見破られたのだろう。


「とてもいい香りですね」

 琥珀色のお茶が目の前に差し出される。

 私が感想を言うとカザーレン様がほほ笑んだ。

 なんだか背中がそわそわする。

 とても、いい香り。


「いい子だね、ジャニス。ほら、お菓子もお食べ」

「……はい」

 そうしてビスケットが出てくる。

 初めて食べるのになんだか馴染があるような気すらした。


 ――眠い。

 急に眠気がくる。疲れが出たのだろうか。


「あの、カザーレン様……」

「ジャニス、僕の名前は?」

「フ、フロー様……私、ちょっと眠気が酷くて」

「そう、じゃあ、部屋に戻って休んでいい」

「すみません、せっかくお茶を入れて頂いたのに」

「いいよ、気にしないで」

「では、失礼します……」


 カザーレン……フロー様に簡単に断りを入れるとフラフラとした足取りで私は部屋に戻ってバタン、キューでベッドで眠った。

 そうしてまた、朝は部屋のドア付近の板の間で目覚めた。

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