第8話 任務はお手柔らかに7
「たった二日で終わってしまいましたね……」
優秀すぎるカザーレン様のお陰でなんと調査が二日で終わってしまった。
行き帰りを入れて七日間、正味五日のはずがこれでは早く終わりすぎた。
リッツイ姉さんが魔塔に調査を終えたと連絡をいれてくれて、もう帰るのだと思っていたら魔塔からまだ帰ってくるなとお達しがきた。
「どういうことですか?」
「簡単に言うとあまり早く終わりすぎると他の魔術師がやさぐれて西の森の調査に行かなくなると言われたのよ。私もフローサノベルドも毎年来るのは面倒よ。魔塔長がきた時もわざと五日滞在して帰っていたって。湖も近いし時間をつぶして帰れと言われたわ」
「なるほど」
しかし、このメンバーで時間つぶしとか正気だろうか。
「私は湖のほとりで日光浴でもしようかしら」
「……では、お弁当と飲み物でも用意してもらいましょうか?」
「あら、ジャニス、いいわね。フローサノベルドはどうする?」
「僕も行く」
そう決まると屋敷の管理人に話をした。
管理人は心得えているようでお弁当を作ってくれた。
湖まで行くと避暑に来る人たちもいるようで、簡易の長椅子とパラソルが貸し出されているようだ。
本来なら西の森を避けて行かなくてはならないので、湖は徒歩で行けるような距離ではない。
けれども私たちは特別に通過できるために、少し歩けばすぐに湖に着いた。
「うわあ、綺麗ですね」
優秀な魔術師の後ろについて歩いて森をぬけると、思っていたより美しく大きな湖が目の前に広がった。
まだシーズンには早いからか、人が居ない。
湖の側の小屋に向かうと、管理人に三人分の使用料を払った。
パラソルは誰もいないので好きなものを使っていいと言われた。
「他のお客さんはいないそうですよ。どのパラソルも好きに使っていいそうです」
「まだ肌寒いからね……まあ、昼寝するにはちょうどいいわ。私はこれに決めた!」
二人に説明するとさっそくリッツイ姉さんはパラソルの一つに入って長椅子に座った。
「こんなに西の森が近いリゾートなんて大丈夫なんですかね?」
湖の向こうに見える西の森を見てカザーレン様に尋ねる。
すぐ近くに魔獣たちがいっぱいいるのだ。
「一般人は森には近づけないし、魔獣だってこっちには興味が無いよ。ここはきちんと毎年調査がはいるから逆に安心なんだよ」
「なるほど」
「カザーレン様もそちらの長椅子に座りますか?」
「……。ジャニスはどうするの?」
「私はせっかくなので泳ごうかと」
「お、泳ぐ? ジャニス、正気なの? 初夏とはいえまだ水は冷たいわよ?」
会話が聞こえていたのかリッツィ姉さんが驚きの声をあげた。
そりゃあ、水があるのだからもちろん泳ごうかと。
「大した冷たさではないですし、水泳はバランスよく体を鍛えられます」
「……水着とか?」
「いえ、持ってきておりませんし、少し重くなるでしょうが運動着でかまいません。なにかあったらすぐにこちらに戻りますからご安心を」
「あ、そうなの……」
二人は驚いていたが私が泳ぐことには反対しなかった。
軽く準備運動をして、大切なダガーを岸辺に置いた。
向こう岸までは五百メートルくらいだろうか。
実は泳ぐのは大好きだ。
ドボン、と飛び込むとそのまま向こう岸を目指す。
実家暮らしの時のバカンスは毎年祖父母の屋敷で、その裏に少し行けば海があった。兄たちと遠泳をするのが私の夏の過ごし方だった。
向こう岸について少し休んでからまた戻る。
二往復して岸に上がるとちょうどお昼時間のようだった。
「……ジャニス、お昼にしましょう。てか、貴方の体力どうなってるの」
「はい。ご用意しますね。体力? 湖は体は浮きませんが塩水のようにべたつかなくていいですね」
笑顔でリッツイ姉さんと受け答えをしてから着替えを持つと、湖横の脱衣のための簡易テントに向かった。
さっと着替えて戻ると二人が私をじっと見つめていた。
「どうかしましたか? こちらのテーブルに並べますね。飲み物はどうされます?」
「ええと、私はワインを頂くわ」
「僕は水でいい。それよりジャニス、こっちにおいで」
カザーレン様に呼ばれて行くと、肩にかかっていたタオルを外された。
彼が何かつぶやくとブワリ、と風が巻き起こった。
「うわ……すごい」
簡単にタオルで拭いていただけの髪が乾いていく。
魔法ってすごいなあ、とつくづく感心した。
「これでいい。次はブラッシング……」
「ありがとうございます!」
続けて髪を取られそうになったのを感じ取って、サッとカザーレン様から離れるとちょっとムッとされた。
ブラッシングってなんだ。やっぱり犬か。
でもにっこり笑って、水を手渡すと口を尖らしながら受け取ってくれた。
あ、ちょっと嬉しそう。
いくら私に愛犬を重ねて想っているとしても、許せることと許せないことがある。
それから食事するときもなんだかカザーレン様から視線を感じた。
落ち着かない気分になるのでやめて欲しい。
「口の端にクリームがついてる」
デザートを食べた後にカザーレン様の指がこちらに向けられて私の口の端をぬぐう。
私は何が起きているのか理解できずにそれをただ目で追っていた。
「ふふ、おいしかったかい」
ぬぐったクリームを口に運ぶカザーレン様に思考が固まる。
なんだこれ。
「フ、フローサノベルド、いくらなんでもそれはやりすぎじゃない?」
「え、なにが?」
不思議そうに答えるカザーレン様とリッツイ姉さんの会話が遠くに聞こえるような気がした。
ぐるぐると思考が回る……。
それからは日が陰ってきたので荷物を持って屋敷の方へ戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます