第7話 任務はお手柔らかに6
「用意はできたのか?」
二人でキャーキャーと話していると、階段を降りてきたカザーレン様が私たちに言った。
リッツィ姉さんを見て、気だるげに現れたカザーレン様を見る。
ゴージャス美女にクール系美男子。
年だって二十五歳と同じ年でいいじゃないか。うん。似合いだ。
カップリングはこっちでいい。
「ジャニス、考えていることが顔に出てるわよ」
「そうですか?」
確かにカザーレン様は私に好意を示す時がある。
でも、何か引っかかる。
考えるのは苦手だが、こういう時の『勘』は捨てたもんじゃない。
非常によくないものを感じる。
それからは徒歩で森を管理している夫婦が住む屋敷に着いた。
話を聞くところによると森には入れないが、外から眺めている分には問題はないらしい。
「早めに王都に帰れそうね」
「ああ」
森のゲート前で二人が立った。二人で魔力を流すのかと思ったが、片手だけ上げたカザーレン様がさっさとゲートを開けてしまった。
「さあ、調査を始めよう」
カザーレン様を先頭に森に入る。
魔力が濃いせいか肌がピリピリする。
前を行く二人は魔力が多いせいか平気そうだった。
さすが魔力の名門だけあって二人ともすごいな。
そうして数時間森を徘徊して危ない箇所がないかチェックした。
時々カザーレン様から視線を感じたが、受け流すことにした。
まだ私を犬扱いしたいのだろうか。
「そろそろ魔力が切れそうだ。屋敷に戻ろう」
カザーレン様の合図で今日の調査は終わり。
しかし、一週間かかる仕事の半分がもう終わっている。
屋敷にもどると管理している夫婦が食事を用意してくれた。
仲良く……という雰囲気ではないが三人で夕食をとる。
わざとらしく私にカザーレン様の話を振るリッツィ姉さんだったが、当の本人が『ああ』とか『さあ』とかしか言わないので話が続かなかった。
食後も二人は私に用事を言いつけることはなく、それぞれの部屋に別れた。
無理を言われることのないし、調査も楽に終われそうで今回の組み合わせはラッキーだった。
与えられた部屋でダガーを磨いていると、ノックが聞こえた。
ドアを開けるとカザーレン様が立っている。
「ご用事ですか?」
なにか言いつけることがあったのかと対応すると少しムッとした様子である。
「今朝から思っていたけど、ちょっと態度がそっけなさすぎないか」
「え?」
なにを言い出したのかわからなくてじっと見てしまう。そうするとカザーレン様が視線を逸らす。
なんなんだ、いったい。
「なにか不都合があるなら、最大限努力しますが……そうですね、マッサージくらいならできますが」
よくわからないが疲れて不機嫌なのだろう。
二番目の兄のトリスタンがいつも疲れると理不尽に私に当たってくることを思いだした。
「……マッサージができるのか?」
「はい。いつも実家ではさせられていましたから」
「じゃあ……頼もう」
「了解しました」
私がマッサージをすると言うと途端にカザーレン様の表情が和らいだ。
そんなことで機嫌が直るなんて。
手のかからないカザーレン様。
お疲れならマッサージくらいお安い御用だった。
ひょいひょいとカザーレン様の部屋に付いて行った私は彼をソファに座らせて肩に手を置いた。
うーん。
この筋肉質って感じでもなく、男って感じの体……兄たちと違って不思議だ。
「ちょっ……と痛い」
「す、すみません」
いけない、いけない。
あの筋肉だるまたちと同じように力を入れたら痛いはずだ。
ここは、母にするくらいに調節しよう。
「ええと、今日はお疲れさまでした」
「……お疲れさま」
「カザーレン様のお陰で早く調査も済みそうです。ありがとうございます」
護衛といっても後ろについて歩いているだけの私に比べて疲れているに違いない。
ここは盛大に労わないと。
「フロー」
「え?」
「フローでいい」
「あはは……」
まさか愛称で呼べって言うのか?
名前呼びとか無理だってば。
こうなったら名前を出さない方向でいくしかないな。
「そこの机の引き出しをあけてくれるか?」
「はい」
カザーレン様から離れるとベッド横の机の引き出しを開けた。すると、色とりどりの可愛い紙に包まれたお菓子が出てきた。
意外……甘いものが好きなんだ。
「……食べていい」
「食べていい……んですか。ありがとうございます。ええと」
「持ってきて」
「はい」
袋を持ち上げてカザーレン様に渡した。
いきなり食べてもいいと言われても恐縮してしまう。
すると包み紙を広げたカザーレン様がこちらに中身を見せた。
どうやら中にはゼリーが入っているようだ。
「ほら」
お菓子を持ってきた私をソファの隣に座らせて、ひらいた包みからカザーレン様がゼリーを摘まみ上げて私に差し出した。
しかしカザーレン様が摘まみ上げた指からゼリーを受け取ろうとすると、手を引かれてそれはかなわない。
なにがしたいのだと不思議に思っているとぐっとゼリーを口に押し付けられた。
「む、むぐぐ」
食べるとも言っていないので強引な態度に驚くがもっと驚くべきことは、私が手ずから食べることを当たり前のようにしてくることだった。
毒ではないだろうし、諦めて口を開いた。
甘いゼリーが口の中に入ってくる。
フルーツの香りが口の中に広がって、舌の上に甘酸っぱいゼリーがとろけていった。
「お、美味しい……」
その高級な味わいに思わず声が出ると、それを聞いたカザーレン様が私に嬉しそうに笑った。
と、とろけるような笑顔……。こんな笑い方をするんだ。
ドキン……。
吸い込まれてしまいそうな赤いルビーのような瞳。
陶磁器のようなシミ一つない白い肌。
薄く艶めかしい唇。
急に胸がドキドキしてくる。
こんな美男子にお菓子を貰って、笑いかけられるなんて私の人生にない展開なのだ。男には慣れている。
しかしそれには『筋肉だるまに限る』という前置きがあるのだ。
「全部、君のものだ」
もぐもぐ食べる私を嬉しそうに見ている。
君というのは私なのだろうか、ニッキーなのだろうか。
「あの、黙っていようかと思ったんですが失礼なことを聞いてもいいですか?」
「なに?」
……なに? ときたもんだ。なんだろう、この甘い感じ。落ち着かない。
「私をニッキーとして可愛がりたいのですか?」
ズバリ聞いてしまう。
亡くなった愛犬のことには触れない方がいいと思っていたが、こんな扱いをされるとは思っていなかった。
私の性格上、わからないことは聞いた方が早い。
しかし、そう声をかけた自分の無神経さを呪った。
「……そうかもしれないね」
見上げるとカザーレン様の目からこぼれた涙が頬を伝った。
まずい、これは。
な、泣かせてしまった。
どうしようとオロオロしても、どうすればいいかわからない。
私はソファから降りてカザーレン様の目の前で頭を下げた。
「私が無神経でした! すみません」
するとふわりと頭を撫でられた。
「髪の色も。目の色も君はニッキーと瓜二つなんだ。ごめんね、彼女が死んでから、もう何をする気力もなかったんだ。でも、君が現れた。まるで僕を救うように」
その言葉で動こうとした体を止めた。
やっぱり私と愛犬の面影を重ねていたのか。
かける言葉も思いつかなくて私はそのままカザーレン様の前に膝をついて頭を差しだした。
こんなにすごい天才魔術師も愛するものを失うことは大変なことなのだ。
「ジャニスがニッキーじゃないことは分かっているんだけど……」
その言葉に軽く頭を振った。
泣かせてしまったのは私だ。
この時、私はこの中性的な美男子の涙にすっかりほだされてしまっていた。
犬と人間が似ているというところからツッコミどころがあることに、その時はなんの違和感も感じていなかったのだ。
その日はカザーレン様をベッドに寝かせて、眠るまで手を繋いだ。
心の傷というものは目には見えない厄介なものだと思う。
自室に戻って私も眠ると疲れていたのかその日はいつも見る夢は見なかった。
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