第11話 闇魔術師のお友達2
あれから頻繁にフロー様にデートに誘われるようになった。
奢ってくれる食事はどれも豪華で美味しいし、もちろんフロー様の奢りである。彼自身も優しく接してくれるし、近頃はなんだかキラキラして見えてしまう。
恐るべし、中性的男子。
ダメだ、このままでは取り返しのつかないところにいってしまう気がする。
そわそわして落ち着かない気持ちを抱えた私はリッツィ姉さんのところへ向かった。
「なにか、見落としている気がするんです。なんか、こう、しっくりこないっていうか……」
「いいじゃない。私は二人は最高にお似合いだと思う。それに最近のフローサノベルドの幸せそうな顔ったら」
「でも、なにかモヤモヤとするんです。もちろんフロー様が私に優しいのは『愛犬への想い』というものが根底にあるのは分かっていますが」
「でも、フローサノベルドが元気になったのだからニッキーだって喜んでいると思うわ」
「ですが、なにか引っかかるんです」
「野生の勘ってやつ?」
「そうですね……だいたい似ているっていっても人と犬なんです。そこは越えられない種族の壁が」
「まあ、確かに。でも、ジャニスは逃げられないんじゃない? パーティのパートナーも引き受けてくれたのよね?」
「ああ、それも相談したかったんです。パーティのドレスにお出かけドレスが十着、アクセサリーに靴と、とんでもなく貢がれてしまってるんです」
頭を抱える私にリッツイ姉さんはケロッと言った。
「そんなこと? いい女が貢がれるのは当たり前。貰っておけばいいのよ」
……あああ、リッツィ姉さんは伯爵令嬢だった……その点はかなりの価値観の違いがあった。
「本当にリッツイ姉さんはその日はご用事なんですか?」
「うん」
絶対、嘘。
疑いの目を向けてもどこ吹く風の彼女にため息しか出ない。
そうして私はパーティの参加するために、週末は実家に帰ることになった。
「ジャニス! あなた、恋に落ちたんですってね!」
屋敷に入った途端に母が二階から転がり落ちるように現れた。
大興奮である。
その後ろからは渋い顔の父。
こちらは天敵闇魔術師からのお誘いにあまり気分がよくないようだ。
「恋には落ちておりませんが、パーティのパートナーは頼まれています」
「あの、カザーレン侯爵家の美男子だなんて、夢みたい! 素敵! はあ、イケメン!」
「はあ……」
「ドレスだって、高級品がオートクチュールで届いているわよ! しかも宝石も特注品! 私のジャニスを見初めるなんてなんてお目が高いのかしら」
まって、ああ宝石も特注なんて聞いてない。もう、いい加減にしてくれ……。
「奥様、お嬢様のご準備を整えないと……」
「ああ、そうね。ジャニスをめいっぱい綺麗にしてあげて頂戴。さあ」
テンションマックスのこんな母を見たのは初めてである。
よほど興奮しているのだろう。
目の下に隈ができていて怖い。
ここはアレコレ問い詰められる前に退散した方がいい。
メイド長について部屋に向かおうとすると、父が私の方へやってきた。
「ジャニス……あんな、ひょろっこい男でいいのか? 地位……はあるが、金……もあるが、見た目もいいが……いや、そんなことより、何より、筋肉がないんだぞ!」
「それは求めてません」
悲壮な顔をして何を言うかと思えば頭が痛い。
「ジャニスぅううう」
何がしたいのかさっぱりわからない。
「旦那様……邪魔です」
メイドたちに冷たくドアを閉められて、外から父の泣き言が聞こえている。
しかめ面をしているとメイド長が私をさっさと風呂に押し込んだ。
私を浴槽に浸からせると、何やら高そうな石鹸を泡立て始めるメイドたち。
確かにいい匂いかもしれないが、こんなにきつい匂いをさせたら相手に気取られる。
「石鹸はいつもの匂いを押えたものにして。でないとここから出るわよ」
「でも、奥様がわざわざ取り寄せた品物なのですよ?」
「私は騎士なのよ?」
「お嬢様は騎士として出席されません。ローズブレイド家長女としてカザーレン侯爵家のフローサノベルド様のお相手として参加なさるのです。ご自覚くださいませ」
「別に、今更磨いたところで仕方ない。とりあえず清潔であればいいから」
「何をおっしゃいます、お嬢様! 私が腕によりをかけてお嬢様をパーティ一番の美女にしてみせます」
「いや、それができたら別人……」
もはや私の話を聞く人間は一人もおらず、結局バラの香りの石鹸で隅々まで洗われて、髪にも念入りに香油を垂らされた。
「まだ?」
念入りに髪を乾かし、くしで梳かされて、もう二時間は経っただろうか。
騎士服ならもう会場で配置についていてもおかしくない時間である。
「これから髪を結って同時に爪のお手入れに入ります。その後補正下着をつけて頂きます」
それってまだまだってことよね……。
「ドレス……いつ?」
「ほほほほ。カザーレン様からの贈り物を早く身に着けたいお気持ちは分かりますが、美しくなるため、耐えてください」
「……」
ドレスを着てパーティに出るだけでこんなに支度が大変だなんて、世の女性はなんと強いことか……も、死にそう。
「しかし、お嬢様の肌、昔の傷ももうわからないくらいになっていますね。やっぱりお城で魔術師の治療を受けられたのですか? いい心がけです。心配していたのですよ、お兄様たちみたいに傷は勲章だ、なんて言って残しておられたのですから」
「え? ちょっと、見せて?」
いや、未だに勲章だと思っている。
傷跡を消す治療は受けていないのに。
手鏡を貰って背中全体を写した鏡を見ると、言われたように傷跡がきれいさっぱり見当たらなかった。
ガーン……。
「ドレスは肩が見えるタイプなので傷が綺麗になっていてよかったですね」
良かったと言われればそうだけど、残念な気持ちもある。
数々の武勇伝が……。
私の歴史が……。
治ってしまったものは仕方がないけれど。
でも……くうぅ。
「これなら髪は半分結い上げましょうね」
「いたた……」
「我慢なさいませ」
そうして髪を結い上げられ始めた。
もう寝てしまおうと目をつぶると、用意が進まないと揺さぶられ、居眠りすら許されなかった。
せめて骨だけ拾ってほしい。
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