03-03「Jane Doe」




「『――リサ。久しぶりだな。この間の合同セラピー以来か』」

「あァ、ご無沙汰だ、ダリルの旦那。調子はどうだい?」


 もうセラピー受けてるじゃん。


「『平和なもんさ。ここしばらくは、どいつもこいつもサマーキャンプの学生くらいにお行儀が良い。おかげで、俺たちは点数も稼げずにおまんま・・・・の食い上げだ。次の査定は期待できんよ』」

「だろうな。あたしの方も似たようなもんだったんだが――実は、臨時収入が飛び込んできてね。あんたにも、おすそわけをくれてやろうと思った次第さ」


 ちらり、とわたしに眼を遣るリサ。

 いたいけな後輩をつかまえて、その言い草はどうかと思う。


「『ほう。本当にうまい話なんだろうな? この前はお前の口車に乗ってえらい目に遭ったんだが……』」

「あたしの優しさが信じられないってんなら、よそを当たるしかないな。残念だ。実に残念」

「『待てっ、分かった。お前がうちの車輛を二台もスクラップにした件は忘れてやる。話を聞こう』」


 わざとらしく電話を切ろうとしたリサが、こちらに向かって指を立てる。

 これを優しさというなら、世の中の大半は善意に満ちていることになるだろう。


「『それで? どんなネタをおごってくれるってんだ?』」

「殺人犯。それも、マフィア同士のいざこざだ。次の査定に向けて、一発逆転タッチダウン確実」

「『マジに大量得点のチャンスだな。いいぞ。詳しく話せ。何を掴んでる?』」

「実は、目撃者を保護しててね。そのおかげで、さっき襲撃を受けたところさ」

「『何っ? それで、状況は? そいつは生きてるんだろうな?』」

「あたしがそんなヘマをやるかい。きっちりかっちり、ぴんぴん・・・・してらァ。ついでに、使い走りの下っ端を四人ばかし捕まえてある。たぶん中華系マフィアだ。学園警備局の話じゃ、ひとり顔が割れてる。調べてくれ。えーっと――張三成、だ」

「『ちょっと待ってろ。署のデータベースを当たらせる』」


 電話の向こうで、キャスター付きのチェアが床を転がる音が聞こえた。

 ダリルとやらが、部下を呼びに行ったのだろう。


「これで、半分は解決したも同然だ。どっかの馬鹿が、ACAPのコンピューターにドーナツの砂糖か、ピザのチーズでもこぼしてない限りね」


 空になったスティック・シュガーをゴミ箱に放ったリサの調子に、わたしもそろそろ話の方向が見えてきた。


 銃には銃を。マフィアからの追跡をなくすために、リサはAPを使って狼と虎を争わせるつもりなのだ。

 いくら極悪非道の犯罪者集団とて、銃火器で完全武装した軍隊もどきとまともにかち合えば、ひとたまりもないだろう。

 仮にマフィア側の抵抗が激しく、五分の勝負に持ち込まれたとしても、それはそれで、わたしの方に注意を向けられる状況ではなくなる。

 税金払ってる甲斐があった。

 待っている間、わたしの目撃した一部始終を伝えていたリサの説明がひと段落したところで、ダリルが声を上げた。


「『いたぞ。つい最近この町にやってきた連中のひとりで、〝黄地会〟を名乗ってる大陸組織のメンバーだ』」

「聞いたことない。田舎もんが、初めての海外旅行ではしゃいだってところか?」

「『向こうじゃ、それなりに名の通った連中らしいがな。揉めたってのは、新参にも仕事を分けてやろうっていう、この町のあくどい・・・・やつらのお決まりだ。悪党同士が仲良くなるレクリエーションと言えるだろう。当然、三回に一回は話がまとまらなくて銃を打ち合う。どうしようもない輩だよ』」

「組織の潜伏先は? もう分かってるのか?」

「いや、まだだ。だが、おそらくしののめ川の埠頭近くだろう。新参者は、持ってきた手土産と一緒に川縁かわべりに放っておかれるのがルールだからな」

「割り出しは時間の問題、と。それで? 犯罪組織の増加と、積み荷の流通を未然に防げる。ついでに、いたいけな市民の生命も守られる。パスは受け取ってくれたか?」

「……よし。分かった。あとは俺たちがゴールラインまで運ぶ」


 指を鳴らしたリサに、わたしも安堵の息が漏れた。

 リサが護衛に付いてくれているだけで心強いのに、さらに強力な助っ人だ。

 ひとりで布団に包まって震えていた時を思えば、比べ物にならないくらいわたしの未来は明るくなりつつある。


「詳しい場所が分かったら連絡する。学園にも何人か護衛に回そう。――それと、踏み込む時は、お前も来てくれ」

「了解。それくらいは、見届けるよ」


 二、三やりとりをしてから、リサが電話を切る。

 腰掛けていたテーブルを降りて、わたしの肩に手を遣った。


「これで、万事ACAPがうまくやってくれる。あんたの悩みが解決するまで、ふたりでラブコメドラマでも見てればいいだけだ。そうすりゃあ、追手も消えて、平和な学園生活が戻ってくる。素敵だろ?」

「最高っす。……全部、リサ先輩のおかげです。あなたがいなかったら、わたしはとっくに息をしてない」

「なに、これが仕事だしね。かわいい後輩の世話を焼けて、あたしも満足さ」


 見上げて言ったわたしに、リサが照れ隠しなのかジャケットのポケットに手を突っ込む。

 ひと通りポケットの中をまさぐってから、先ほどのスティックが最後の一本だったのを思い出したようだ。

 シュガー・ジャンキーの先輩は、砂糖が切れると中毒症状が出てしまう。

 すでにドアの傍で立っていたエイブリーに目配せをして、決まり悪そうにリサがそちらへ足を向けた。


護衛の態勢について・・・・・・・・・、エイブリー女史とちょっと廊下で話してくる。ついでに、スナックか飲み物でも買ってくるよ。すぐそこの自販機だ。何かあったら――」

「あったら?」

「――大声で叫べ。すぐに来る」


 思わず半眼になったわたしにウインクをくれて、リサとエイブリーが部屋を出る。


 気が抜けたからか、どっと疲れが押し寄せてきた。

 身体の要求に従順に、簡易ベッドに倒れ込む。

 視界の端に映った窓の外では、すっかり夜が訪れていた。




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『The Witness――見てしまった乙女――』 龍宝 @longbao

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