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 モアが腕に収納しているスマホを取り出す。んだよな。腕に人差し指でピッと線を引くとスマホがにゅっと出てくる。そういうところは人間離れしていて「そういやこいつ宇宙人だったな」と再確認してしまう仕草だ。

 このスマホは『ものすごく遠い星』で製造されたものだと聞いたけど。


「技師長が作ったものだぞ!」

「ああ、あの笑いのツボがズレてるヤバそうな人」

「ふむ? ……何やら誤解しているようだが、技師長は地球のスマホを分析してこちらのスマホを作り出したり我を地球の大気に最適化させたりと、才能に満ち溢れた狂気のマッドサイエンティストだぞ!」

「やっぱりヤバい人じゃん」


 城のどこかに電子機器の生産地がある、と言われても今更驚かないな。めちゃくちゃ広いからさ。モアと二人で行動してなかったら余裕で迷子になっている。今度俺のスマホに城内の地図を入れてほしいぐらい。

 というか、スマホを作れてモアの肉体をいじれて、って、の一言で済ましていいの? だって、機械工学と医学と、に精通していることになるじゃん?


 何気にこの星の技術力、すごくないか。


 こんなにでかい城を建てるのにも相当の技量が必要なわけだし。建築学。人類が成し得ていない惑星間の往来を実現できている時点で人類を超えてしまっているとも言えるけど。宇宙工学。逆にここまで発展していて、人類から学ぶべきことってある?


「あるぞ!」

「例えば?」

「この星をより発展させるための、違うな、皆がより心を豊かにして生活していくための娯楽や、食文化など」

「さっきまで仮装大会してただろ」

「そうそう! そういう、この星に住まう生命体が笑顔になれるものを学んでいかねばなるまい」


 モアはにかっと笑った。

 衣食住足りてなんとやら、かな。


 一芸披露、そういう意図でやっていたのか。そこまでは読めなかったな。言われて思い出せば、確かにあの時間、皆は笑顔になっていた。俺もわからないなりに面白かったし。

 ツキウサギのみたいな、内臓取り出してこんがりジューシーに焼きましただけの料理ではなく、より高度な調理法について学ぶことでもれなく幸福が実現するような。


「スマホで何してんの? その、フランソワさんに会う前に『今から行きます』みたいな?」


 モアは城の中を歩きスマホしながら移動しているけど、覗き見防止フィルターでも付いてんのか、俺からはその画面が見えない。画面をタップしたりスワイプしたりしているから、メッセージでも送ってるんじゃあないかと予想して、聞いてみる。


「そうか。それも送っておかねばな」


 ということは違うのか。事前に連絡せずに来ても許されるような間柄ならいいけどさ。地球人的な感覚なのかもだけど、前もってアポ取っておかないと。部屋掃除したりお菓子用意したりとかしないとなんだか失礼じゃん。モアとフランソワさんがどういうご関係なのか存じ上げませんけど?


「我とフランソワか?」

「俺も知っている人で、ってなると、それこそ弐瓶教授の研究室の人たちとか、隣の篠原家の方々とか、ぐらいしか思いつかないけど、ここにいるわけないし」

「大王様からは『兄妹きょうだい』と言われたぞ!」


 兄妹。モアってお兄さんいたの……初耳だよ。ああ、でも、なんか、言われてみるとって感じするかも。モデルにした十文字零さんが二人目だからかもしれないけどさ。あっちも五代英伍さんっていう兄がいるし。


「お兄さんいたの」

「うむ。話していなかったな」

「モアのお兄さんってことなら、俺にとっては義理の兄になるわけだし、挨拶はしておきたいけど」


 ずっと引っかかるのは、俺の知っている人だというモアの言葉。

 兄の存在を今知ったのにさ。


 知っている人だけど、モアの兄だと思ってはいなかったとか……モアが十文字零さんの姿をしているように、他の『ものすごく遠い星』の生命体でモアの兄にあたる存在が俺の知り合いの姿をしているとか……?


「よし、レポートを書いたぞ!」


 考えを巡らせていたら、歩きスマホしながらしていた作業が無事に終わったらしい。

 レポート? ってなんだ。地球でもレポートは書いてたけどさ。こっち来てまでもやることじゃあないよな。あれはモアがちゃんと地球を侵略しているかどうかを報告するためのものだったわけだし。


「このシーンに戻って来られるようにとでも言っておこうか」

「ゲームみたいなこと言うじゃん」

「うむ。生とはやり直しのできないゲームという言葉もあるからな。――我は生ではないのだが」


 俺がもし、人生をやり直せるんだとしたら、――なんて、実現不可能なことを願っても仕方ない。起きてしまったこと、いや、起こしてしまったことは、取り返しのつかないもので、だから、俺は、


「ここから外に出るぞ!」


 ん、ああ。

 え、外?


 モアについていっていたら、城の大広間っぽいところにいた。豪奢な装飾の扉があって、モアはその扉に手をかけている。歓迎会は宇宙船が到着した中庭で開催されていたから、俺はまだ外の様子を見てもいない。


「こんなでかい城なのに、ここには住んでないの?」


 日本の全人口が住んでもまだ空き部屋がありそうなのに。

 ちょっと言い過ぎか。


「我も、ここに住めばいいのに、と思うぞ。城には何でもある。食堂に行けば、好きな時に好きな食事を用意してもらえるし、フランソワなら共同部屋ではなく一人部屋だろうし」


 共同部屋。……俺とモアが二人で暮らすことになる部屋も、日本人の感覚ならファミリーサイズだし、他の人たちは何人かで生活してるんだろうな。たぶん。これから他の人たちと仲良くなれば聞けるかな。モアのメンツもあるし、俺がやらかして追い出されるようなことはしたくない。この星でも、うまくやっていきたい。


「タクミから言ってくれれば、フランソワもこっちに住んでくれるぞ!」

「そううまくいくかな」

「フランソワは我と同じく、タクミを愛しているからな」


 ますます誰なんだ。

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