第4 1隧ア縲?蠅楢穀繧峨@


 城の外は草原が広がっている。


 道という道はないのに、モアは迷うことなくずんずんと進んでいく。すると地平線を越えた先に、海があった。モアのような生命体がいるのだから、まあ、水はあるんだろうなとは思っていたけど、城からは見えなさそうな位置にあるんだな。


「タクミ」


 海を一望していたら、モアにちょいちょいっと手招きされた。ちなみに住居らしきものは見当たらない。どこまでも青く澄んだ――写真でしか見たことないけど、沖縄とかハワイとかそっち系の南国の海って感じだ。


「フランソワの家は、海の底にあるぞ」

「へぇ?」


 モアは周りから〝タコさん〟と呼ばれているし、その〝タコさん〟のお兄さんだってなら海の中に住んでいてもおかしくはないのか。……南国の海にタコはいねェだろ。そんなに生物学詳しくないけどさ。


「だから、


 沈む?

 潜水するってことかな?


「行くぞ!」


 モアはぐいっと俺の右手を引いて、海に向かって駆け出す。行くぞ、って、俺、水着にもなってないし。というか、海女さんじゃあないんだから長く潜っていられることもできないんだけど?


「心配せずとも、


 そのままバシャバシャと波を踏みつけながら進んだ。海水が肩の位置まで迫ってから、怖くなって息を止める。モアの頭は、すでに海中にあった。


 考えてみれば、宇宙空間でも地球上と同じく呼吸ができている。

 だから、水の中など今更何だという話か。


 俺はモアに導かれるまま、海中に身を沈める。冷たくも温かくもない。周りが空気なのと同じ。口を開けても、その水は入ってこない。目を開けても痛くはない。


 陸上にいるのと同じように、海底に足をつけて歩いている。


「水中散歩だぞ!」


 モアが喋ると、その言葉は泡に包まれて、俺の元に届いた。もしこの泡を途中で弾いたら、なんと言ったのか伝わらないんだろうか。なんだか面白い。


 岩場には海藻が生い茂り、穴から顔を出した小さな赤い魚がこちらを物珍しそうな目で見ている。モアが左手で水をかきつつ「おいでおいで」と言っているようだけど、泡がその魚に届くと、穴の中に引っ込んでしまった。モアは口をへの字にしている。おもんないと思ってんだろ。


 この星に住まう多くの生命体が城で暮らしているから、海で過ごしている魚たちにとってのモアは警戒すべき存在なんだろう。獲って食べられてしまうかもしれないし。歓迎会で出された料理には、先ほどの赤い魚を素揚げしたようなものがあった気がする。俺は食べなかったけど。見たことない魚だからってのもあるし、腹壊したら嫌だしさ。


「あそこに見えるのがフランソワの家だぞ!」


 モアが指差した先にのようなものが見える。ただ、一般的な蛸壺のサイズじゃあない。めちゃくちゃ大きい。遠近法がバグってるんじゃあないかってぐらい。


 普通に歩けてしまっているから感覚として地上と変わらないけど、こんなところで生活していて不便じゃあないだろうか。まさか水の中で火は使えないだろうし。いや、こういう状態だから使えんのかな。


 とはいえ、だ。モアの言うとおり、城で暮らしたほうがよくないか。魚ばっかり食うわけにもいかないだろ。海藻はあるけど、そればっかりでも飽きるだろうし。


「フランソワは好んでここに住んでいるが、タクミの通り、我はフランソワの体調も心配だぞ」


 水の中だろうと俺の心が読めるのは変わらないらしいな。モアはこう、喋っているけど、俺はまだ口を開けて自分の言葉を発してはいない。だいぶ深いところまで来てしまって、見上げれば海面が遠くにある。万が一にでも口の中に水が入ってきたらと思うと気が気じゃあない。


 こんなところで溺れ死にたくはない。


「フランソワには長生きしてもらって、


 その発言は聞き捨てならないな。

 ちょっと突っ込んでもいいか?


「こ、ここではしないぞ! タクミのハレンチ!」


 何を想像したのか、モアの顔が真っ赤になる。前世の俺とはヤりまくって妊娠したらしいけど、なんでこう、今世はウブっていうか、そういう反応するの? 可愛いからいいけど。恥じらいもなく風呂にズカズカ入ってきていた頃が懐かしい。


 野外プレイの一種になんのかな水中って……前人未到すぎるな……。そもそも人間は水中で呼吸できねェし。


「えっち!」


 なぜか頬を叩かれた。水の中だからかあんまり痛くない。地上だったら吹っ飛んでたかもしれない。水中であることに感謝しよう。


「フランソワぁー!」


 あんまりダメージが入らなかったせいか、そのフランソワさんに泣きつかんとして、モアが急に全速力で走り出して俺の身体が引っ張られる。うおおおおお。身体が水にたゆたう。地上との違いが出てきた。そういう浮力みたいなのはあるんだな。


 というわけでフランソワさんのお宅に


 到ち


 ……え?


「フランソワぁ!」


 モアがひしと抱きつく相手。その相手こそが、フランソワさん、だよな。俺たちが会いたかった相手。俺がよく知る、その人。


「離れてくださいませんか?」

「兄妹の感動的な再会だぞ!」

「アナタを妹と認めた覚えはございませんゆえ

「大王様が妹と言っていたのだから、我はフランソワの妹だぞ!」

「大王様はですね、アナタとおれの大きさを比べておれのほうが大きかったが故に兄と誤解なされただけでして」

「ならば、我とフランソワはどういう関係?」

「そうですね。今は、――といたしましょうか」


 あ

 あああああああああああああああああああああああ


「タクミ? どうした?」


 どうして


 どうして


「ふむ」

「どうしましたかタクミ。おれはアナタの父でしょう?」


 違う!

 違う違う違う違う違う違う違う違う!


 あいつは、


 あいつは、事故で、


 事故で、


「フランソワ」

「?」

「タクミの父の姿なのはよくなかったかもだぞ」


 事故で死んだんだ。真尋さんとひいちゃんを巻き込んで、不忍池に突っ込んだ。なのに、どうしてここにいるの?


「おれは隼人と共にタクミを育てたのだから、この姿で会うのが自然では?」

「タクミには話してあったか?」

「それは、……隼人からバラすなと念押しされていまして」


 なんで

 なんで


 モアと俺の父親が

 アイツが


「ふむ?」

「隼人も隼人で、意地っ張りで見栄っ張りでしたし」

「我は、その、隼人とやらには会ったことがないからな……」


 助けて


 助けて


 助けて


 助けて


 助けて


「タクミがかつてなく怯えているぞ!」

「ふーむ? おかしいですね。おれは隼人として、タクミを愛していたのですが」


 なんでモアと、俺の父親が、知り合いなの?

 俺の父親って本当は宇宙人だった?


 そんなわけないだろ。

 おかしい。


 何かがおかしい。


 何が

 どうして


「どこからやり直すんです?」

「城の中でセーブしてあるぞ!」

「……なるほど?」


 どうして

 ねえ


 モア


 こいつは何者なの


「本当はフランソワからタクミに、参謀へ協力するよう頼んでもらおうとしていたのだぞ」

「おれから言わなくとも、参謀ならうまくやってくれるでしょうに」

「それもそうだな!」


 さっきから

 二人は何を話しているの


 わからない

 わからない


 わからない


愚妹アンゴルモア、本当の狙いはなんですか?」

「む? さっき言ったのと、タクミの元気な姿を、フランソワに見せたかったからだぞ?」

「他にもあるでしょう? どうせのなら、ここで白状したらどうです?」

「フランソワも疑り深いなぁー」

「……おれとアンゴルモアアナタ非道ひどいのはどっちでしょうね」



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