☆縺翫∪縺医?隱ー縺?  〈後編〉

「参宮くん、独立しない?」


 かれこれ四半世紀勤続していて、オーナーの頭髪もだいぶなくなった。勤務明けに「飲みにいこう」と誘われたので、へいへいとついて行ったら、お通しとおしぼりをいただいたタイミングで〝独立〟を持ちかけられる。雇われ店長の座を退き、現場からも離れるのかあ。言われて「はあ……」と考えてみれば、若い頃よりは動けなくなった。かつてはできたはずの無茶ができない。疲れが抜けきらず、事務所で発注画面を見ながらうとうとしてしまう日が増える。


「年寄りは引っ込んでろって話ですか」


 嫌味としては受け取られなかったようで、オーナーはガハハと笑い「独立して、名実ともにとしてやってみたらどうか、という提案だよ」と言って、タッチパネルで中ジョッキを二つ注文した。オーナーになるには研修を受けなければならなくて、他にも開業に向けていろいろと準備しなくてはならない。今のシフトの状況なら、行けなくもないか。


 オーナーねえ。


「最初の一年は大変だろうが、軌道に乗ればあとは僕のように人が足りなくなったら入ればいい。参宮くんがやめて店を持つって言ったら、ついてきてくれるスタッフもいるんじゃないか? ほら、副店長の宮下くんとか」


 前に宮下のほうから「参宮さんがオーナーになったらオレ店長やるんで」と言ってきたな。そのときは忙しすぎて気がおかしくなったかと笑い飛ばした。ここにきて現実味を帯びるか。

 他にも何人かの顔が思い浮かぶ。中にはやめてしまったやつもいるが、おれから連絡したら空いているシフトに入ってくれるような気のいいやつや、本業をしつつ気晴らしにレジを打ちに来てくれそうなやつ。


「興味出てきた?」

「案外いけそうな気がしてきました」


 底をつきそうだった貯金は大幅にプラスになっている。フランソワが専業主のように家事をこなしてくれて、おれは仕事のことだけを考えていればよかったからだ。オーナーからの勧めで車の免許を取って、ローンを組んで車も買った。暇があれば運転している。なんで急に免許なんて、と思ったものだが、このときすでにオーナーの脳内にはおれの独立プランが練られていたのかもわからん。


「そうかそうか。……今日はこの話と、もう一件あってな」


 オーナーは満足げに頷いてから、個室の扉を開けて中ジョッキを持ってきた店員さん、の後ろに佇む二人組を「入ってきていいよ」と手招きする。茶髪で、色素が薄くて背の低い女性と、紫がかった髪をツインテールにしている女の子。


「紹介しよう。八束真尋やつかまひろさんと一二三ひふみちゃん」


 紹介されて「四方谷真尋よもやまひろです。初めまして」と八束だか四方谷だかどっちかの真尋さんはお辞儀した。隣の女の子もマネしてペコリとする。だいぶ若く――うちの拓三たくみと同じぐらいに見えた。


「名字戻したの?」

「あのひとの名字を名乗りたくなくて、初めましての人には四方谷で通してます」

「ああ、そうだね……申し訳ない」


 何やら事情があるっぽい。おれは一二三ちゃんの方を見る。母親に連れられてきて、所在無げに天井やら壁やらに視線をキョロキョロとさせていた。母親にしては見た目の年齢が。実はアラフォー……美魔女?


「参宮くん、さんと付き合わない?」

「はあ」


 二回も女さんのワガママで離婚しているので、もう独り身でいいやと思っていたらこれか。オーナーは仲人として「彼女、元旦那から逃げてきてね。大変らしいんだよ」とおれに押し付けようとする。オーナーには奥さんと息子さんと娘さんがいるもんな。


「助けてください!」


 真尋さんに泣きつかれて「う、うん……?」と首を傾げてしまう。

 おれ、その件には関係なくない? あれ?


「おとうさん!」


 決定事項みたいに、一二三ちゃんがおれに抱きついてきた。本気で言ってる?

 オーナーも「よかったよかった」じゃないんだわ。


 いやまあ、そうね、そういう事情なら、真尋さんから三行半みくだりはんを突きつけられることもない……よな、たぶん。三行半って夫から妻にだっけか?


「よし、今日はパーっと食べようか!」


 オーナーは明るく言い放ったけども、おれにはがあるにはあるから、苦笑いで応じた。


 拓三のことだ。


 拓三は来年には大学を卒業する。おれでも名前を知っているような大学に現役で合格して、留年していない。すげえ。天才かもしれない。そんだけ頭のいい子だからてっきり就職するもんだと思い込んでいたら、大学に行くんだと。


 そんなに勉強してどうするのか。って思っちゃうのはおれが高卒だからか。いい大学を出て、いい会社に勤める。それこそが絶対不動の成功の道だろうに、意味がわからない。


 行きたいなら勝手に行けよ。

 おれは金を出さない。


 さっきとしたが、相反あいはんして杞憂かもしれないとも思うのは、拓三ももういい大人だからだ。おれが22歳の頃にはオーナーの下で働きまくっていた。おれより賢い拓三が、一人暮らしできないわけがない。一人でやっていけないのなら、テキトーな女さんを捕まえて金を出してもらうなりすればいい。


 真尋さんと一二三ちゃんを連れて家に帰ったときから、計算が狂った。


 一二三ちゃんが拓三のことをえらく気に入る。おにいちゃんとして。でも、拓三が一二三ちゃんを溺愛し始めた。一二三ちゃんから拓三への想いは、あくまで年上の家族に向けてのもの。拓三から一二三ちゃんへの感情は、崇拝の域にある。一二三ちゃんこそが、自らを救ってくれる使だと盲信しているようで……どうしてこうなった。


 そんなだから、二人を引き離せない。

 真尋さんもドン引きしている。


 それ以前に真尋さんは拓三から「おかあさん」と呼ばれて、鳥肌が立つほど嫌だったらしい。初対面の印象が最悪すぎる。ずれているところはあるけども、悪い子ではないから仲良くしてほしい。天才となんとかは紙一重のそれ。


「わからないなあ」


 おれはおれ――フランソワを連れ出して、カラオケ屋に入った。フランソワはおれと二人で行動するとき、おれ以外の顔をしてくれる。とはいえ知り合いに見られると気まずさはあるから、こういった個室を選んでいた。


「何か歌いマス?」

「いや、別に」


 歌いにきたわけではないので断ると、フランソワは「なら、おれから見せたいものがあるので見せますね」と言ってスマホとテレビとをケーブルで繋いだ。

 なんだろうか。


「アナタがアナタの息子をわからないとおっしゃいますので、おれが撮影した記録をと」

「ああ、なるほど」


 カラオケ屋でよかった。――映し出された映像を見て、カラオケ屋じゃなくて居酒屋の個室にすりゃあよかったと後悔する。スプラッタ映画に引けを取らない目を覆いたくなるようなシーンに、がスピーカーから発せられたから、おれは音量を一気に下げた。


「はあ!?」


 フランソワはなんでおれが驚いているのかと「しつけですよ。しつけ」不思議そうな顔をして言う。

 だからおれは、フランソワに「こういうのはしつけと言わない、って言うんだよ!」と反駁した。


「ふうん?」


 おれの指摘に「参考資料を間違いましたかな」と納得いかない様子。

 薄々勘づいてはいた。拓三からのに。

 それでいて目を合わせると怯むのだ。おれに脅かしているつもりはない。


 拓三はおれの姿をしたフランソワだと知らない。

 何もかもをおれが実行していると思い込んでいる。


「……お前に頼ったのが間違いだった」


 オレンジ色の瞳からポロポロと涙を流しながら、頬に爪を立てている拓三。あまりにも不憫で、おれはスマホのケーブルを抜いた。映像は消える。


「おれはおれのミッションを滞りなくクリアできてよかったデス」


 フランソワコイツは人間じゃあないんだ。

 人間のふりをした宇宙人だから……。


「まだミッションは続いているので、オマエの姿が使えなくなったら長男の姿にでもなりマスよ。拓三を支えるためにね」

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